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【健康】チートでダメージ無効の俺、辺境を開拓しながらのんびりスローライフする  作者: 坂東太郎
『第四章 コウタ、仲間とともに僻地の開拓をはじめる』

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第四章 プロローグ


「よいしょっと」


 軽い掛け声とともに、鹿のツノが振り抜かれる。

 枝分かれした刃状のツノは、太い幹をスバっと切断した。

 形状のせいか、断面は乱れている。


「よし。今日はだいぶ進んだなあ」


 心身の不調から会社を辞めて、引きこもっていたコウタが異世界で目覚めてからおよそ三週間。

 目覚めてお世話になった精霊樹と小さな湖のほとりに村を作りたいと、コウタは開拓をはじめていた。

 異世界転生なのに、「【健康】で穏やかな暮らしを送りたい」という、ささやかすぎる願いを持って。


 コウタの背後には、同様に伐り倒された木々が並んでいる。

 精霊樹からはすでに離れ、木々は灰色からやや黒みを増している。

 木は黒くなるほど硬さを増すようだが、いまのところすべて一刀のもとに伐り倒せていた。

 黒い鹿から譲られたツノは、なかなかの切れ味らしい。


「ほんと、これがなかったらどうなってたか。今度会ったらまたお礼をしたいなあ」


 コウタがふうっと息を吐いて額の汗を拭う。

 が、汗をかいているわけでも、疲れが溜まったわけでもない。

 コウタは【健康】を授かっているのだ。

 疲れはなく、この世界に来てから思い悩みすぎて塞ぎ込むこともなく、瘴気で変異した鹿の突進を受けてもダメージはない。


「陽も傾いてきたし、今日はこれで終わりにしよう。よっ、わっ!?」


 たいして考えずに鹿ツノ剣を振ったところ、木はコウタに向けて倒れてきた。

 幹まわりが一抱えもあるような、立派な木が。

 素人の伐採作業ほど危険なものはない。ない、のだが。


「わああああ、ああ? そっか、俺、【健康】なんだった」


 木はとっさに掲げた腕に止められた。

 コウタはぬぼっと立ったままで潰されることもない。

 案内役の女神様から授かった【健康】は、理不尽なレベルで【健康】を実現させてくれるらしい。

 これがなければ、コウタはすでに何度も死んでいることだろう。

 一緒にこの世界に来て三本足になった相棒で友達の賢いカラス、カークがいたとしても。


「集中力が切れてるってことかな。うん、終わり。今日はこれで終わり」


 言って腕を傾けると、木はドンッと地面を揺らして倒れた。

 まるで、重さを取り戻したかのように。

 安堵したコウタがふっと顔をあげる。


 目が合った。


 視線の先にいたのは、絶黒の森の濃密な瘴気で変異したモンスター。


 黒い鹿である。

 鋭いツノで人も動物もモンスターも斬り裂き、敏捷性と速度で何者も逃さない『絶望の鹿(ホープレス・ディア)』である。


「あ、ひさしぶり」


 ペコっと会釈するコウタ。呑気か。

 つられて鹿も会釈した。平和か。

 長く伸びた右のツノがコウタの方を向く。

 根元から折れた——折った左のツノは、生えかけでまだ短い。


「ツノ、役に立ってるよ。ほんとにありがとう。そうだ、前にあげた果実はいる? お願いしたヤツじゃないから効能はないかもだけど」


 置いてあったリュックから精霊樹の果実——アンブロシア——を抜き出してひょいっと投げると、鹿は器用に口でキャッチした。

 野生動物に餌付けしてはいけない。

 いかに上下関係を叩き込まれていたとしても、危険なものは危険なのだ。まして相手はモンスターである。


「よかった、最近見かけなかったから心配してたんだ。鹿さんのナワバリに鏖殺熊ジェノサイド・グリズリーってヤツもいたし」


 コウタの言葉に、鹿はしゅんと首を垂らした。

 面目ねえ、ちっと不安定だったもんで、とでも言うかのように。


「あれ? なんか感じが変わった? 大きくなってるし黒が薄くなったような?」


 絶望の鹿(ホープレス・ディア)の存在感は変わらない。

 コウタがひと目でわかったように、顔つきも変わらない。

 だが、体はふたまわり大きくなっている。

 体色が黒いことは変わりないが、黒はやや深みをなくした。リッチブラックからK100になった。


「瘴気の浄化作用があるってアビーが言ってたし、まさか、俺がアンブロシアをあげたせいで弱くなった、とか?」


 おそるおそる聞くコウタを鼻で笑って、鹿はゆっくり首を振った。

 むしろ強くなったンすよ、とでも言いたげに。

 言いたいことは理解できなくても、なんとなく雰囲気は伝わったらしい。

 コウタはほっと胸を撫で下ろした。


「ならよかった。じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。そうだ、この辺をアビー……見た目は女の子と、ベルって大岩を背負った男の子が通ることもあるんだ。襲わないようにね」


