第七話 コウタ、荷運び人に精霊樹を見せて願わせる
「うわあ、うわあ! すごいです、死の谷と黒い森の先に、こんなに綺麗な場所があるなんて!」
コウタとカーク、アビーが荷運び人のベルと出会った翌日。
一行は絶黒の森を通って、精霊樹と小さな湖のほとりに帰ってきた。
瘴気渦巻く森の中に現れた景色に、ベルは感嘆の声をあげる。
「帰ってきたって感じがする。まだ二週間ちょっとしか住んでないんだけどなあ」
「ははっ、もうすっかり馴染んでるなコータ」
「うん。この景色を見たベルに喜んでもらえるのもうれしいしね」
「カァー!」
「たしかにな。オレなんて一週間ちょいなのに、不思議なもんだ」
キラキラと目を輝かせるベルを見て、コウタとアビーはうれしそうだ。精霊樹の枝に止まったカークも誇らしげに胸を張る。鳩胸である。烏だけど。
「ベル。守ってほしい秘密の一つは、この場所と、この樹のことだ」
「すごく立派な樹ですもんね! 伐り倒すのはもったいないです!」
「それもそうなんだけどよ。この樹は貴重なヤツでな。幹も枝も葉っぱも果実も、どんなことしても欲しいってヤツはたくさんいる」
「わ、そんな珍しい果実を食べさせてくれたんですね! ありがとうございます!」
ベルはコウタとアビーにペコっと頭を下げる。
樹上にいるカークにも目を向けて会釈する。律儀か。カークはご満悦だ。
「そうだ、ベル。この樹に頼んでみてくれるかな? 木の実をもらえませんかって」
「え? 樹に、ですか?」
「そっか、精霊樹の判断を聞いてみるのか。ナイスアイデアだ、コータも考えてたんだなあ」
「カァ」
「こっちで目覚めてからずっと、俺はこの樹に助けられてきたからね」
初対面にもかかわらず、コウタはあっさりベルを受け入れた。
友達にして【導き手】である三本足のカラス、カークが連れてきた人物だといえ、アビーからしたら心配になるほどに。
だが、コウタも考えていたらしい。いちおう。
ベルはきょとんとしている。
二人と一羽の言うことがイマイチわかっていないのだろう。
が、やってほしいことは理解したようだ。
トコトコと大木の根元に歩み寄る。
「こんにちは! 僕、コウタさんとアビーさんとカークと一緒に、ここに村を作ろうとしてるんです! よかったら、木の実を分けてもらえませんか?」
いかに異世界でも、「樹に頼んでみてほしい」と言われたら、普通の人間は首をかしげることだろう。
だが、ベルは素直に受け止めた。
真摯に頼み込んだ。
コウタとアビーと、コウタの肩に止まったカークがじっと精霊樹を見上げる。
手を差し出したベルも見上げる。
さあっと葉が鳴って。
ぽとりと、果実が落ちてきた。
ベルが広げた手に自ら収まるかのように、一つ。
「わあ、すごい! ありがとうございます!」
ベルはニコニコと満面の笑みで樹にお礼を言う。律儀か。
「よかった、精霊樹も認めてくれたみたいだね」
「ああ。少なくとも精霊樹への害意はないってこったな。たぶんだけど」
「カアッ!」
ベルの手に収まった果実を見て、コウタとアビーはほっと胸を撫で下ろした。
カークは俺が連れてきたんだ当然だろ、とでも言いたげだ。
コウタとカークが異世界で目覚めてから二週間ちょっと、アビーが来てから一週間と少し。
二人と一羽は、精霊樹と湖のほとりに、新たな仲間を迎えることになったようだ。
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「ええっ!? 二人とも前世の記憶があるんですか!?」
「そうなんだ。そこは魔法がない世界でね、たぶん俺とアビーは同郷だったんだ」
「カアッ!」
「ははっ、カークもな。……あっちじゃ三本足じゃなかったんだろうけどよ」
