第八話 コウタ、逸脱賢者と荷運び人とカラスと役割分担をする
コウタとカーク、アビーが精霊樹のふもとにベルを迎えた翌日。
三人と一羽は、精霊樹の果実と湖の水という簡素だが稀少な朝食を終えて、情報交換をはじめていた。
「それで、人里はどれぐらい先にあるんだろう? やっぱり死の谷の向こうなの?」
「そうですね、死の谷から一週間ほど離れた場所に街がありました! ちゃんと外壁がある街はそこが最後でしたね! 人の痕跡はありましたけど、そこからは道もなく……」
「あとはあっても小さい村か集落ってとこか。村作りと生活に必要な物資を購入すんならその街がいいんじゃねえか? 村を見つけても買えるとは限らねえし」
「そっか、売れるほど商品があるとは限らないもんね。こっちは過酷なんだなあ」
「カアー」
アビーはともかく、コウタはこの世界の「普通の場所」で暮らした経験がない。
人が暮らしている場所でも、欲しい物が手に入らない可能性があることにカルチャーショックを受けているようだ。
元の世界、少なくとも日本の物流網はすさまじいのだ。
「死の谷を抜けて一週間。ってことは、ここから10日ぐらいか」
「でも、道がわかったからもう少し早く行けると思います!」
「カアッ!」
「ははっ、カークも手伝うってアピールしてるのかな? ほんと賢いなあ」
「空を飛べるカークがいりゃ死の谷を抜けるのがラクになるかもな。頼りにしてるぜ、カーク」
切り株の上で羽を広げるカークを見て、コウタとアビーが微笑んだ。
ベルはいつも通りニコニコだ。能天気か。
「村を作る、かあ。何が必要なんだろう」
「まずは建築用の道具と金物だな。ノコギリ、いろんなタイプの釘、鉋はあっても使いこなせねえか。とにかく金属製品は買ってこないとどうしようもねえ」
「ああ、俺とカークは精霊樹の洞で、アビーはテントで、ベルは大岩でなんとかなってるけど、雨が降ったらこのまま生活するってわけにもいかないもんね」
「カァー」
「そういうこった。床はなあ、最悪、土魔法でかさ上げすりゃ土間でもなんとかなるかもしれねえけど、屋根と壁はいるだろ」
「木材は? 鹿のツノで伐り倒せるけど、乾かさないと使えないんじゃない?」
「そこは魔法を開発しようと思ってる。木の水分を抜きゃいいんだ、イケると思うんだよなあ」
「魔法すごい……じゃあ、あとは畑かな? 精霊樹頼りじゃ申し訳ないし、ぜんぶ買ってきてもらうわけにはいかないし」
「そうだな、自給自足とはいかなくても、農具に種苗は欲しい。あとはつなぎの食料に、包丁や鍋も欲しいよなあ。保存きくヤツが買えりゃいいんだけど」
コウタとカークは、二週間とちょっとこの地で生きてきた。
だが、この場所で暮らしていく、村を作るとなると足りないものは多い。
というか何もかも足りない。
魔法が存在する世界で『賢者』がいても、すべてなんとかなるわけではないのだ。
「あ。けど、いろいろ買うのにお金が必要だよね……どうしよう」
「カァ?」
獲ってくればいいんじゃないか? というカークの言い分に頷くわけにはいかない。それは獣の論理だ。カークは烏だが。
「精霊樹の存在は秘密だから、お願いして果実をわけてもらうわけにはいかないし……売れそうなもの……伐り倒した木材、とか?」
「心配いらねえってコータ。少なくとも当面の金はなんとかなる」
「えっ?」
「そうです、大丈夫ですよ!」
「えっえっ。そんな、二人に頼るわけには」
「ははっ、そういうことじゃねえよ。コータと一緒に、鏖殺熊を仕留めただろ? アレの素材はいい値段で売れるはずだ」
「ああ、そういえば!」
「売っていいよな? それとも皮は残しとくか? コータは最初の獲物だったんだろ?」
「あんまり惹かれないかなあ。お金になるんだったら売っちゃいたい。安いなら取っておくのもいいかもしれないけど……」
