第三章 プロローグ
プロローグのみ視点が変わります
大陸東部のアウストラ帝国よりさらに北。
北東部の半島の根元、コーエン王国に二人の男の姿があった。
早朝、ダンジョンに近い小さな街が活気づいてきた時刻だ。
が、一人の男の顔は暗い。
何度も口を開きかけては閉じる。
ニコニコ微笑む少年に、言いづらいことがあるらしい。
意を決して、男はその言葉を投げかけた。
「ベル。この先の旅に、荷運び人は連れていけない」
「そうなの?」
「ああ。荷運び人を守りながら戦うのは難しくなるんだ」
「そっかあ。あれ、でも荷物はどうするの?」
「この前、ヨークケイプダンジョンで古代文明の遺産で念願の『アイテムボックス』を見つけただろ? あれに入れていくよ」
「そうだったね! じゃあ荷運び人の僕の役目は終わり?」
「ああ、その、言いづらいんだけど、この先、ベルは荷運び人じゃなくて」
「ううん、仕方ないよ! それじゃサヨナラだね!」
「あっ、待っ」
「じゃあね勇者さま! 旅の成功を祈ってます!」
荷運び人はもう必要ない。
つまり、リストラだ。
もしくはパーティからの追放だ。
けれど、言われた荷運び人は笑顔のまま爽やかに別れの挨拶を述べた。
そのまま歩き去ろうとする。
「あー、うん、そうなるかあ。ベル、せめてアレを持っていってほしい」
「え? いいの?」
「ああ。俺たちからの餞別だ。いままでありがとう、ベル。ベル・ノルゲイ」
「こちらこそありがとう! それじゃあね!」
勇者と荷運び人のベルは短い付き合いではない。
勇者が旅をはじめてからずっと一緒で、かれこれ2年近くなる。
だが、別れはあっさりしていた。
「よいしょっと」
いつも使ってきた背負子を上に載っていた荷物ごと担いで、ベルはスタスタ去っていく。
2年も一緒に旅をしてきて、それなりに勇者と会話してきたのに。サイコパスか。
宿を離れて大通りを進む。
外につながる門の前で、ようやくベルが振り返った。
勇者と、宿から出てきて勇者に寄り添う聖女、女騎士、暗殺者あがりの女盗賊に目を向ける。
「じゃあみんな、元気でね! がんばって!」
ぶんぶんと大きく手を振って、ベルは街を出た。
涙はない。顔が曇ることもない。笑顔は崩れない。明るいタイプのコミュ症か。
「はあ」
ベルを見送った勇者が大きなため息を吐く。
「あっさり行っちゃいましたね」
「ちょっと、ポーターを辞めて戦闘に協力してほしいって頼むんじゃなかったの!?」
「いやあ、あれは無理だよ。荷運び人の村に生まれて荷運び人になるために育てられてきたベルに、荷運び人以外のことをやれって言えないよ」
「うっ。それはまあそうだけど。あの子、天然が過ぎるし」
「けれど、大きな戦力を失ってしまったのではないでしょうか。あれほどの運搬力です、その気になればパーティごと守る巨大な盾やバリスタ、大型の投石機さえ運ぶことも」
「荷運び人を守りながら戦うのは難しい。だから自分の身は自分で守って、大型兵器でサポートしてほしかったんだけど……」
「仕方あるまい。ベルは荷運び人であることに誇りを持っているのだろう。譲れない想いは誰しもあるものだ」
「そう、そうね。よし! ほら勇者さま、しょげてないで出発の準備をしましょう! 次は魔法使いを捜すんでしょう?」
「うん、そうだね。……アウストラ帝国に行ってみようか。『逸脱賢者』っていう有名な魔法使いがいるそうなんだ。いくつか発想を聞いたけどもしかしたら俺と同じ——」
「彼の地の大聖堂を一度は見てみたいと思っていました。到着したら立ち寄ってもよいでしょうか?」
「アウストラ帝国か。騎士団も精強だと聞いている。あるいはしばらく滞在して鍛えてもらうのもいいかもしれないな」
「はは、俺の剣技はまだまだだからね」
仲間と話して気持ちを切り替えたのか、勇者がうっすらと笑みを浮かべる。
美女美少女たちを従えた勇者に、街ゆく男が「爆発しろ」「もげろ」と言わんばかりの目を向ける。
勇者とその仲間たちは、街の外でひょこひょこ揺れる大岩を、ぼんやりと見送った。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「荷運び人さんはこのあとどこに向かわれるのですか?」
「西の方に行こうと思ってます!」
「西……ですが大きな街はここで最後ですが……」
「えっと、お爺ちゃんのお爺ちゃんみたいに、村を作ろうと思って!」
「は、はあ。なるほど、その運搬量は村づくりに役立つでしょうね」
「はいっ! 街や宿場、道が整備されてる場所だと馬車や荷車がありますから! 僕みたいな荷運び人は、変な場所でこそ役立つんです!」
「い、いやあ、それだけ運べればどこの街や宿場でも頼られると思いますが……」
「街までの道案内ありがとうございました! それじゃあ、さようなら!」
荷運び人が、足元に下ろしていた荷物をひょいっと担ぐ。
会話していた商人が、「やっぱり信じられない」と目を丸くする。
荷運び人が、背負子にくくりつけた大岩ごと歩いていく。
横幅も高さも5メートルほどの、巨大な岩を背負って。
重さにしたら軽く100トンを超えているだろう。
勇者も商人も、目を疑うのは当然だ。背負子どうなってんの。
荷物は、中がくりぬかれた大岩に入っているのだという。
道中は大岩の中の空間で寝泊まりするから野外でも安全なのだとか。
それが運べるならどこでも喜ばれるのに、なんなら荷運び人じゃなくても、という商人の呟きは届かない。
誰しも譲れないものはある。
時にそれは、周囲から理解されなくとも。
「荷運び人を探してるような小さな村とか、開拓地とかないかなあ。厳しい場所こそ喜ばれるぞって父さんも言ってたし!」
巨大で超重量の荷物を背負っても、荷運び人——ベル・ノルゲイの足取りは軽かった。
鼻歌交じりで、大陸北部を西に向かう。
山脈にぶち当たってからは、より人の少ない方へと南下する。
勇者のパーティから追放——もしくは離脱——された少年、童顔で細身の体からは信じられない運搬力の『荷運び人』、ベル・ノルゲイはどこへ向かうのか。
誰と出会って、どんな人生を歩むのか。
知る者はいない。
——いまは、まだ。
次話から主人公視点に戻ります!





