第十話 コウタ、アビーからざっくりと地理を教わる
本日二話目です
コウタとカークが異世界生活をはじめて一週間と一日、アビーを迎えた二日目。
人里を探して探索していた一行は、盆地を囲む山を少し登ったところで足を止めた。
「よし、この辺でいいだろ。このデカい岩は、身を隠すのにちょうどいいしな」
「了解。カークー!」
「カァー、カァー。ガア!」
コウタが叫ぶと、夕焼け空を気持ちよさそうに飛んでいたカークが返事する。
すっと飛んできて、大きな岩の頂上に止まった。
湖から流れ出る川沿い歩いてきたコウタとアビーは、盆地の終わる場所で山に登った。
川の両岸が切り立った崖になっていたため、川沿いを諦めたのだ。
無理すれば行けないこともないだろうが、探索の目的は下流に向かうことではない。
まずは盆地に人がいないか見てみようと、一行は見晴らしのいい場所まで登ったのだ。
カークの飛行は、綺麗な夕日で気持ちが乗ったから、ではない。空から人里を探すためである。たぶん。
「おおっ、いい眺めだ。……けど、湖と精霊樹のあたり以外はずっと森だなあ」
「コータ、コータ。たしかに見通しいいけどよ、森は真っ黒だぞ。いい眺めか?」
「カアッ!」
俺はいい眺めだと思う、とばかりにカークが鳴く。三本足の黒いカラスにとって、黒は忌避する色ではないようだ。
「煙も屋根も見えねえ。『絶黒の森』——盆地に人がいる気配はなし、か。まあ隠れ住んでたりダンジョンがあったらわかんねえけど」
「カァ?」
「え、ダンジョンがあるの?」
「一般的な意味ならあるぞ、ダンジョン。ここはどうだろうなあ、瘴気の濃さを考えたらあってもおかしくねえんだけど」
話しながら、アビーは野営の準備を整える。
魔法で地面を均して、持ってきた布を大岩に引っ掛ける。これも魔法を使っているらしい。
コウタは道中で拾った枯れ木を適当な長さに切る。もらったばかりのツノの先端が活躍している。
カークは5メートルほどの岩の頂上で周囲を見張っていた。手伝おうにもカークは手伝えない。手がないので。
見下ろした盆地はそれほど広くない。
中央近くにある小さな湖から、森を一日歩いただけで東の山までたどり着けるほどだ。
いびつな形ながらおおよそ丸く、直径は20km程度か。
踏破するだけなら難しくないだろう。
もっとも、『絶黒の森』を踏破するには距離ではなく、瘴気とモンスターが問題になるのだが。
木々が本来の色を見せるのは盆地の中央、精霊樹と湖のそばだけだ。
中心から離れるほどに色あせて、途中から黒く変色していく。
コウタとアビー、カークがいる山は、ふもとの地面まで真っ黒だった。
照らす夕日を飲み込むような漆黒だ。
野営の準備を進めるコウタが、ふと手を止めた。
「あれ、精霊樹から離れたら瘴気があって、俺やアビーやカークは問題ないけど、動物はモンスターになるかもしれないって。野営、危ないんじゃ」
「ははっ、任せとけコータ、オレは『逸脱賢者』だぞ? 空間魔法で見つかりにくくしてやるさ」
「カァ!」
「ちなみに、空間魔法で敵の侵入を防ぐ『結界』なんかは」
「…………研究中だ」
コウタの質問に、アビーはふいっと視線を逸らした。
同郷の男同士、似たような発想はあったらしい。
「一日でここまでかあ。この山を越えたら人里があるといいんだけど」
「カァ?」
露骨に話題を変えるコウタ。露骨だが、2年ぶりに人と過ごしていることを考えると気遣いできている方か。カークは、見てこようか? とでも言いたいらしい。気遣いできるカラスである。賢い。
「まあどっちにしろ今回は戻った方がいいだろうな。一泊ならともかく、長期間ならちゃんと準備しねえと」
「そうだね、山越えだし……何が要るだろ。あ、でも帰っても何もないか。やっぱり早いとこ人里を見つけないとなあ」