「強力なモンスターでしたから、いい値段になると思います!」
「うん、じゃあ売っちゃおう! いいよねカーク?」
「カアッ!」
「よし。んじゃこれでしばらく金には困らねえだろ。あとは誰が街まで行くかだけど……」
「僕に任せてください!」
「ああうん、ベルは当然行ってもらいたい。行きはともかく、帰りは大荷物になるからな」
「えへへっ、荷運び人の本領発揮ですね! 足が鳴るなあ!」
「あ、鳴るのは足なんだね。…………その、申し訳ないけど、俺はまだ大勢の人がいる場所は自信なくて」
「わかった、気にすんなって、コータがいなけりゃここに村を作るなんて考えられなかったし、オレはどうなってたかもわかんねえんだから」
「……ありがとう、アビー」
「じゃあ、僕と一緒に行くのはアビーさんですか?」
「んんー、今回はやめとくわ。家や農地を作るのに便利な魔法を開発しときてえからな。落ち着いたら行きたいけど」
「カァ? カアー、カア!」
「カークは行きたいのかあ。どう思う、アビー、ベル? カークが行っても大丈夫かな?」
「道中は問題ないだろうな、いまのところ空を飛ぶモンスターは見かけねえし、もし何かあってもカークなら逃げられるだろ」
「街中も大丈夫ですよ! モンスターなら問題ですけど、犬や猫や鳥を連れてる人は街でも見かけます!」
「だってさ、カーク。よかったね」
「カアッ!」
「……そうだな、その通りなんだけども。三本足のカラスかあ。モンスター、じゃねえんだよな?」
アビーがカークを覗き込む。
カークはつぶらな黒い瞳をきらめかせてクイッと首を傾ける。馬耳東風である。烏だが。
「よろしくね、カーク!」
「まあ空を飛べるんだ、同行してもいいしこっちに戻ってきたっていい。安全第一にな」
「ベルとカークが街に、アビーは魔法の開発かあ。みんなやれることがあってすごいなあ。俺は……」
「カァカア」
「コータ、伐採を頼んでいいか? この辺の木はともかく、黒い木は固くてな、伐るにはけっこう魔力が要るんだ。コータがそのツノでやりゃ一発だろ?」
「あ、うん」
「コータなら『絶黒の森』の変異種でも怪我ひとつしないだろうしな。ベルのための道造りと、農地の確保を頼みたいんだ」
「わかったよ。へへ、俺にもできることがある、かあ。ふふ」
コウタは2年、仕事をしていなかった。
流れていく時間をやり過ごし、ただ無為に日々を越えてきた。
けれど、ここではやれることがある。
【健康】な体には精神力も体力も活力もある。
コウタは、含み笑いをこぼしていた。じゃっかん気持ち悪めなのはご愛嬌だ。
「あ、けど伐っても運べないや」
「任せてください! 残しておいてくれれば、僕が【運搬】します!」
「ありがとう。ベルはすごいなあ」
「僕は荷運び人ですから! 木は伐れませんけど、運ぶのはできます!」
「時間かければ伐れるだろ。いや、そういう縛りがexスキルを生むのか? くっ、わからねえことが多すぎる。落ち着いたらじっくり研究してえなあ」
「カァ?」
無理じゃね? というカークのツッコミは届かない。
ともあれ、三人と一羽のやることは決まった。
コウタは道と農地造りのための伐採を、アビーは開拓と村作りに役立つ魔法の開発を、ベルは街に向かって物資の調達を。
カークはベルに同行して道を確認しながら、並行して周辺の探索やコウタとアビーへの報告を行うことになるだろう。報告は通じないだろうが、何かあったら警告ぐらいはできるはずだ。なにしろ【導き手】のスキルを持つ三本足のカラスなので。
大陸の西の果て、死の谷を越えた、瘴気渦巻く漆黒の森の中心で。
コウタとカークとアビー、ベル、三人と一羽の、村作りがはじまった。
健康はともかく、穏やかで平和な暮らしへの道のりは、まだ遠い。





