第七話 コウタ、古代文明の生き残り?のアンデッド魔導士と会話する
「…………その話、詳しくお聞かせ願えないだろうか?」
魂は複数の世界にまたがって輪廻転生する、転生時に神様に会った記憶がある。
コウタの発言に、ダンジョンボスは興味津々らしい。
「どうするコータ?」
「カァ?」
「話が通じるなら、話してみたいと思う。その、この人? がここで暮らしてるなら、家を荒らしたのは俺たちだから……」
「まあいいんじゃねえか? 【陽魔法】に【空間魔法】、どっちも知ってるみたいで、オレも興味あったしな」
「お二人がいいなら僕もいいかなって。何かあったら【解体】すればいいと思います!」
「こわっ。【解体】のアンデッド特効に気づいたベルが容赦ねえ」
「カアー」
三人と一羽は、ダンジョンボス——ワイトキングと会話することに決めた。余裕か。
まあ、コウタは【健康】でダメージを受けず、死んでいるモンスターならベルが【解体】できる。実際余裕である。
「じゃあ、話をしよう。危ないから、みんなはちょっと離れた場所からで」
「疑念も当然であろう。ならば我はこちら側で」
そう言って、ワイトキングは祭壇を挟んでコウタたちと対峙する。
絶黒の森南部に発見されたダンジョン、その最奥で。
奇妙な情報交換がはじまった。
「この指輪、このネックレス! おっさん、ひょっとして古代文明の生き残り!?」
「アビー、生きてはないと思うよ。でも意識が続いてたら生き残りって言えるのかな。俺も意識は続いてるけど体はたぶん変わってて」
「おっさん……我はクルト。クルト・スレイマンである」
「あ、はい、よろしくお願いしますクルトさん」
「うむ、こちらこそお願いする。それよりも古代文明とは? インディジナ魔導国は滅んだのか?」
「アレはそう読むのか! ああ、『インディジナ魔導国』は滅んだ。たぶん2000年ぐらい前だって考えられてるな。んで、痕跡は残ってたんだけど国名は読めなかったんだ」
「それで単に『古代文明』って呼ばれてるんですね! 知りませんでした!」
「まあその辺は研究者でもなければ興味ねえだろうからな。遺跡に潜って有用なマジックアイテムが見つかればそれでいいって考えてんだろ」
「2000年……そうか、国は滅びたのか……」
「なんて言ったらいいのか、お悔やみ申し上げます?」
「なんで疑問系なんだコータ。まあほら元気出せよクルト、こうして生きてるんだからさ! 生き残ったヤツがふさぎこんだら、死者も浮かばれねえって!」
「アンデッドに元気? 生きて? 死者というかクルトさんも死者のような」
「カァー」
いちいち引っかかるコウタに、もういいだろ、とカークが鳴く。
害意はないと確信したのか、カークはワイトキング——クルト・スレイマンが取り出した杖の先に止まった。
ボロボロのマントを羽織った黒い骨のアンデッドと、ねじくれた杖の先に止まるカラス。
似合いすぎである。
「うむ。もともと我は国を捨てて魔導の深淵を望んだ身だ。亡国を嘆いたところでいまさらであろう」
「立ち直りが早いなあ」
「こっちはわりとそういうもんだぞコータ。クヨクヨしてたら生きてけねえからな!」
「それで、先ほどの話をお聞かせ願えないだろうか。魂は、神の存在は」
「ちょっと待ってください。先にこっちから質問していい?」
「我に応えられることであれば応えよう。我の知識など、魂や神の情報に比べれば安いものよ」
「おおおおおおおマジか! マジか! やったぜ! くうっ、帝立魔法研究所の連中が聞いたら泣いて悔しがるだろうなあ!」
「えっと、アビーもちょっと待ってね。いまはそれよりも——」
そう言って、コウタが姿勢を正す。
真剣な眼差しでクルトの目を見つめる。目はない。眼窩の炎を見つめる。
「このダンジョンのアンデッドは、自然発生なんだよね? クルトさんが生み出したわけではない?」
「うむ。ダンジョンのアンデッドは瘴気が形を帯びたものだ。人間やそれに類するものの死体が動き出したわけではない。つまり瘴気がなんらかの過程を経てヒトの骨格、あるいは霊体を創り出しており我はそこに着目してここに研究所を建てた。我の研究は」
「なるほど、そうだな、そっちを先に聞かなきゃな。やるなあコータ」
「死体からじゃなくて自然発生、それに瘴気さえあれば生み出されるアンデッド。これってひょっとして」
