第三章 エピローグ
大陸東部のアウストラ帝国。
帝都から西の国境を越えた不毛の荒地に、ひと組の旅人たちの姿があった。
「はあ。けっきょく、『逸脱賢者』とは会えなかったなあ」
「古代文明の転移罠による行方不明では仕方あるまい。だが、おかげで騎士団の精鋭と訓練できたではないか」
「うん。アンブローズさん、強かったなあ。最後まで勝てなかったよ」
「『縛りぷれい』じゃしょうがないでしょ、勇者は魔法剣を使ってこそなんだから!」
「けれど、勇者さまの剣技が磨かれたことは確かです。この先の旅路の、大きな武器になることでしょう」
「でも、旅に同行してくれる魔法使いが見つからなかったのは確かなのよねえ」
「試しに来てみたものの、思ったよりも厳しいなあ」
大陸の東側に広大な国土を構えるアウストラ帝国の、西側。
そこは、「領地にするには旨味がない」、荒地が広がるエリアだ。
大陸の中央近くまで続くといわれる岩石砂漠である。
その先には魔王の領域があり、生物が生息できる地形と気候が存在すると予想されているが、目にした人間はいない。
人間の生息域は、大陸の中央を避けてドーナツ状に広がっていた。
発展しているのはこれまで勇者が旅をしてきた東部だ。
西部は人の少ない未発展地帯と考えられていた。少なくとも、大陸東部では。
旅人たち——勇者と、三人の仲間は岩石砂漠を前に大きくため息を吐いた。
魔王の領域に侵入して、魔王を討伐する。
旅の目的を果たすために、一行は岩石砂漠に侵入した。
もっとも、この一回で奥地に向かって目的を果たそうとしたわけではない。
まずは難易度を確認するための「探り」、いわゆる現地調査である。
「俺の魔法剣は範囲攻撃に向いてない。騎士の剣も、盗賊の罠も、聖女の守りも、大量の敵には相性がよくない」
「うむ。一対一では遅れを取らぬが、こうも多くては時間がかかる」
「私の守りも無限ではありません。今回は保ちましたが……」
「ちょっと、盗賊に攻撃を求めないでよ! 隘路に誘導してきただけでも褒めてほしいところだわ!」
勇者のパーティは、女騎士と聖女、それにお調子者の女盗賊であるらしい。
男一人に女三人、それも美女美少女揃いのパーティである。
ハーレム勇者と男性から妬まれるのも、女性から敬遠されるのも当然だろう。
「それに、大型モンスターとも相性が良くない。魔法剣なら多少は深く傷つけられるけど、あの巨体にはなあ」
勇者が目を向けた先、岩に挟まれた隘路には、死屍累々の光景が広がっていた。
ハイエナに似た小型モンスター、ゴブリンっぽい小鬼、ハーピー、サソリやカマキリのような虫型モンスターの死体がそこかしこに散らばり、ところによっては積み重なっている。
聖女のサポートを受けて、一昼夜以上戦い続けて各個撃破してきた証である。
範囲攻撃できる魔法使いを求めるのも当然だろう。
ちなみに、勇者たちは隘路から退却して開けた場所にいた。
延々と続く戦闘中に、背後を塞がれそうになったのだ。
モンスターとともに狭い空間に押し込められてはたまらないと、四人は大きくまわりこんだ。
迫ってきたのは、体高20メートル近い大型モンスター。
巨大岩亀である。
何度攻撃しても、勇者や騎士の剣ではなかなか痛手を与えられない。
仕留めるのに時間がかかり、長い長い連戦をもって、勇者は岩石砂漠からの撤退を決めた。
意気込んで国境を越えたのに、長いとはいえ一戦で退却するのだ。
勇者が落ち込むのも当然だろう。
「もう、だからベルを引き止めればよかったのよ! そうすればあの大岩で道をふさがせてラクできたのに!」
「城壁に設置するような大型のバリスタがあれば、巨大岩亀ももっと簡単に倒せたかもしれません」
「いまさら言っても仕方あるまい。ベルは荷運び人であることに誇りを持っていた。巻き込まれたならともかく、ポーター以外の役割を頼んだところで受けまいよ」
「そうだね、うん。だから……戻って、仲間を探そう。ベルみたいな荷運び人……は無理だから、魔法使いを」
言って、勇者は踵を返した。
退却するとなれば、過酷な地に長居は不要だ。
手に入れた『アイテムボックス』の中に物資は入っていても、長居すればするだけモンスターから襲撃を受ける危険性が増すのだから。
