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【健康】チートでダメージ無効の俺、辺境を開拓しながらのんびりスローライフする  作者: 坂東太郎
『第一章 元社畜で鬱ったニート、異世界で目覚める』
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第二話 コウタ、探索に出かける

「ふう、さっぱりした。……やっぱりちょっと変わってる、かな?」


 木のウロで目を覚ましたコウタは、すぐそこの湖までやってきた。

 サンダルなことを幸いに水辺に足を突っ込んで、素手で水をすくって顔を洗う。

 水面に映る自分の顔に首を傾げる。

 なんとなく、キリッとした顔になった気がするようだ。


「【健康】をもらって、心も体も健康になった、とか?」


「カア!」


 自問したところで応えはない。

 威勢よく鳴いたカラス——カークの応えはコウタには通じない。


「まあ、うん。考えてもわからないことは先送りにしよう」


 問題の先送りである。

 これができれば、会社員時代ももう少しラクに生きていけたかもしれない。現代社会は「真面目な人間」は生きにくいものだ。つらい。


「それよりも、これが飲めるかどうかだよなあ。【健康】。【健康】をもらったんだし大丈夫なはずだ」


「カア? カアー!」


 ふたたびすくった水をじっと見つめるコウタ。

 さっきは顔を洗っただけで、今度は飲めるかどうか試してみるらしい。

 大丈夫だ、と何度も自分に言い聞かせている。せめて煮沸しないのか。火をおこすのは大変だろうが。


 コウタから少し離れた場所で行水していたカークは、一足先にくちばしを水に突っ込んだ。

 イケるっぽいぞ! と鳴いてるようだがコウタは無視だ。異世界に転生しても、人とカラスの意思疎通は難しいようだ。当然か。


「うん、大丈夫そう。水もあるし、食料はとりあえず果実がある。寝床は木のウロがある。【健康】なんだしこれならなんとかなる、といいなあ」


 起きたら身一つと友達のカラスだけで、人の気配のない盆地にいた。

 それでも、コウタはどこか楽観的に「なんとかなる」と思っているようだ。心身が【健康】になってこれまでの悲観や無気力と決別したのか。


「よし。今日はいろいろ探してみよう。人とか食料とか、使えそうな道具? 植物? とか」


「ガァ?」


 いつの間にか大木の枝に移動していたカークが小首を傾げる。

 コウタが目をやると、プリッと排泄物を落とす。

 ちゃんと水場から離れて、コウタに運をつけることなく排泄してえらい、ではなく。


「ああそっか、トイレも考えないと。穴を掘って草で拭くとか?……慣れ、慣れればいけるはずだ。いける、といいなあ」


 遠い目をするコウタ。

 ニンゲンは大変だな、と言わんばかりにカークが気の抜けた声でカァと鳴く。


 盆地の空は青く、遠く山々は雄大だった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 木の枝を手に、コウタが森を歩く。

 カークは先行して木から木へ飛びまわっている。


 小さな湖とウロのある大木から離れて、一人と一羽は探索をはじめていた。


「この辺はなんか雰囲気が違うなあ。木が灰色がかってる?」


「カアー」


 湖周辺の木々は目に鮮やかな新緑だったが、一時間も歩くと景色は変わった。

 葉も幹も、まるで色あせたようにグレイがかっている。


 コウタは足を止めて、きょろきょろと辺りを見渡した。

 後方、歩いてきた獣道の奥は色鮮やかだ。

 向きを戻して木々の隙間から前方を見ると、森は徐々に色あせていく。

 さらに遠くは、灰色を通り越して黒っぽくなっている。


「……今日は奥に行くのをやめてここまでにしようか。あの黒い森はなんか嫌な感じがする」


「ガァッ」


 遠出を諦めたコウタの言葉に、同意するように力強く鳴くカーク。


 コウタがくるりと振り返り、先行していたカークが羽を広げて向きを変える。

 見慣れない場所の探索を終えて戻ろうと、一人と一羽の気が緩んだ、その時。


「う、うわあっ!」


「ガアーッ!」


 コウタを、黒い影が襲った。


 反射的にコウタが手を出す。

 逆方向にいたカークは間に合わない。


 ガッと衝撃を受けてコウタが吹っ飛ぶ————ことはなかった。


「わぁぁぁああああ、あ? あれ?」


 目にも止まらない勢いで突っ込んできた黒い影は、コウタが反射的に出した手で止まっている。

 コウタがまじまじと観察する余裕さえある。


 黒い影は、真っ黒な鹿だった。

 体高はコウタの腰までで、サイズはそれほど大きくない。

 大きさだけで言えば、奈良あたりにいるニホンジカと同じぐらいだろう。

 色と、ツノを除けば。


 とっさに出したコウタの手は、真っ黒な鹿のツノを掴んでいた。


 ()()()()()()()()()を。


 黒い鹿の通り道にあった木の幹には傷が残っている。

 突進してくる時に、枝分かれした大きなツノの一部が当たったのだろう。


 ツノは硬い木を切り裂くほどの鋭さなのに、コウタには傷ひとつない。

 ひょいっと出した手で止めている。


「あれ? 痛くない? 剣みたいなツノだけど斬れ味は悪いっぽい?」


 不思議そうにツノを握ったり、手を滑らせてみるコウタ。

 カークは丸い目を丸くして固まり、黒い鹿はぷるぷる震えている。


「……この鹿を()れれば食べられるかな」


 コウタがポツリと呟く。

 真っ黒な鹿が必死に頭を振る。

 コウタの手が離れる。

 その瞬間、鹿は脱兎のごとく逃げ出した。鹿なのに。


「あっ、ちょっ! まあ捌けないし、しょうがないか」


「ガアーッ!」


 コウタは追いかけることなく見送った。

 食料を確保する機会だったが、動物を捌くハードルは高かったようだ。

 カークは、次は殺ってやるぜ! とばかりに勇ましい。


「……あんな鹿見たことないしなあ。やっぱりここは異世界なのかなあ」


 ポツリと漏らしたコウタの独り言が灰色の森に溶けていく。



 一人と一羽の異世界生活初日は、トラブルに見舞われながらも無事に終わった。

 ここは異世界じゃないか、【健康】とは何か、コウタに疑念を抱かせて。




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[一言] オラも【健康】欲しい……メンタルも体も元気になりたい………
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