第一話 コウタ、カークに先導されて山越えを目指す
コウタとカークが異世界生活をはじめてから二週間。
アビーを加えた二人と一羽は、人里を探してふたたび探索に出かけていた。
今度は食料や野営道具を準備して、本格的に山越えに挑むつもりだ。
「うん、やっぱズボンは歩きやすいな!」
「そういうものなの? スカートをはいたことないからなあ」
「カアッ!」
前回の探索との違いは心構えだけではない。
一行の持ち物も変化していた。
コウタは精霊樹のウロで目覚めた時と同じ服を着ている。
生成りで、ちょっとごわごわしたズボンと、頭からすっぽりかぶるタイプのシャツだ。
シャツは頭を通しやすいように胸元まで切れ込みが入り、紐で調節できるようになっていた。
シンプルだが丈夫そうで、村人っぽい服装である。
靴は木の底に皮で縛るサンダルだ。
コウタは右手に、黒い鹿からもらったツノを持っている。
枝分かれしたツノは鋭く、触れただけで森の木々や草を切り裂いた。
ただしコウタの体は傷つけられない。
神から授かった【健康】は、怪我をせず病気にもならないらしい。チートか。
一見するとこれまでと同じ服装だが、中身が違う。
コウタは新たな下着を身につけていた。人権を取り戻した。
あとリュックを背負っている。文明を手に入れた。
アビゲイル・アンブローズ——アビーは、この地に片道転移してきた時と服装が変わっていた。
男モノのズボンに革のブーツ、上は「あわせ」がヒラヒラしたシャツだ。
羽織っているフード付きのローブは同じだが、離れてみると男性か女性かわからない。
近くで見ると女性の体だとわかるけれども。サラシは巻いていないので。
アビーが持ち込んだネックレスはシャツの内側にしまい、肩ほどまである長い杖を手に歩いている。
サラサラの金髪は、シンプルな革紐でまとめられていた。
両親からの贈り物である。
コウタとともに精霊樹のウロで目覚めた三本足のカラス——カークは濡羽色だ。カラスなので。全裸でもある。
「アビー、送りっぱなしでよかったの? 探索は手紙が届いてからでよかったんじゃ」
「いいんだって。ちゃんとおふくろの健康を願って精霊樹からもらったアンブロシアだからな、効果あるに決まってるだろ」
「カアー」
「コータこそよかったのか? 秘密にした方がいいってオレから言い出したのによ」
「お母さんが病気がちで、治せる手段がある。アビーの家族は貴族なんだし、出所不明の貴重な素材でも怪しまれないかなあって」
「……ありがとよ。ああ、絶対秘密を守らせる」
二度目の探索に出かける前、アビーは自ら開発した空間魔法の『ワープホール』でアンブロシアを実家に送った。
アンブロシアは、病弱な母の体質を改善する薬のメイン素材となるらしい。
アビーは、「もし秘密が漏れたらその時はオレが」「盆地ごと囲う結界でも開発するかな、基点を設定すれば……」などとブツブツ呟いている。
常識から外れた『逸脱賢者』、もしもの時は人道からも逸脱する気か。それなりに覚悟してのことだったようだ。
精霊樹と小さな湖のほとりを出発してから二日目。
二人と一羽は、山の中腹に差し掛かっていた。
お昼すぎには盆地を囲う山を、東に抜けられるだろう。
この辺でお昼休憩を取ろうか、とコウタが足を止めたところで。
「カアーッ! カァカアッ!」
「どうしたのカーク?」
「敵か?……何もいねえな」
カークがばっさばっさと羽を鳴らす。
何か伝えたそうにコウタとアビーに鳴き叫ぶ。が、伝わらない。
コウタとカークは【言語理解】を持っているらしいが、人とカラスは会話できない。
「カアッ! カァー!」
意思疎通を諦めてカークが羽ばたく。
コウタとアビーの頭上をぐるぐる回ってから、羽を広げて飛んで行った。
方向は東、山頂を越えてさらに先である。
「何があったんだろう」
「んー、なんだろうなあ。何か言いたそうだったけど焦ってた感じじゃなかったし、まあ大丈夫じゃねえか?」
「うん……」
コウタは心配そうに、カークが飛んで行った東の空を見つめている。
アビーも、言葉とは裏腹に眉を寄せていた。
「コータ、昼休憩は山頂を越えてからにしねえか? それまでちょっとがんばってさ」
「そうだね、そうしよう!……なんか、疲れた感じはないし」
「な、なあ、それひょっとして【健康】のせいじゃね?」
「え? でも健康な人でも、疲れる時は疲れるような」
「ああ、オレもそう思ってた。けどどこまでだ? 心でも体でも、疲れ果ててたら【健康】じゃねえだろ? ラインはどこで引く? どうやって判別する?」
「あっ」
「神サマから授かったらしいからな、その辺は『神の御業』ってヤツで調整されてるかもしれねえ。けど、一律で『疲れない』にした方が神サマも設定がラクそうじゃないか?」
「え、ええ……?」
「まあわかんねえけどな。神サマの実在も確信できたし、腰を据えて『鑑定魔法』を研究したいんだけどなあ。そうすりゃスキルのことだって」
「アビー?」
「ああ、すまねえ。いまはカークのことだったな」
答えのない考えを振り払うようにアビーが頭を振る。
革紐で一つにまとめられた金髪が揺れる。
「うん。じゃあ行こうか!」
「おう、目指せ山頂、目指せ人里だ!」
手にした鹿角剣で、コウタが山頂を指した。
あと1時間か2時間程度で、黒い森におおわれた山の山頂までたどり着くことだろう。
考えるべきこと、考えたいことは多く、心配ごともまた多い。
コウタとアビーはあえて大声を出して吹っ切った。
山の向こうに何があるのか。
この先にもまだ人里はなく、「死の谷」があるはずだというアビーの推測は正しいのか。
二人は足を進める。
カークのあとを追うように。
【導き手】のスキルを持つ、三本足のカラスに続いて。