頼れる荷運び人のベルはパーティを離れ、名高い『逸脱賢者』は行方知れずで仲間に迎えられなかった。
モンスターの大群の討伐に時間がかかり、大型種に苦戦する。
これまで順調だった勇者の旅路は、にわかに暗雲が立ち込めていた。
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「おおっ、荷運び人さん! 無事だったのですね!」
絶黒の森を発ち、死の谷を抜けて数日。
荷運び人ベルは大陸西方、「西の果て」にある街にいた。
門を通り抜けてすぐに、ベルは声をかけられた。
「わっ、おひさしぶりです商人さん!」
話しかけてきたのは、ベルが死の谷に向かう前に出会い、街で何日か一緒に過ごした商人だ。
「街に大岩が近づいてきた」という心当たりのありすぎる情報が耳に入って、門まで会いにきたらしい。
街を旅立った時と違って、ベルは一人ではない。
「カアッ!」
「商人さん、このカラスはカークです! よろしくお願いします!」
「はは、賢いカラスですね。よろしくお願いします」
「カアー、カァッカア!」
ベルの背負子の上には、カラスがいた。
三本足で背負子に掴まっている。カークである。
なにやら言いたいようだが伝わらない。烏語なので。とりあえず、商人に敵意は持っていないらしい。
ちなみに、販売予定の鏖殺熊の素材や貴重品を持って、大岩自体は街の外に置かれている。
門を通れなかったらしい。当然だ。
「西方はいかがでしたか? よければ話を聞かせてください」
「はい、もちろんです! あ、けど話せないこともあるんですけど……」
「構いませんとも! 情報の少ない西方のことですからね、話していただけるだけでもありがたいのです」
商人いわく、この街は死の谷に向かうには最後の街だ。
西の山脈や死の谷は、冒険者や旅人の行く手を阻んできた。
商人が情報を求めるのも頷ける。
「カァ!」
「あっ、そうだ! 売りたいものがあるんです! それに、買いたいものも!」
ベルが背負子を下ろして、巻きつけていた毛皮を手に取る。
広げる。
ニコニコと誇らしげに、商人に見せつけた。
「ええ、ええ、構いませんとも。情報のこともあります、買い取りには色をつけさせていただきま——げえっ!? これは!?」
品を見せられた商人が奇妙な声をあげてフリーズした。
ワナワナ震える手を毛皮に近づける。
「えっと、ぜっ……森で仕留めたんです! 鏖殺熊?っていうモンスターみたいです!」
「ま、まさか、売りたいもの、というのは、この毛皮で、まさかコレを私に売っていただけ」
「はいっ! 毛皮だけじゃなくて、素材を一通り売りたいんです! あ、日持ちしない肝と、お肉はちょっとありませんけど……」
「うおおおおおおっ! 買います! 買わせていただきます! 買わせてください!」
申し出を聞いた商人がベルに迫る。
人の良さそうな顔だったのに目が血走っている。
カークは驚いてばさっと羽を広げる。
「やった! あと、これを売ったお金でいろいろ買いたいんです!」
「お任せください! 勉強させていただきます! ですから私に、ね? お取引させていただけませんか?」
商人はニコニコと揉み手をするも、目はギラついたままだ。
コウタが無傷で止めて、アビーが倒した鏖殺熊の素材は、貴重なものだったらしい。
「カァー?」
「もちろん荷運び人さんを騙すつもりなんてありませんとも! 西方を往復できて鏖殺熊を仕留められる人物なのです、これからも末長く良好なお付き合いを続けたいと……え? 先ほど、鏖殺熊を仕留めたと……?」
「はい! けど、倒したのは僕じゃありませんよ! 荷運び人は戦えませんから!」
「あっはい。そうですかそうなんですね」
ベルの言葉に商人が首をかしげる。
あの大岩を運べるのに? と思ったようだ。
「カァー。カアカア」
まあ仕方ないよな、けどいい買い手が見つかってなによりだ、とカークの鳴き声が響く。
ベルが精霊樹のふもとを旅立ってから10日ほど。
勇者のパーティから追放——もしくは離脱——された少年、荷運び人のベル・ノルゲイは、無事に役目を果たせそうだ。
村作りに貢献したいという、少年の希望通りに。





