第三話 コウタ、荷運び人と会話して事情と希望を知る
「はじめまして! 僕はベル、ベル・ノルゲイです!」
「あっはい、はじめまして。俺はコウタです」
コウタとカークがこの世界で目覚めてから二週間。
転移してきたアビーを仲間に加えて、二人と一羽は人里を探して東に向かった。
精霊樹と小さな湖のほとりを発って二日。
瘴気漂う絶黒の森を抜けて、山を越えて、見えた山の向こうは赤茶けた崖が広がる「死の谷」だった。
だが、雄大な景色よりも、コウタとアビーの視線を集めたもの。
それは、5メートルほどの巨大な岩を背負って死の谷を越えてきた、一人の少年だった。
最後は三本足のカラス、カークに導かれてきた少年は、ニコニコと満面の笑みを浮かべて挨拶する。
つられてコウタが名乗る。
「カアー!」
「あ、このカラスはカークです。俺の友達? 相棒? で」
「そっかあ、道案内してくれたんだね! ありがとうカーク!」
「カァー」
いいってことよ、とばかりにカークが鳴く。
アビーが開発した鑑定魔法で【導き手】という強力なスキルを持つと見られたカークの面目躍如である。
「あーうん、考えるだけ無駄だな。神サマはいるしスキルはあるって推測したのはオレだもんな。だったらあんな、超重量の岩を運べる人間がいてもおかしくない。おかしくないはずだ。おかしくないんだ」
「アビー?」
「っと、すまん。オレはアビゲイルだ。ただのアビーって呼んでくれ」
「わかったよ! よろしくね、アビーさん!」
コウタはともかく、貴族の令嬢だったアビーには家名がある。
だが、出奔した身として家名は名乗らないことにしたらしい。
ベルが気にする様子はない。
「それで、ベルはどうしてそんな大岩を運んでんだ? 運べるんだ? 待て待て、どっから来たんだ? この近くに住んでるのか?」
「カァ」
「僕は荷運び人の村で生まれて、子供の頃から荷運び人になりたくてがんばったんです!」
「へえ、そうなんだ。すごいなあ」
「えへへ、ありがとうございます、コウタさん」
「なるほどなるほど、子供の頃から荷運び人になるべく鍛えたと。だから大岩も運べると。なるほどなるほど」
「最後に人に会ったのはこの谷に入る前だから、一週間ぐらい前かなあ」
「けっこう遠いなあ。あれ? 岩のほかに荷物がないけど」
「あ、この岩は中がくり抜いてあって、荷物が入ってるんですよ! 野営の時はこの中で寝るんです!」
「テント兼リュックってことか。こっちはすごいなあ」
「はあはあ、だから死の谷で野営しても平気だったと。それだけデカい岩なら荷物をだいぶ積めるだろうしな。はあはあ」
「人がいる場所まで一週間か。いまの準備じゃちょっと難しいかなあ」
「カァー」
「水は魔法でなんとかなるとして、食料はいるな。あとは道がわかればなんとかなるだろうけど」
「カアッ!」
「うん、その時はよろしくねカーク」
「そうそう、オレたちには空を飛べるカークがいるんだ。ここまで来たベルに道案内を頼んでもいい、食料の運搬も頼んで荷運び人として、うん、そうそう大岩に食料を積んでもらって」
新しい出会い、それどころか荷運び人として頼られるかもしれないと、ベルはニコニコしている。
異世界生活二週間目でようやく人里の情報を手に入れたコウタも笑顔だ。
カークは、死の谷を抜けられるよう導いてやる、と鼻息も荒い。いちおう鼻はある。
ふんふん頷いて会話を続けていたアビーは、ピタッと止まった。
地面にヒザをつく。
両手をつく。
「あああああああ! 子供の頃から鍛えたぐらいで100トン越えの大岩運べるっておかしいだろだいたい背負子どうなってんだそれ! 水と食料があるだけでなんとかなるぐらい甘かったら『死の谷』なんて呼ばれてねえんだよぉぉぉおおお!」
叫びながらゴロゴロ転がる。
革紐で結んだ金髪が砂にまみれる。
ズボンをはくようになったのでスカートはめくれない。
コウタとベルは、のたうちまわるアビーを前に小首を傾げていた。世間知らず、もとい、異世界知らずと天然の凶悪コンビが結成されたらしい。
アビーの苦悩は通じない。
「カァー」
「ありがとな、ありがとなカーク。オレの気持ちをわかってくれるのはカークだけだ。うう……」
へたり込んだアビーの隣に降り立って寄り添うカーク。
アビーはそっと指を伸ばしてカークの首元を軽くこする。
一人と一羽は通じあったらしい。
この世界の常識から外れて『逸脱賢者』と呼ばれた転生TS賢者と、三本足のカラスが常識人組であるらしい。常識とは。
「アビー、もう大丈夫なの?」
「ああ、取り乱して悪かったな。あんまり考えないことにした。オレが悩んでる間に二人がくつろいでんのも考えないことにしよう」
「カァー」
アビーが頭を抱えていたのは5分ほどだろうか。
声をかけても「しばらく放っておいてくれ」と言われたため、コウタはカークと地べたに座って談笑していた。
2年近く引きニートだったコウタでも、常に笑顔の少年・ベルは話しやすかったらしい。
「そっか、よかった。アビー、ベルは小さな村か開拓地を探してるんだって」
「お爺ちゃんのお爺ちゃんと同じように、荷運び人として役に立ちたいんだ! たくさん荷物を運べる荷運び人は、厳しい場所こそ喜ばれるって!」
「まあなあ、その運搬量と死の谷を簡単に越えられる踏破性能ならなあ」
「それで、ベルに手伝ってもらったらいいんじゃないかと思って。【健康】だから何日も歩き続けられるとしても、人がたくさんいる場所はまだちょっと不安だし……」
「あー、なるほど。それはそうだよな」
「あの、どうですか? 僕、がんばります!」
「カアッ!」
「【導き手】のカークも賛成か。秘密を守れるかが不安だけど、運搬量は魅力だよなあ」
「黙ってることは得意です! 荷運び人は、依頼主から『内緒にしてほしい』って言われた秘密を守るのも仕事のうちですから!」
「そこは案外ちゃんとしてんだな。……逆になに運んでたのか不安になるけど」
「勇者さまと仲間のみなさんの、武器や防具や食料、野営道具やダンジョン探索に必要なモノを運んでました!」
「……え? 勇者?」
「カア?」
コウタとカークが目を見開く。
無邪気な少年の経歴に驚いたらしい。
「言っちゃってんじゃん。依頼主の情報明かしちゃってるじゃん」
アビーが頭を抱える。
秘密を守ると言った直後に、過去の依頼主の情報を漏らした口の軽さに衝撃を受けているらしい。
「えっと、けど、勇者さまから、『内緒にしてほしい』って言われてませんよ?」
ベルがきょとんとする。
秘密だと言われなければ漏らしてもOKだと思ってるらしい。ガバガバか。
「カ、カアー。カアー」
絶黒の森と死の谷の狭間に、カークの鳴き声が響いた。
あ、あれ、導いたのちょっと不安になってきた、とばかりに。