「だな。けどコータ、この山を越えても街や村があるとは限らねえぞ? この向こうは侵入者を迷わせる『死の谷』だからな」
「カァ?」
「あーそっか、谷が入り組んでてもカークには関係ねえのか。ならオレたちはなんとかなるかもな。頼むぞ【導き手】」
「カアッ!」
「そっか、空を飛べるから。あれ、アビーの空間魔法で転移はできないの? 長距離じゃなくて見える場所になら」
「……研究中だ。やれないことはないと思うんだけどな、ほら、自分で実験するわけにはいかねえだろ?」
アビーは、失敗したら取り返しがつかねえからな、と続ける。
二人が野営の準備を整えている間に、夕日はすっかり傾いた。
斜面を照らす西日さえ届かなくなって、黒い森は暗闇に包まれていく。
「死の谷は大陸の西の端の方だな。この辺に大きな国はないんだけどよ、南北に外れれば小規模な集落や村なんかはあってもおかしくない」
「あれ? 谷の東はどうなの?」
「大陸の中央は、瘴気が立ち込める魔王の領域だ。勇者の旅の目的地だな。ま、そっちは近づかない方がいいだろ、たぶん」
「勇者。魔王。……いるんだ」
「勇者はともかく、魔王はこっちから侵入しなければ襲ってこねえよ。野良モンスターが危ないから『近づかない方がいいだろ』ってだけでな」
「はあ、じゃあ谷の東は行かない方がいいと。ん? じゃあアビーは北か南の方から来たのかな?」
「オレがいた帝国は大陸の北東だな。はっ、我ながらよく跳べたもんだ」
「それは……なかなか、帰れないね」
「カァー」
「気にすんなって! オレはこっちの生活の方が性に合ってるからな! なあに、その気になりゃ『ワープホール』で手紙や物資のやりとりはできるんだ、問題ねえって!」
「そっか……」
身一つでやってきたコウタとカークと違って、アビーには家族がいる。
ただ、アビーが気に病む様子はなかった。
貴族の子女ではなく、「男」として生きていけるいまの方が気楽なようだ。
「ま、まあ、明日帰ったら手紙を送っとくかな! オレは元気で楽しくやってるって!」
心配そうなコウタの視線に負けたのか、アビーは手紙を送る決意を固めたらしい。
ほとぼりが冷めるまで連絡を取らないはずだったのに。
「大丈夫、表に『ひと目につかない場所で読め』って書いとけば、親父なら気がまわるはずだ。あー、ぜんぶ投げ出して逃げてきたかんなあ、何書きゃいいんだろ」
コウタが準備した枯れ木に火をつけたあと、アビーは手頃な岩に腰掛けた。
ガリガリ頭をかきながら、貴族の子女らしからぬ口調で悩む。中身が男なアビーにとって、こっちが素である。
コウタはただ、「両親に手紙を出す」と決めたアビーをニコニコ見守っていた。
カークは大岩から降りて、ひょいっと小首を傾げてアビーの百面相を覗き込んでいた。アビーの独り言を聞いていた。【言語理解】の無駄遣いである。
ともあれ。
二人と一羽の初探索は終わった。
精霊樹と小さな湖で暮らしていく、村を作ると決めたものの、すんなりとはいかない。
なにしろ近くに人里はなく、必要な物さえ簡単には手に入らないのだ。
精霊樹のもとに帰って、二人と一羽は長期探索の準備を進めていくのだった。
コウタの服の臭いが水洗いではどうしようもなくなる前に、人里が見つかることを祈るばかりである。
お昼の総合日間ランキング6位!?
感謝の更新、本日二回目です!
明日はね、さすがにランキングも落ち着いて
更新は一話のみにするんじゃないかなあと思っております。
いやほんとに。書き溜めないんで。
ちなみに、次話は今章エピローグの予定です。
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