第五話 コウタ、ダンジョンの最深部でボスに遭遇する
「なんだろ、学校っぽい? それもホラー映画に出てきそうな廃校」
「直線の廊下、片側にだけ存在する小部屋。けど、壁は無機質で貼り紙もない。学校より研究所っぽくねえか?」
「カァ!」
コウタたちが絶黒の森の南側で発見したダンジョンの探索をはじめてからおよそ6時間ほど。
一行はアビーいわく「第五階層」までたどり着いた。
この階層から、ダンジョンはその様相を変える。
岩の壁やダンジョン苔といった植物は影を潜め、壁も床も材質不明の素材となっていた。
曲線はなく、きっちりした直線だ。
ただし、魔力も瘴気も濃度を増して、空間に黒いモヤがかかって見通しは悪い。
時おり現れるモンスターは、あいかわらずアンデッドだらけだった。ホラー映画っぽい、というコウタの意見も頷ける。
ところでカークは学校も研究所も知ってるのか。カラスなのに。
「研究所かあ。たしかに、そっちの方が似てるかも」
「やっぱりここは古代文明の遺跡なのでしょうか?」
「たぶんな。ま、もうすぐわかるだろ」
アビーが道の先を示す。
空間に漂う黒いモヤの先、通路の奥。
そこに、両開きの扉が存在していた。
左右に道はない。
斥候役を務めてきた【導き手】のカークは、すでに先行をやめてコウタの肩に止まっている。
通路途中の小部屋に、ほかに通路がないことは確認済みだ。
つまり。
「あそこが、ダンジョンの最深部だ。行ってみりゃ何かわかるだろ」
「最深部……じゃあ、ボスがいる可能性も?」
「この感じだといるだろうなあ。ダンジョンモンスターはアンデッドだらけだったし、たぶんアンデッド系統の」
「カァ?」
「そうだなカーク。どうするコータ?」
「……行ってみようと思う。ここまで、みんなケガもなく順調だったから」
「よっしゃ! んじゃダンジョンボスを殺って踏破してやりますかね!」
「カァー!」
「アビーさん、カーク、殺ったら稼げなくなるかもしれませんよ?」
「中を確かめて、アレだったら戻ろう。ボスとの戦いでも逃げられないわけじゃないんでしょ?」
「ああ、問題なく逃げられるぞ。殿は決死なもんだけど、オレたちには【健康】なコータがいるしな」
「うん、その時は俺が食い止めるよ」
「頼りにしてるぜ! ま、ひょっとしたらさらに下に繋がってるかもしれねえけどな!」
話しているうちに、三人と一羽はダンジョン最後の扉の前にたどり着いた。
一度立ち止まってたがいに目を合わす。
それぞれ頷いて——
「じゃあ、行くよ。みんなは俺のうしろに」
「おう、頼んだぞコータ! わかりづれえヤツだったら【鑑定】するからな、そん時はしばらく耐えてくれ!」
「カアッ!」
「みなさん、がんばってください!」
コウタが、扉を押し開けた。
侵入する。
薄暗い空間に、ボッボッと青白い明かりが灯されていく。
広間は広い。
およそ20メートルほどの円形で、天井はドーム状になっている。
床はこれまで同様に平らで硬質な素材だが、壁や天井はゴツゴツした石で自然のままだ。
どこから生えてきたのか、ところどころに木の根が露出している。
「……誰もいない?」
「油断すんなよコータ。奥になんかあるぞ。寝台? 手術台?」
「おどろおどろしくて、なんだか『生贄の祭壇』みたいですね!」
「カァー」
無邪気なベルの発言に、カークが力なく鳴く。縁起でもない、と言いたいのか。カラスはわりと「縁起が悪い」象徴だったりもするのだが。
ドーム型の空間の奥には、人が横たわれる石の台があった。
横には幾何学模様が彫り込まれている。
「彫刻? いや、単なる彫刻じゃねえな。古代文明の遺跡でときどき見かける魔術紋、それにしても複雑すぎる」
奥を観察しながらブツブツ言うアビー。
最前列でキョロキョロするコウタ。
ベルはアビーの背後から顔を出して祭壇を眺め、カークはじっと一点を見つめている。
