第六話 コウタ、アビーと「鑑定」の話を荷運び人に持ちかける
「ねえベル、その『解体』ってなんでもできるの?」
「なんでもはできませんよ、できるものだけです!」
「カァ?」
「わかる、わかるぞカーク。怪しいんだよなあ。解体。解体かあ。『生きたまま解体する』とか猟奇的なこと言い出したりして」
「えっ。アビーの発想が怖い」
「あははっ、それは無理ですよ! お父さんもお爺ちゃんもできませんでした! 命あるものは解体できないでしょう?」
「カ、カア……」
「なあベル。その言い方だと、まるで『生きてなければ解体できる』って聞こえるんだけどよ、その辺はどうなんだ?」
「死んだモンスターや動物は解体できます!」
「おおー、森では頼りになりそうだね」
「カァー」
「まだ怪しいんだよなあ……はあ、鑑定で見えりゃいいんだけど」
遭遇した鏖殺熊を倒して解体した一行は、また森を歩き出していた。
素材はベルが運搬している。
大岩の中はくり抜かれていて、荷物を収納できるらしい。
コウタは「さすが荷運び人」と感心していたが、アビーとカークは呆れ気味であった。
コウタとカーク、アビーが精霊樹と小さな湖のほとりを出てから山を越えるまで、二日かかった。
道がわかっているとはいえ、帰路も一日では踏破できないだろう。
すでに陽は傾きはじめ、黒い森はさらに暗さを増す。
「そろそろ野営の準備をした方がいいかなあ。カーク、いい場所わかる?」
「カアッ!」
コウタに投げかけられたカークが、任せとけ! とばかりにひと鳴きして飛び立つ。
空を行くカークを追いかけながら、三人が地上を行くことしばし。
「カアー、カアー」
空中でぐるぐる円を描いたカークが、鳴きながら樹上に降りた。
ここがいいんじゃねえか? と言いたいらしい。
湖から流れ出る川のほとりの、開けた空間だ。
「ありがとう、カーク。どうかなアビー?」
「ああ、いいんじゃねえか? ほんとは隠れられた方がいいんだけどよ……コウタは【健康】だし、ベルは大岩の中で寝るんだろ?」
「はい! こういう時のために、勇者さまが用意してくれたんです!」
「へえ、勇者ってすごいんだねえ」
「そうなんですよ! モンスターに狙われても、大岩が防いでくれるから安全なんです!」
「なあベル、そのあとはどうすんだ? モンスターが諦めなかったら? それか、道ばたで遭遇したら? 荷運び人は戦えねえんだろ?」
「その時は、『運搬』しながら逃げます! この岩は頑丈で、攻撃も防いでくれるんですよ? おかげで大事な荷物を傷つけちゃうことがなくなりました!」
「そっか、逃げればモンスターが追いかける形になって、背後から攻撃するには大岩が邪魔になるもんね。よくできてるなあ」
「おかしい。何もかもおかしい。この重さの岩を運べることもおかしいけどさらに逃げられるって。そんで物理も魔法も、攻撃は防げる岩かあ。何でできてるんだその岩」
会話しながらも三人は手を動かす。カークは周囲を警戒して頭を動かす。手はないので。
ベルは、河原と森の境界あたりに大岩を置いた。
よいしょ、という軽い掛け声のわりに、岩はズンッと重い音を立てて接地する。
一声かけて、アビーが岩にロープを巻きつけてタープを張る。
せっかくだからと大岩を利用して、食事や歓談のスペースを作ったらしい。テントは別の場所だ。
コウタも、アビーの実家から送られてきた寝袋を取り出した。
迷ったのちに、ベルとアビーに声をかけてタープ下を確保する。
「すみません、中がもうちょっと広かったらコウタさんもアビーさんも泊められるんですけど」
「はは、気にしないでいいよ。ほら、簡単に屋根が張れた分、行きより助かってるから」
「待て待て待て。『中がもうちょっと広かったら』って、それもっとデカい岩だったらってことだろ? 持てるのか?」
「はい、運べます! お爺ちゃんの若い頃みたいに山は運べないけど……」
「…………え?」
「カ、カァ?」
「聞かなかった。オレは何も聞かなかった。はー忙しい忙しい、野営の準備は大変だなあ! 野営の! 準備は! 大変だなあ!!」
テントを張ったことで、野営の準備はすでに終わっている。
食事は精霊樹の実と、アビーが実家から取り寄せた携帯食料だけだ。