「無限魔石製造装置だな! つまり無限にお金を稼げるダンジョンってわけだ!」
「無限とはいかぬだろう。瘴気はアンデッドを創り出すが、その分薄れていく。いずれ瘴気は枯れ果ててアンデッドは発生しなくなり、自然、魔石も生み出されぬ」
「そうなんだ……ずっと魔石が手に入るって、そんなにおいしい話はないかあ」
「待て待てコータ、諦めるのはまだ早いぞ? なあクルト、さっきアンデッドの軍勢を喚び出しまくったよな? そのわりに、広間の瘴気が減ったように見えねえんだけど?」
「このダンジョンは周辺の瘴気を集めている。この2000年の間に、地上はよほど瘴気の濃い地になったのであろうな」
「あ。『瘴気渦巻く絶黒の森』」
「……これホントに無限魔石製造装置なんじゃねえか? お金稼ぎ放題?」
「でもアビーさん、同じ街でたくさん魔石を売ったら値崩れしますよ? ほかの街まで【運搬】しますか?」
「カァ!」
「そうだねカーク。クルトさん、地上には精霊樹があって、瘴気を浄化してるんです。そしたら瘴気が薄れて補充されなくなって、アンデッドは発生しなくなりますか?」
「精霊樹? が何かはわからぬ。だがあるいは、瘴気がなくなれば魔力や清浄な気でアンデッド以外のモンスターが生まれるかもしれぬな」
「ダンジョンの変質。なりゆきに任せるには運すぎるよなあ」
「けどアビー、あんまり贅沢は言わなくてもいいんじゃない? 絶黒の森はまだまだ瘴気が濃いみたいだし、なくなるまでお金が稼げるなら」
「おう、それもそうだな! コツコツがっぽり稼いで、その頃には村づくりも軌道に乗ってんだろ!」
「あれ? 瘴気がなくなったら、クルトさんは死んじゃいませんか?」
「ふぅははは! 心配はいらぬ、少年よ! 我は自然発生したアンデッドではなく、禁呪にて自ら変性したアンデッドゆえな!」
歯を打ち鳴らして、古の魔導士、クルト・スレイマンはカタカタ笑う。
杖の先のカークもご機嫌で羽を広げる。仲良しか。
自分からアンデッドになった。
そう聞いて、コウタは心配そうに眉を寄せた。
「アンデッドになったって、何があったんですか? その、聞いてもよければ、ですけど」
「かまわぬ、よくぞ聞いてくれた! 我の研究の目的は、『生命の創造』である! もちろんアンデッドではなくな!」
ばっと両腕を広げて宣言するクルト。
眼窩の炎が爛々と輝いている。
急な動きに驚いたのか、カークはばさっと飛び立ってコウタの肩に戻った。
「へえ、生命の創造。ずいぶん高い目標を掲げたもんだ」
「人工授精とかそういうことじゃないんだよね? 魔法がある世界ならできるのかな」
「うまくいったら家畜を自由に増やせるってことですか? すごいですね!」
「…………うむ? 2000年の間に、生命の創造への忌避はなくなったのか?」
「カァー」
首をかしげるクルトに、こいつらを基準にしちゃいけねえ、とばかりに呆れ声でカークが鳴いた。
「ホムンクルスみたいな人造人間的アプローチか?」
「AIとは違うのかな。あれだと感情がないんだっけ?」
「ああ、さっき魂の情報を知りたがってたな。人形に魂を宿らせる憑依系?」
「プラスチックの模型とかフィギュアが動き出したら楽しそうだね」
「それは無理じゃねえかな、人間と同じ動きをするには関節や筋肉のハードルが高……あ、こっちには魔法があるのか。高位のスケルトンはスムーズに動いてたしな」
生命の創造。
研究過程、あるいは創造工程で非人道的なことをしなければ、コウタとアビーに忌避感はないようだ。
二人に「この世界の常識」は通用しない。
コウタもアビーも、元の世界のことを思い出して盛り上がる。
出会ってから何度目か、クルトがフリーズする。
数秒後、フリーズしたワイトキングが再起動する。
コウタとアビーにお願いする。
「…………その話、詳しくお聞かせ願えないだろうか?」
二度目の懇願であった。
かつて栄えた「古代文明」に、異世界転移者や転生者はいなかったのかもしれない。
コウタとカークが異世界で目覚めてから二ヶ月ちょっとが過ぎた。
逸脱賢者アビー、勇者に追放された荷運び人ベルと出会った一人と一羽は、いままた新たな出会いを迎える。
今度は、古代文明の生き残り?でアンデッドの魔導士である。
コウタが異世界の常識を知る日は遠い。