「気をつけろみんな、コレを描いたヤツがダンジョンボスなら、そうとうな魔法の使い手で——」
「ほう、理解できる者がいるのか。興味深い」
祭壇の向こう側から、不意に声がした。
薄暗いと言えど、誰もいないはずなのに。
「カアッ!」
「これはこれは。【陽魔法】とは、稀少な魔法の使い手はどのような者……は? カラス?」
カークがひと鳴きすると、声がした場所にぼんやりと姿が浮かんだ。
半透明の存在は次第に濃度を増して実体化する。
身に巻きつけたボロボロのマント。
破れた箇所からは体が見える。黒い骨の体が。
足先はなくふよふよと宙に浮いて、頭はむき出しのドクロだ。
眼球のない眼窩には黒色の炎が灯っていた。
チカチカ瞬いているのは驚きのせいか。
ネックレスや指輪には祭壇にあったのと似たような彫金が施されている。
「スケルトンの魔法使い? えーっと、リッチって言うんだっけ?」
「りっち、ですか?」
「コータ、こっちではこのクラスの魔法タイプのアンデッドは『ワイトキング』って呼ぶんだ」
出現したアンデッド——ダンジョンボスを前に、コウタたちに焦りはない。
ワイトキングにも焦りはない。
「ふははっ、我が『ワイトキング』か。よかろう、ならば死者の王らしく死者を使役してくれよう!」
すっと手をかざす。
骨の指にはめられた指輪が暗褐色にきらめく。
と、ドーム状の空間の半分ほどに、光る魔法陣が広がった。
ずぶずぶと無数のモンスターが浮き上がってくる。
「さあ、我の研究所に無断侵入した者どもを殺せ! スケルトンナイトよ!」
全身甲冑に身を包み、禍々しい剣と大盾を手にしたスケルトンナイトである。
次々と現れて、広間は武装した黒い骨の軍勢に半ば埋め尽くされた。
「す、すごい数……俺、守りきれるかな」
「心配すんなコータ、オレが『魔力障壁』でモンスターを誘導してやる!」
「カアーッ!」
「くははっ、いかに【陽魔法】が命なき者に効果的だと言えど、この数では倒しきれなかろうて!」
意気込んで炎をまとったカークをあざ笑うワイトキング。
スケルトンナイトは盾を揃え、密集隊形で前進する。
いかにコウタが【健康】だろうと、数の暴力に飲み込まれてアビーやベルに危害が加えられかねない。
逃げようか、と迷ったところで、コウタはふと気づいた。
「命なき者……ねえベル」
「なんですか? あの、僕は荷運び人だから戦えなくて」
「コータ、あとにしろ! ベル、いざとなったら荷をバラまいて追撃を妨害してもらうからな!」
「『死んだモンスターは解体できる』って言ってたよね?」
「はい! 僕は荷運び人ですから!」
「…………アンデッドって、死んでない?」
「あっ」
「いやいやいやそれはないだろコータ、そりゃ死んでるけどよ、あの超スピードで【解体】できるならベルは対アンデッド最強兵器じゃねえか」
「戦うんじゃなくて、死んだモンスターを【解体】してほしいんだ。どうかな?」
「イケそうな気がします!」
「イケるのかよ! あああああ! どうなってんのスキル! どうなってんのこの世界!」
「カァー」
アビーが叫ぶ。
カークが慰める。
ベルが前に出て、コウタに並んでナイフを手にする。
「ふっ、世迷いごとを。そのような浅知恵で我が軍勢が——」
ワイトキングがコウタのとんちを嘲笑い。
「いきます! 【解体】! 【解体】! 【解体】!」
ベルが、ナイフを振るった。
常人の目には見えないほどの超速で。
スケルトンナイトに攻撃されることもなく、死んでいるモンスターを【解体】していく。
スケルトンナイトの軍勢が、ガラガラと鎧ごと崩れていく。
「——は? な、なんと? そのようなことがあり得るのか?」
ワイトキングの目が見開かれた。目はない。
顎が落ちそうなほど大口を開けた。顎骨はある。
コウタたちのダンジョン攻略、ボス戦を、理不尽が蹂躙する。





