第七話 コウタ、アビーが転移魔法を使った理由を知る
「これで準備はOKっと」
「うわ、すごい。なんか魔法っぽい」
「カァー」
一人と一羽が異世界生活をはじめてから一週間。
一方通行の転移魔法で現れたアビーは、荷物を持っていなかった。
アビーの持ち物は着ていた服とローブ、それにいくつかのアクセサリーだけだ。
アビーはさきほど谷間、もとい、首元から取り出したネックレスをかざす。
魔力をこめると中央の宝玉、続けて宝玉を取り巻く円環が輝き出す。
光は小さな湖のほとり、精霊樹の下、空中に幾何学模様の魔法陣を描いた。
地面から1メートルほど離れて、何もない宙空に。
コウタはファンタジックな光景に感嘆を漏らす。
カークは、おいおい、いい歳して、などと呆れ声を出すも、黒く丸いカラスの瞳は興味津々だ。
「見てろよコータ、カーク。これが逸失してた空間魔法の一種だ。『ワープホール』!」
空中の魔法陣がいっそう輝きを増す。
と、光る円の中からドサっと何かが落ちてきた。
「よしよし、こんだけ離れててもイケるもんだな」
魔法陣が光を失って消える。
ニマニマと笑顔を浮かべて、アビーが落ちてきた何かに手を伸ばす。
リュックである。
リュックと、上部にくくりつけた丸めたテントらしきもの、それにズタ袋が二つと杖が一本。
「ワープ!? 荷物をワープで取り寄せってこと!? あ、それとも空間魔法なんだし『アイテムボックス』ってヤツかな?」
「カァ、カアカア、カアッ!」
「ははっ、『ワープホール』って名付けたけど、ワープじゃねえんだ。『アイテムボックス』を目指したんだけどな、そこまで便利でもなくて」
がさごそと荷物を確かめるアビーは自慢げだ。
コウタなら話が通じることが嬉しいのだろう。
この世界の研究者と話すには、イメージや理論からはじめなければ通じないので。
「事前に仕込んでおいた魔法陣の上にあるものを、いま出した魔法陣の下に落とす。置いてあるだけだからな、時間も経つし準備も必要なんだ」
「でもすごいよアビー、離れたところの物を持ってこれるって! もしかしてこれ、人もワープできるとか!?」
「研究はしてんだけどな、いまんとこ無理だ。体内の魔石や魔力が干渉して失敗してんじゃねえかって予想してたんだけど、神が実在するならそっちかもしれねえな」
「はあ、うまくいかないものなんだね。あ、これがあるから手ぶらだったの?」
「んー、片道転移を発動したのは皇宮のパーティ会場だからな、荷物は持ち込めなかったんだ」
「こ、皇宮? パーティ?」
「カァー」
「ああ。オレはいちおういいとこのお嬢様ってヤツでさ、研究者でもたまにパーティに出なきゃいけなかったんだ。それぐらいならいいんだけどよ」
「いいんだ。俺は無理そうだなあ」
「18歳にもなるとなあ、こっちじゃみんな結婚してるのが当たり前でさ。オレも逃れられなくなってきてな」
「結婚が早いんだね。日本なら18歳で結婚は珍しくて、むしろ28歳で独身でも普通だったのに」
「カァ?」
「アビーは結婚したくなかったってこと?……あ」
「そうだコータ。オレは体は女だけど、心は男だ。そんで恋愛対象は女だ。けど、結婚相手は男だ」
「それは……しんどいね……」
「女性の愛人を認めようって申し出てきたヤツもいたんだけどなー。けどほら、旦那様? ともしなきゃいけないわけで」
「カアー」
べっと舌を出して拒否感を示すアビー。
人間は大変そうだな、とカークは呑気だ。
コウタは眉をひそめて俺なら無理だなあ、などと考え込んでいる。
ワープホールで離れた場所から荷物を持ってきたことよりも、アビーの話の方が興味があるらしい。
アビーが初めて帝立魔法研究所で「ワープホール」を披露した時は、上へ下への大騒ぎだったのに。
「男と結婚するか。結婚が嫌なら、勇者のハーレムパーティに参加するか、どっちか選べってことになってなあ」
「え、勇者? いるの? ハーレム? 何と戦って」
「カァ!」
「まあその話はあとでな。そんで、どっちも選べねえオレは逃げることにしたわけだ。けど普通に逃げたら親父や兄貴たちに迷惑がかかる」
「はあ、そういうものなんだ」
「だからオレは、皇宮のパーティ中にとつぜん消えてやったのよ! 古の魔法で守られて魔法が使えないはずの皇宮から、衆人環視の中でな!」
「ええっ、それ騒ぎになるんじゃ」
「なるだろうなあ。『まだ知られてない古代文明の守りか罠が発動したのでは』とか言って! ははっ!」
「それ大丈夫なの? 家族も心配してるんじゃ」
「なあに、ほとぼりが冷めた頃に、実家に手紙でも送っとくさ。さっきの『ワープホール』な、仕込んでおいた場所ならこっちから物を送ることもできるんだ」
「そっか、なら安心だね」
「カァカア!」
呑気かよコウタ、とばかりにカークが羽をばさばさする。カラスのボディランゲージは通じない。
「あとは親父と、優秀な兄貴たちがなんとかしてくれるだろ。いろいろ持ってこれなかったけど、まあ仕方ないってことで。落ち着いたらいろいろ生活用品を準備してもらうかなー」
「あ、うん、助かります」
「姉妹がいなかったのが幸いだな。姉貴か妹がいたら、オレの代わりにって話になったかもしれねえし」
話をしながらも、アビーの手は止まらない。
さっと魔法を発動して地面を均す。
リュックからテントを外して、手慣れた様子で組み立てる。
コウタとカークの寝床、精霊樹の根元からやや離れた場所にテントが張られた。
「ま、しばらく生活に困らない程度の物は持ってきてるけどな。人里が近くにない可能性も考えて、保存食やたいていの場所で育つ『芋』なんかも持ってきたし」
「カァ?」
「ああ、明日コータとカークに振る舞ってやろう。まあガサツなオレの簡単料理だけどな!」
焼き締めたパンや芋、調味料が入った小さなツボをズタ袋から取り出して、アビーがニカッと笑う。
ガサツな、と言いながら細く滑らかな金髪は輝いて、肌にはシミひとつない。
が、コウタがギャップにやられる様子はない。
コウタ、アビーを「男」として考えることにしたようだ。
もっとも、胸元や足を露出されるとついつい目がいきそうになっていたが。哀しき男のサガである。
ともあれ、野営の準備は整った。
今日はコウタとカークが精霊樹のウロで、アビーは野外のテントで就寝することになりそうだ。
ちなみに、アビーは野外トイレ用の魔道具も持ち込んだ。目隠し用の布も。
アビーの登場で、コウタの生活環境も改善されたようだ。少しだけ。