 そう言い残して、コウタは去っていった。

 黒い鹿は頭を下げてコウタの後ろ姿を見送る。


 コウタが異世界で目覚めてからおよそ三週間。

 いまのところ、常識的な生物との交流はない。

 カラスと鹿はもちろん、アビーとベルも常識は怪しいところだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「こちらが頼まれていた品々です。ほか、村づくりに必要なものも用意いたしました。目録はこちらに……あ、字は読めますか?」


「ありがとうございます! はい、字は読めますよ! 『一流の荷運び人(ポーター)は字が読めないと』ってお母さんに教わりました!」


「それは何よりです。ではこちらが目録、それとこれは今回の取引の差額です。明細はこちらに」


「ありがとうございます!」


 大陸の西方は、山々が連なる山脈が南北に走っている。

 険しい山々は人々の侵入を阻み、誘い込むように存在する死の谷(デスバレー)は踏破を試みる冒険者や旅人を飲み込んできた。


 人類領域において「西の果て」にある最後の街の門の外で、二人の男が会話をかわしていた。


 荷運び人(ポーター)のベルと、知己となった商人である。


「わ、お金も物資もこんなに! いいんですか?」


「ええ、これからも末長くおつきあいさせていただきたいと、がんばらせていただきました」


「ありがとうございます! コウ……みんなも喜ぶと思います!」


「もしご案内いただければ私どもが荷を届けることも可能ですが……」


「すみません、場所は秘密なんです! それに、荷運び人(ポーター)じゃないと難しいと思いますよ?」


「なるほど……ベルさん」


「はい?」


「販売した品はすべて一般的なもので、禁制品はありません。西の山々とその先は『領主』もいませんし、開拓しても村を作っても、何の問題もありません」


「そうなんですね、よかったです! アビ……みんなは知ってたのかもしれません!」


「開拓が頓挫する危険はありますが、鏖殺熊ジェノサイド・グリズリーを倒せる方がいるのです、ほかの開拓地より可能性は低いでしょう」


「そうですね、僕たちはきっと大丈夫です!」


「小さな村の発展に商人として寄与したいというのは、私も思うことです。荷運び人(ポーター)のベルさんと同じように」


 にこやかだった商人が、真剣な眼差しをベルに向けた。

 ベルは荷造りを進めて、あとは大岩を背負うばかりとなっている。


「ベルさんが村を作っている場所を……いつか、教えていただけませんか? ご案内していただけませんか?」


「そうですね、みんなの『おーけー』が出たら連れていきますね!」


「はは、では私は公正な取引を続けさせていただきましょう。ベルさんと、()()()()の信頼を勝ち取れるように」


 商人が手を差し出す。

 ベルがその手を握る。


「これからもよろしくお願いします」


「はい! こちらこそよろしくお願いします! よいっしょっと」


 手を離したベルが、荷を満載した大岩を背負う。

 華奢な少年が背丈をはるかに超えた岩を軽々持ち上げるその光景は、何度見ても商人をぎょっとさせた。

 近くにいた門番も目を丸くしてあんぐり口を開けている。


「それじゃあ、また!」


「はい、いい旅路を。またのお越しをお待ちしております」


 荷運び人(ポーター)を名乗る少年、ベル・ノルゲイは、気軽な様子で旅立っていった。

 最後の街から南西へ、人類が生活している領域を離れて、モンスターが闊歩する未開の地へ。

 死の谷(デスバレー)を越えて、絶黒の森の只中(ただなか)にある、ベルの新たな拠点へ。


「心から、お待ちしております」


 見送った商人が深々と頭を下げる。



 ベルが精霊樹と小さな湖のほとりを発ってから二週間ほど。

 荷運び人(ポーター)は街での用事を済ませて帰路についた。

 購入した品々が届いたら、本格的に開拓が進むことだろう。

 とはいえ。


 三人と一羽の村づくりは、まだはじまったばかりである。




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