第三話 コウタ、アビーとベルとそれぞれの開拓作業を進める
「おー、すごい! ザクザク斬れる!」
ベルが物資を購入して街から戻ってきた翌日。
コウタはさっそく開墾をはじめていた。
使っているのはベルが買ってきた鍬——ではない。
「ほんと、このツノすごい。またお礼をしたいなあ」
根が残る地面に向けて振るっているのは、黒い鹿が差し出した刃状のツノだ。
枝分かれしたツノは、木の根も石も一緒くたに斬り裂いた。
ちなみに、ツノに柄はない。
じゃっかん丸くなっているが、持って振るえば通常は手がボロボロになることだろう。
だがコウタに関係はなかった。
女神から授かった【健康 LV.ex】のおかげである。
「あとは鍬で耕してみて……うまく実るといいなあ」
一度手を止めて、作業の成果をぼんやりと眺める。
コウタが耕しているのは、精霊樹からやや離れた場所だ。
清浄な土地はコウタとアビー、ベルの生活の場にして、畑は東側にするらしい。
といっても歩いて二、三分しか離れていないが。
「わっ、もうこんなに進んだんですね! さすがですコウタさん!」
「ベルも順調みたいだね。荷運び人ってすごいんだなあ」
畑予定地のすぐ横には、死の谷への道だ。道になる予定だ。
その道を通ってベルがやってきた。
背に、コウタが伐り倒した木々を背負って。二宮金次郎スタイルである。
ひと抱えはある太さで3メートルほどの長さに切った木を、10本ほど背負って。異世界の二宮金次郎は運搬量がえげつない。
「えへへ、ありがとうございます!」
ぺこっと頭を下げたベルが、スタスタと歩いていく。
荷の重量を感じさせないほど軽快に。二宮金次郎えぐい。
「おーい、コウタ! ベル! お昼にするぞ!」
「もうそんな時間かあ」
「なんだかあっという間ですね!」
「……うん、ほんとにね」
無邪気なベルの言葉を、コウタは噛みしめるように頷いた。
日本にいた頃はあれほど時間が過ぎなかったのに。
ひょこひょこ揺れるベルの荷に続いて、コウタはゆっくりと歩いていった。
まあ、すぐそこなのだが。
「今日の昼メシは昨日の熊鍋の残りを使った雑炊だ!」
「え? アビー、こっちにお米があるの?」
「雑炊風煮込みだ!」
「ないんだ。そっかあ」
「カァー」
肩を落とすも、コウタはそれほどがっかりした様子はない。米至上主義者ではないらしい。
むしろコウタよりカークの方がショックを受けていた。さすが農家の敵。消化に時間がかかる生米は好まないんじゃないのか。炊かせる気か。
「あ、おかえりカーク。まわりはどうだった?」
「カァ、カア!」
いつの間にか戻ってきていたカークに声をかけるコウタ。
午前中、カークはふらふら遊んでいたわけではない。
精霊樹と小さな湖周辺の見まわりがカークの担当である。ナワバリの巡回である。
ひとまず異常はないらしい。
いかに飛べるといえど、絶黒の森すべてを見てまわったわけではないようだが。
「いやあ、鍋があるとほんと便利だな! ビバ文明! ありがとう金属製品!」
料理を担当したアビーはご機嫌だ。
ちなみにアビーが料理しているのは女性だからではない。
コウタは簡単な料理しかできず、ベルは謎煮込みしか作れないらしい。旅はもっぱら保存食か煮込みだったとか。荷運び人に料理は求められないのか。
「コータも、金属の鍬があってラクだったろ? この世界、場所によっちゃ木製の鍬で耕してっからなあ」
「まだ使ってないんだ。俺にはコレがあったから」
「モンスター素材の方が便利だなんて! 剣と魔法のファンタジー世界の理不尽!」
「ほんとにね。もう整地も終わっていまは水路をひいてるとこ?」
「ああ、土魔法はニガテな方だからな、パパッとはいかねえけど」
よそってもらった熊鍋を食べながら、コウタがまわりを見る。
精霊樹は変わらない。
小さな湖自体も変わらない。
だが、その周辺はすっかり整いはじめていた。
石と土でかまどが組まれて、その横には薪が積まれている。
イスがわりの切り株を並べたまわりは平らな広場になっていた。
端にはアビーの家建設予定地と、ベルの大岩が置かれている。
少し離れた場所、木々の間に張られた布はトイレ用の目隠しらしい。
生活スペースをざっくり整えたアビーは、いま水路作りに取り掛かっているのだという。
予定では、湖から水を引き込んで川に流すことになっていた。
水を通したら、次は家づくりに挑戦するのだろう。
広場から外れた森の手前には、コウタが伐ってベルが運んできた木材が積まれている。
アビーが開発した「木材乾燥用の魔法」を使えば、すでに家づくりには充分な量だ。作れるかどうかは別として。
「ほんと、この世界ってすごいね。ツノのおかげで家庭菜園ぐらいの広さならもうすぐ耕し終わりそうだし」
「いやコレが普通じゃねえからな? そのツノの斬れ味が異常なだけだからな? あと怪我も疲れもない【健康】なコウタの体」
「あれだけ伐ったのに、運搬も今日中に終わっちゃいそうだし」
「えへへ、僕は荷運び人ですから! 【運搬】は得意なんです!」
「目を覚ませコータ。ベルの運搬量は異常だぞ? 下手したら重機以上だからな?」
「整地も水路作りもこんなに進んでるし」
「さすがですアビーさん!」
「そ、そうか? まあそれほどでもあるけどな? オレは『逸脱賢者』だし?」
「カァッ!」
そこで乗るのかよ!とばかりにカークが突っ込む。烏語は通じない。
人間たちは、たがいの仕事の進み具合を讃えあっている。平和か。
バサバサ羽ばたいて主張するカークを見て、ようやくアビーが我に返った。
「コータ、これは普通じゃねえからな? こんな簡単に、こんなスピードで開拓が進むんだったらこの大陸はもっと発展してる」
「……そうなんだ?」
「ああ。こんだけスムーズなのは、瘴気をものともしねえ【健康】なコータと、【運搬】のエリートのベルと、あと『逸脱賢者』のオレが揃ってるからだ!」
「カアッ!」
「ははっ、わりいわりい、あと周辺を見まわってくれるカークがいるからな!」
「そうですよアビーさん! カークがいるから僕はお二人に会えたんですから!」
「ってことで、こんだけ速いのは普通じゃねえってことだ。自重する気はないけどな!」
「……そうなんだ」
「カァー」
三人と一羽が生活を整えようと作業をはじめてから、わずか半日。
半日でそれぞれの作業は進んでいた。
アビーからしたら異常なスピードで。
この世界の常識人が知ったら卒倒するほどの速さで。
絶黒の森に常識人はいない。カークはわりと常識人っぽいが、人ではないので。





