第四章 エピローグ
「おー、すごいね、まるでタイルみたいだ」
「だろ? シャワー場で練習した甲斐があったってもんだ! さすがに板張りはムズイからなあ」
コウタとカーク、アビー、ベルが精霊樹周辺の開拓をはじめてから一週間ほど。
土魔法で整地や水路造りを終えたアビーは、自宅の建設に取り掛かっていた。
建設中のアビー宅を見て、コウタは目を丸くしている。
と言っても家やその骨格ができたわけではない。
広場の横、土魔法でわずかにかさ上げされた土地にはまだ何も建っていない。
四方に一本ずつ丸太を置いて家のサイズを確認したあと、アビーは床を作るべく奮闘していた。
木ではなく、切断した石片を平らに並べて粘土で間を埋めて、仕上げに土魔法で固める。
タイル調の床である。
三人で使うトイレやアビー用のシャワー場と違って、こだわっているようだ。
「カァ?」
もっとも、カークにはこだわりが理解できないらしい。カラスなので。
「けど問題は、壁や天井をどうするかなんだよなあ」
「雨風がしのげればいいんじゃない? 俺の部屋は狭いけど落ち着くよ?」
「ああうん、それは何よりだ。何よりなんだけども。いずれなんとかしてやりたい」
アビーが精霊樹の根元をチラ見する。
そこには、いまコウタが暮らしている家があった。
粗く切断した木を並べて壁を作った小さな小さな家だ。 床は当然、土のままだ。
いちおう木の屋根はあるが、森から採ってきた葉っぱを上に乗せている。
入り口も内部も、屈まなければ頭をぶつけることだろう。なんなら突き破るまである。
家というより「大きめの犬小屋」と言った方がいいかもしれない。
家主であるコウタとカークは満足しているようだが、アビーは不憫に思ったらしい。
かといって、アビーもどうにもできない。なにしろ本人も、床はともかく、壁と天井はどうするか、と頭を悩ませているので。
なんなら土で作っちまうか、と魔法による力技を検討するほどに。
転生者が揃っても、知識チートでなんでもできるとは限らないのだ。
「追加のクギを買ってきてもらうより、建築関係の本を買ってきてもらった方がよかったかもなあ。……ねえか。ここ異世界だもんな」
アビーが頭をかきむしる。革紐で一つに結んだ金髪が揺れる。
「近くの街にないなら、アビーの実家で用意してもらえば——」
「違うんだコータ。たぶんだけど、家を建てるノウハウが書かれた本は存在しねえんだ。本が高級品だってのもあるけど、職人が技術を秘匿してるからな」
「ああ、そういう理由で『ない』のか」
「それもわかるんだけどなー。でも田舎なら村人総出で家を建てたりするわけで。人を連れて来ればなんとかなるか? けどそれでこの場所がバレたら」
「カアー」
うがー、と唸りながらのたうちまわるアビー。
カークは呆れたように鳴いている。
「精霊樹の存在を秘匿するのが第一だ。この場所を荒らされたくねえからな」
「うん、試行錯誤してやっていこう。木の加工が難しいなら、コンクリはどう? 石積みやレンガは? 塗り壁は? 木だって、ログハウスみたいに重ねていけば」
「カア!?」
「おー! そっか、諦めんのはまだ早いよな!」
コウタの提案にカークが驚き羽ばたく。アビーはぽんと手を叩く。
青い目を笑みで細めたところで、止まった。
「なあコータ、その発想ができるんならなんでコータの家はあんな感じにしたんだ?」
「え? とりあえず雨風をしのげればいいかなあって」
「そっかあ」
アビーが天を仰ぐ。
だが、コウタがふざけているわけではない。
コウタは単に「家のことで頭を悩ませたくなかった」のだ。
なにしろ、家の営業をして病んだので。
神から心身の【健康】を授かっても、苦手意識は消えなかったらしい。
「よし、方針決めてさっさと作り出して、ベルが帰ってきたら驚かせてやらねえとな!」
「俺も手伝うよ。できることがあればだけど……」
「さっきみたいなアイデア出してくれるだけでありがてえって! よろしくなコータ!」
「カア!」
コウタの卑屈な発言を、アビーがからから笑って吹き飛ばす。
俺もいるぞというカークのアピールは意味がない。猫の手は借りられても烏の手は借りられない。ない。
ちなみに、ベルは鏖殺熊を売り払った残りのお金を持って、ふたたび街に向かった。
買い出しと【運搬】である。
金策の目処は立っていなくとも、開拓に必要なものは無数にある。
そもそも生活に必要なものも無数にある。
今後、ベルは定期的に拠点と街を往復することになるだろう。
コウタとアビーは曲がりなりにも家を作って、まだテスト段階だが農業をはじめた。
カークは絶黒の森を見まわり、ベルは人里との連係役となっている。
次はお金を稼ぐ策を模索することになるだろう。
貯金やスポンサーがいるなら別として、安定した収入は「健康で穏やかな暮らし」に何よりも必要なものである。世知辛い。





