第四話 コウタ、ダンジョンの罠に自ら突っ込んであっさり食い破る
「カアッ!」
「カーク、どうかした?」
「この鳴き方、また罠を見つけたんじゃねえか?」
「カークはすごいですね!」
「ほんと、ありがとねカーク」
「カ、カァ」
「この造りからするとモンスターハウスかねえ。どうするコータ?」
「ここまでみんなケガひとつないから……行こうと思う」
コウタとカークが異世界で目覚めてからおよそ二ヶ月。
絶黒の森の南部で見つけたダンジョン探索ははかどっていた。
【導き手】のカークが斥候役として先頭を行き、敵の発見と罠の探知を担当する。
攻撃を受けてもケガひとつしない【健康】なコウタが壁役を務める。
【魔導の極み】を持つ『逸脱賢者』アビーは、地図化や攻撃、時には防御と、パーティの足りないところを埋める。
最後尾のベルは荷運び人として、倒したモンスターを【解体】して売れそうな素材を【運搬】する。
三人と一羽はうまく役割分担して、順調にダンジョンを攻略していた。
ダンジョン突入から約4時間、アビーによると現在は「地下三階層」らしい。
これまで一人も負傷していない。
というか、コウタ以外は攻撃を受けてもいない。
モンスターが大量に出現する「モンスターハウス」の罠を前に、どこか弱気なコウタが突入を選ぶのも当然かもしれない。
コウタが近づくと、扉が横にスライドする。
小部屋にはみっしりとアンデッドがうごめいていた。
生者に反応して、骸骨が、ゾンビが、ゴーストが出入り口を睨みつける。
「おーおー、うじゃうじゃいるわ。剣盾持ちのスケルトンにスケルトンメイジ、ゴースト、ゾンビにグールーもいるか? コウタ、扉以外は気にしなくていいぞ」
「え? でも魔法が飛んでくるんじゃ、それにゴーストはさっき壁をすり抜けて」
「同じ失敗は二度しねえって! 『魔力障壁』で遠距離攻撃や通り抜けを防いでやる!」
「アビーさんはすごいですねえ」
「うぇへへへ、オレは『逸脱賢者』だからな! ベルはのんびり観戦してるといい、終わったら仕事を頼むからな!」
「はい、任せてください!」
「来た! みんな、俺の後ろに!」
おびただしい数のアンデッドを前に、一行は呑気に作戦を立てる。
罠に踏み込む前に決めておけばいいものを。余裕か。
幅2メートル弱の出入り口の前にいるコウタは、右手の鹿ツノ剣ごと両手を広げた。
何者も通さない、とばかりに。
攻撃は仲間に任せて、敵をその場に止めるつもりらしい。
決死の覚悟、ではない。
「う、うわあ……大丈夫ですかコウタさん?」
「あっうん。迫力すごいし怖いけど、痛くないんだ」
広げた腕を剣で叩かれ、無防備な体を盾で殴られ、足を斬りつけられる。
眼窩に青い火を灯したアンデッドに囲まれてタコ殴りにされても、コウタにダメージはない。
ケガをしたら【健康】とは言えないだろう。
「さすが【健康LV.ex】、ほんとチートくさいよなあ。うし、『魔力障壁』は張ったぞ。オレも攻撃を——」
「カァーッ!」
アビーが言いかけたところで、狭いダンジョンに勇ましい鳴き声が響く。
三本足のカラス、カークだ。
コウタの頭の上をカークが飛んでいく。
うごめくアンデッドの集団に向かって。
「え!? 危ないカーク!」
「カアッ!」
コウタが目を丸くする。
戦闘中によそ見するな、とばかりにスケルトンの攻撃が激しくなる。
コウタの眼前で、カークは三本目の足から炎を噴き出した。
アンデッドの群れがぎょっとする。目はないが、雰囲気で。
噴き出した炎をカークがまとう。
「…………え? 危な、え?」
コウタはぽかんと口を開ける。
スケルトンも炎をまとったカラスを目で追う。眼球はない。
三本足のカラス——カークは、炎をまとってアンデッドの群れに突っ込んだ。
まるで「炎の化身」のように。
狭い小部屋を縦横無尽に飛びまわる。
炎に触れたスケルトンもゾンビもグールーもゴーストも崩れ落ちていく。
蹂躙である。