「そうなんですね! 魔法がない世界かあ、いつか見てみたいです!」
「やめとけやめとけ。魔法というか魔力がないし、たぶんスキルもねえからな。その岩を背負ってったら潰れちまうぞ?」
「ええっ!? それはいい鍛錬になりそうですね!」
「どうだろ、なるかなあ」
「カァー」
「いや無理だろ。無理だと思う。コータも真剣に考えるなって」
ベルの存在が精霊樹に受け入れられて、コウタとカーク、アビーは素性を明かすことにしたようだ。
ベルが運搬してきた布を地面に敷いて、アビーが取り寄せたお茶を淹れて談笑している。
ちなみにベルが背負っていた大岩は湖のほとりに置かれた。
大木と小さな湖と、一見するとただの大岩は、自然の造形として調和している。とても一人で持てそうにないのは置いておいて。
「そういえば、アビーは日本に還りたいと思わないの?」
「ん? そりゃ最初は還りたくなったけどな。けどほら、向こうのオレは死んで、こっちで生まれ直したんだ。もうこっちで暮らしてきた方が長えしなあ、還りたいとは思わなくなったよ」
「そっか……」
「コウタはどうなんだ? 体がそんなに変わらない転生なんだ、未練があるんじゃねえか?」
「うーん、両親には申し訳ないって思うけど……輪廻転生だったからかなあ、後悔はあっても還りたいとは思わないんだ」
「カアー」
「案外、その辺は思考操作されてたりしてな。【健康】だったら病むほど思い悩まねえだろって」
「…………え?」
「まあわからねえし、気にしてもしょうがないって。ほら、オレたちはオレたちの今生を生きるってことで」
「そうだね、うん、真面目に一生懸命生きて、『健康で穏やかな暮らし』を送るんだ」
「カァッ!」
「そういう生活、いいですよね!」
「おっ、ベルもスローライフ派か? 育った村が危険と隣り合わせだったとか?」
「いえ、村は穏やかな暮らしでしたよ? 荷運び人として、そういう村を作るのに貢献したいんです!」
「ありがとう、ベル。ここは人里離れてるみたいだからね、荷運び人の存在はありがたいよ」
「『村は穏やかな暮らし』ねえ。その村自体が怪しいんだよなあ。『お爺ちゃんの若い頃は山を運べた』ってなんだよ。そんなヤツが普通にいる村っておかしいだろ」
「カァー」
アビーとカークが首を振る。苦労性か。これから先が思いやられる。
ため息を漏らす一人と一羽の向かいで、コウタとベルは和やかに談笑している。呑気か。これから先が思いやられる。
「そういうことで、俺たちの事情は秘密にしてほしいんだ。アビーはこっちの事情もあるし……」
「はいっ、わかりました!」
「この場所と精霊樹の存在、それにオレたちの素性。この二つが守ってほしい秘密だな。また追加するかもしれねえけど」
「荷運び人の誇りにかけて、秘密にします!」
「うん、お願いするよ。それじゃあらためて……」
コウタがすっと手を伸ばす。
アビーが手を乗せて、察したベルも手を重ねた。
最後に、カークがぴょんっと上に飛び乗る。
「この場所に、村を作りたい。それで、健康で穏やかな暮らしを送るんだ。よろしくカーク、アビー、ベル」
「よろしくお願いします、みなさん!」
「カアー、カアッ!」
「おう、魔法は任せとけ!……あと常識も任せとけ。常識外れの『逸脱賢者』だけどな!」
一人と一羽から二人と一羽へ。
そしていま、三人の手と一羽の足が重なった。
健康で穏やかな暮らしを送りたい。
コウタのささやかな願いが実現に向けて動き出す。
死の谷の先、瘴気渦巻く「絶黒の森」の只中で。
神から【健康】を授かった男と三本足のカラス、非常識な『逸脱賢者』、常識のおかしい荷運び人にとって、場所は問題にならないようだ。
…………常識人はいない。