火の準備も必要ない。
アビーの現実逃避である。
どうやらベルは常識がおかしい荷運び人の村で、荷運び人として英才教育されたらしい。常識を教え忘れたのか、あるいは村まるごと非常識だったのか。
「あれえ? オレ、常識から外れてるから『逸脱賢者』って呼ばれるようになったはずなんだけどなあ。オレが一番常識人な気がする」
「カァ? カアー」
虚ろな目で呟くアビーを心配して、カークが寄り添うように杖に乗った。元気出せよ、とでも言いたいのだろう。
アビーはそっと、濡羽色のカークの背を撫でた。
烏語は通じなくとも気持ちは通じたらしい。苦労性同士か。
パチパチと焚き火が爆ぜる。
陽が落ちた絶黒の森は、焚き火の明かりを飲み込むような暗闇が広がっていた。
だが、三人と一羽に緊張した様子はない。
果実と携帯食料の簡素な食事を終えて、三人は歓談する余裕さえあった。
「あ、そうだ。アビー、鑑定させてもらえば? 俺たちの秘密を守ってもらうけど、俺たちも秘密を守るって約束してさ」
「おたがい秘密を握り合うってことか。コータにしちゃいい案かもな。どうだベル?」
「かんてい、ですか?」
「ああ。オレが開発中の魔法なんだけどよ、なんて言うかなあ、『その人の特技や才能が視える』って感じだな」
「わあっ、すごいですねアビーさん! 僕、ぜひ見てもらいたいです!」
「お、おう。そんな乗り気でいいのか? ベルができることが全部バレるってことは、戦いじゃ不利になるってことだぞ?」
「はい、平気です! 荷運び人は戦いませんから! それに、コウタさんもアビーさんも秘密にしてくれるんですよね?」
「カ、カァー」
「あ、うん、もちろん。……純粋って強いなあ」
「ほんと、こっちが心配になるぜ。はあ、まあいいか。許可は取ったぞ」
アビーが杖を構える。
ローブの袖から白く細い手首が覗く。
「『鑑定』ッ!」
光ることも、魔法陣が現れることもない。
アビーはただじっとベルを見つめる。
「どうだった、アビー?」
「カア?」
コウタとカークがアビーを急かす。
ベル自身も目を輝かせて興味津々だ。
そして。
「すげえぞベル! 予想通り【運搬】と【解体】が宿ってて、コウタの【健康】よりはちょっと弱いけどまあレベルは二つとも【ex】でいいだろ!」
「おおっ!」
「カアーッ!」
「えっと、それはすごいんですか?」
「あとは言葉にするなら【体力回復】【悪路踏破】ってとこか? こっちはレベル……そうだな、exを枠外、10をmaxとしたら7か8ってとこだ!」
「お、俺たちよりスキルが多いしレベルも高い……」
「カァ、カアカア」
「そこは仕方ないって。コータもカークもこっちに来たばっかりだろ? そんで二つずつexスキル持ってんだ、充分すげえよ!」
「ありがとうアビー。それにしても……ベルって転生者じゃないんだよね?」
「『鑑定魔法』で読み切れるかはわからねえけど、コータとカーク、オレと比べても、ベルにはその辺の情報がない。おそらく普通にこっちで生まれ育ったんだと思うぞ」
鑑定されたベル本人はまだよくわかっていない。
なんとなく「良さそう」なことは理解したのか、ニコニコと嬉しそうだ。
予想していたとはいえコウタとアビーはスキルの数とレベルの高さにショックを受け——
「ん? オレは魔法系のスキルはいくつかあるけど、exスキルは【魔導の極み】だけ。鑑定したヒトの中で、オレだけ、一つか」
——アビーは、気づいてしまった。
「あれえ? オレ、学園を首席で卒業して魔法研究所で功績残して、魔法理論でも魔力量でも常識外れの『逸脱賢者』って呼ばれてたんだけどなあ」
二人と一羽と比べると、自分が普通であることに。
「オレもう『普通の魔法使い』って名乗ろうかな。ははっ。いやそんなわけねえ。exスキルがこんなにありふれてるわけねえ。たまたま、たまたまだ。そうだそうに違いない」
「カァー」
今宵も、絶黒の森にアビーの悲嘆が溶けていった。
ちなみに、コウタは落ち込むアビーを前にオロオロして、ベルはよくわかってないのか笑顔のままだ。頼りにならない男たちである。
カークはアビーの手に包まれて精神安定剤となっていた。頼れるカラスである。