コウタが驚くのも当然だろう。
いかに賢くとも、カラスはカラスなはずなのに。
「えっと……アビー、これって?」
「魔力の動きを感じる。魔法、だろうなあ」
「へえ、カラスって魔法が使えるんだ。すごいなあ」
「納得すんなコータ! 普通のカラスは使えねえよ!」
「でもアビーさん、大鴉は魔法を使えるって聞きました!」
「それはモンスターだからな! カークは日本生まれのカラスで、あ、けどこっちで生まれ直してるからコータと同じで特別な体か」
「おおー。じゃあカラスじゃなくてカークがすごいんだ」
「そうだなあ。そういえば【火魔法】か、光?だか陽光?だかのスキルが生えかけてたもんなあ。アンデッドに効くわけだ」
三人の人間は、カラスの蹂躙劇を眺めるばかりだ。
コウタだけは両手を広げて最前列の装備付きスケルトンを押しとどめていたが。
思い出したように、アビーが魔法を使ってスケルトンを倒す。
この程度のモンスターなら、『逸脱賢者』は片手間で倒せるらしい。
スケルトンはあんまりだ、とでも言うかのように手を伸ばして崩れていった。
この異世界の一般的な冒険者や兵士なら苦戦必至の「モンスターハウス」は、ものの5分で一掃された。
「カァー!」
「うんうん、すごかったよカーク。これからもよろしくね」
「はあ。よし、考えるのはやめだやめ。ラクに稼げるんだから問題ねえ。問題ねえんだ。モンスターハウスをクリアするより片付けの方が時間かかりそうだなあ」
「僕の出番ですね! 【解体】! 【解体】!」
「あ、うん。そっちも時間かからねえのか。理不尽すぎる。『逸脱賢者』なのにオレが一番役に立ってない気がする」
「け、けどアビーはマッピングしてくれて、おかげで迷わないですんでるから」
「マッピングねえ。【導き手】がいるなら必要ねえ気もするんだよなあ」
「カア?」
「で、でもアビーは知識で役に立ってくれてるし! ほらこの部屋! 扉もそうだけど、いままでとはちょっと雰囲気違うような!」
「そうだなあ、この階層から明らかに人の手が入った造りになってる。地下施設がダンジョンになって洞窟と繋がったか? 逆に洞窟型ダンジョンが地下施設に繋がったって可能性も……」
「終わりました! もう出発できます!」
「早すぎるだろベル! なんでこんな役に立つのに追放したんだ勇者パーティ! 男か、男だったからかハーレム勇者め!」
「『役に立つ』、えへへ……」
「カァー」
アビーがブツブツと考え出したところで、ベルの【解体】と荷造りは終わったらしい。
アンデッドの魔石、それに使えそうな装備を束ねて背負子にくくりつける。
およそ4時間の探索で、背負子には小柄なベルの身長以上の荷物が乗せられていた。
一品一品は安くとも、三人と一羽の生活費は軽く賄えることだろう。
危険なダンジョンのはずなのにのどかな会話に、カークは呆れたように鳴いた。
「もうちょっと進んで、キリのいいところで今日は帰ろうか」
「あーうん、ファーストアタックだしいきなりダンジョン泊はつらいだろうからな。ただ——」
「カァ?」
「瘴気と魔力の流れに濃度、それに構造の変化。その辺から考えると、最深部はそう遠くないと思うぞ。なんなら踏破しちまうか?」
「わっ、最初の挑戦で攻略ってまるで勇者さまみたいです!」
「ハーレム勇者と一緒にされんのは複雑なところだな。会ったことねえけど」
「んー、様子を見ながらでいいんじゃないかな? それに、踏破したらアンデッドが自然発生しなくなってお金を稼げなくなる可能性も」
「たしかに。ま、とにかく行ってみようぜ。人工物っぽいってことは、ここが何かのヒントが残ってるかもしれねえし」
アビーの提案を受けて、一行は先に進むことを決めた。
危険なはずのダンジョンなのに、もはや一行はお金を稼ぐ場としての扱いだ。鉱山か。
コウタとカーク、異世界で初めての冒険は、まだ続くようだ。
危険が少な過ぎて冒険かどうかはすでに怪しいが、それはそれとして。





