第四話 コウタ、荷運び人を連れて帰路につく
「勇者。そういえばアビーも」
「そうだなコータ、けどいまはそれより……なあベル、なんで勇者サマの荷運び人だったのに、こんな場所で一人旅してんだ?」
「この先の旅に荷運び人は連れていけないって、あとダンジョンで『アイテムボックス』を見つけたから大丈夫だって」
コウタとカーク、アビーが暮らす「絶黒の森」と死の谷を区切る山の頂上付近。
二人は、カークに導かれてやってきた荷運び人のベルと会話していた。
荷運び人なのに一人で行動していることが気になったらしい。
「必要なくなってリストラかあ。しんどいね」
「荷運び人は戦えないから、仕方ないと思います!」
「戦えない……戦えないか……? その大岩を持ち運べるのに? 落とすだけでたいていのモンスターは潰せるんじゃねえか?」
「荷を落とすなんて、僕は初心者荷運び人じゃありませんよ!」
「ああ、なるほど。その岩は荷物だもんね」
「カァ」
「ええ……? そここだわるとこ? 倒すの優先じゃない? コータもカークも納得しててオレがおかしいのかなこれ」
「だから僕は、受け入れてくれる小さな村や開拓地を探してるんです!」
「それで大陸の東の方? からここまで旅してきたのか。すごいなあ」
「カァー」
「明るい。パーティから追放されたのに明るくて前向きって。ほんとすげえなベル」
「えへへ、ありがとうございます!」
コウタとアビー——たぶんカークも——から褒められて、ベルは満面の笑みを浮かべる。
アビー——おそらくカークも——はじゃっかん呆れ気味の褒め言葉だったが、それでも喜んでいる。
ベル・ノルゲイと名乗った荷運び人は、根っから前向きで純粋で天然らしい。
もしコウタがそうであれば引きニートにならなかったかもしれない。
もしアビーがそうであればイチかバチかの転移を選ばなかったかもしれない。
二人には眩しい笑顔である。
「それで、あの、どうですか? コウタさんから『村を作るつもりなんだ』って聞きまして、僕、荷運び人としてお役に立ちたいです!」
「どうかなアビー、言えば秘密は守ってくれるみたいだし、俺はいいと思うんだけど」
「カアッ!」
絶黒の森のほぼ中心にある精霊樹と小さな湖。
コウタとカークとアビーは、その地で暮らすと決意した。
だが、二人と一羽で暮らしていくには足りない物が多すぎる。
いまのところ食料は精霊樹の実と魚でなんとかなっているが、服や生活用品はアビーが取り寄せたものだけだ。
定住するつもりならアビーの「ワープホール」に頼りきりになるわけにはいかない。
実家の協力がなくなったら生きていけなくなるなど、とても自活してるとはいえないだろう。いわんやスローライフをや。まあ、ある意味ではスローライフか。すねをかじり倒すストロングスタイルのスローライフである。
「オレはコータとカークに便乗しただけだからな。二人がOKならいいと思うぞ」
「ありがとうアビー。俺はカークに導かれたからさ、カークが連れてきた人なら問題ないって思ってるんだ」
「カ、カアー」
「わっ、それじゃ!」
「ただ、守ると誓ってもらわねえと困る秘密が、最低でも二つある。ほんとに守れるか、荷運び人? あとから秘密を追加するかもしれねえぞ?」
「はいっ! 絶対に守ります! どんなことでしょうか?」
「二つ? 一つはわかるけど、もう一つは?」
「カァカァ、カアッ!」
むしろ二つじゃ少ないだろ、とコウタに突っ込むカーク。
ばっさばっさと羽を動かしておかんむりだ。
貴重な精霊樹の存在や、コウタとアビーそれぞれの事情など、秘密にした方が良いことは数多い。
二つは最低限であり、状況次第で追加していくことだろう。
「まあそれは帰りながらでいいだろ。守れなさそうならオレが道中で……」
「カァ」
後半は二人に聞こえないように、アビーは小声で呟いた。
カークも、小さな鳴き声で。
世間知らず、もとい異世界知らずのコウタは首を傾げて、天然らしいベルは微笑みを浮かべたままだ。
コウタとカークが異世界生活をはじめておよそ二週間。
一人と一羽は二人と一羽になり、これから三人と一羽になるかもしれない。
三本足のカラスに導かれて。
まずは村を作る予定の場所を見せる。
そう決めたコウタは、アビーとカークと一緒に山を下る。
同行するのは荷運び人のベルだ。
当然、大岩は背負ったままである。
アビーは、もしベルが信用できなさそうならその時は、という決意を胸に秘めてベルの横を歩いていた。
ベルの大岩がときどき黒い木の枝に当たるも、力任せに通り抜ける。
枝はしなるだけで折れなかった。
ベルの歩みも止まらなかった。
アビーの目が見開かれた。
「あとで『鑑定』させてもらうか。絶対スキルがあるだろこれ」
「あっ、そういえばこの森は瘴気? が濃いらしいけど大丈夫?」
「はい! 『荷運び人はどんなところでも運べないと』ってお父さんに鍛えられました!」
「そっか、子供の頃から努力してたって言ってたもんね。すごいなあ」
「えへへ、ありがとうございます」
「カァ?」
「いや無理だぞカーク。普通の人間は鍛えたからってこの瘴気の中を歩けねえ。俺だって魔力で活性化してるから平気なだけで」
「カアー」
「コウタは【健康】スキル持ちだし、そもそもコウタもカークも神サマから授かった体だろ? だから大丈夫なんだと思うぞ」
「疲れたら言ってね、ベル。俺は疲れないから加減がわからなくて。順調でも湖のほとりまで二日かかるんだ」
「はい! けど平気です、二日なら歩き通せます! 荷運び人の村では一週間歩き続ける訓練もしました!」
「荷運び人は過酷な仕事なんだなあ。あ、でも【健康】になった今なら俺もいけるかな?……無理か。アレは持てない」
「カァ?」
「いや普通じゃないぞカーク。オレがいた国の騎士団の精鋭でも三日がいいとこだ。魔法研究所の研究者でも三徹以上はポーション頼りだったな」
非常識と天然の会話はエラいことになっていた。
が、アビーとカークはもはや本人たちに突っ込まない。ただ呆れるばかりである。この調子で大丈夫か。いろいろ。
と、アビーの杖に乗っていたカークが飛び立つ。
「カアッ!」
先頭に出て枝に止まり、ひと鳴きするとコウタも足を止めた。
コウタはきょろきょろと周囲を伺う。
「コウタさん?」
「カークがこうなった時はまわりに何かいることが……あ、いた」
立ち並んだ黒い木々の先。
やはり黒い下生えが揺れて、一匹の獣が姿を現す。
熊だ。
二本の後足で立ち上がった背は3メートルほどだろうか。
森と同じように漆黒の毛皮、爪は硬い樹皮にあっさり傷をつける。
鋭い牙が覗く口からダラダラとヨダレを垂らし、赤い瞳はコウタたちを睨みつけている。
「うげえっ!? マ、マジかよ!?」
「……熊から逃げる時は目をそらさないでゆっくり後ろに下がるんだっけ」
「ガァッ!」
「無、無理だぞコータ、そりゃ動物の熊ならなんとかなるかもしれねえけど! アレはそんなんで逃げられるヤツじゃねえ!」
「あの熊を知ってるの?」
「ああ、アレは鏖殺熊だ! くそ、なんで絶望の鹿のナワバリにこんなヤツが!」
言いながら、アビーが杖を構えて魔法を発動させる。
まずは一行の安全を確保しようとしたのだろう、熊との間に空間壁を張る。
漆黒の熊は、三人と一羽を見つめて、ゴアアッ!と雄叫びをあげた。
絶黒の森を抜けて拠点に戻る帰り道、戦闘は避けられないようだ。
家に帰るまでが遠足、もとい、探索である。





