第五話 コウタ、一時帰郷したエヴァンを歓迎する
コウタとカークがこの世界で目覚めてから14ヶ月目。
地下の広間から通じる階段を上っていくコウタ。
目をこらして突き当たりの木戸を押し上げると、まばゆい光が差し込んでくる。
「おおー。あらためて見ると広いね」
真っ先に地下から出たコウタが周囲を見渡す。
建物の隙間からは、精霊樹や小さな湖が見えた。
さっきまでいたのは、死の谷と絶黒の森の間の地下とは違う。
新たな地下空間と地上の建物は、クレイドル村の中心地近くに位置していた。
「カアッ!」
コウタに続けて外に出てきたカークは、バッサバッサとご機嫌に飛んで、天井近くの梁からコウタたちを見下ろす。
「巨人族も使うわけだからな、やっぱ広くてデカいスペースじゃねえと!」
地下同様、建築に手を貸したアビーが堂々と胸を張る。
コウタがいるのは、太い柱がいくつも並ぶ建物の中だ。
天井は高く、ディダやほかの巨人族が立っていても充分だろう。
短期間で作ることを優先したため、まだ壁はなく、床も固められた土のままだ。
地下は横幅20メートル前後の「体育館ほどの広さ」だったが、地上の建物は、高さも含めて「体育館ほどの広さ」だった。
コウタ、アビー、ディダにベル、クルト、エルダードワーフの二人が、地下から運んできた荷物を片隅に置いていく。
骨組みプラス屋根の建物も、荷物があるだけでそれっぽく見える。
「ここが『交易所』になるんだね……」
「壁もねえし、まだ完成じゃねえけどな! でも雨も風も、虫も動物も心配すんな、オレが『魔力障壁』で防いでやるから!」
「いつもありがとう、アビー」
壁もない。
住人やドワーフ、クルト以外に訪れる人もいない。
けれど。
クレイドル村運営会議で、コウタが提案して作ることが決まった「交易所」。
そのガワだけは、早々に完成したようだ。
まずは雨風がしのげて、荷を置ける「場所」として。
「おいベル、おっさんを走らせるんじゃねえ」
「すみません、エヴァンさん! なんだか荷運びの仕事がある気がして!」
「あっ、エヴァンさん。もう帰ってきたんですね!」
「ああ、いったんな。ハドリーさんはまた商隊組むって言ってっから、またすぐ出ることになると思うけどよ」
「そうですか。けど……ひとまず、おかえりなさい!」
「くくっ。……帰る場所があって、迎えてくれる人がいるってのもいいモンだな。ただいま帰ったぜ、土産は食えねえ物ばっかだけどな!」
一ヶ月に及ぶ大規模商隊護衛の旅から帰還した先代剣聖エヴァンは、ニヤッと笑って、肩に担いだズダ袋をぽん、と叩いた。
「いい時間だし、今日の作業はここまでにしようか。エヴァンさん、いろいろ話させてください」
「おう! まぁ、こっちは変わったことはねェけどな。村は……」
出発前は何もなかったのに、帰ってきたらできていた「体育館並み」の建物を見て、エヴァンは苦笑した。
魔法がある世界であっても、これだけすぐ建物が建つのは珍しいことらしい。
土魔法で簡易に作るならともかく、交易所は絶黒の森で伐採した木々が基本になっているので。
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「——って感じだ。大陸北部や東部は不作にはならねえみたいで、ウチから出す食料と何度か大規模商隊を出せば凌げるんじゃねえかって」
「帝国——親父たちは無事っぽいな。んじゃオレからも、親父たちに西部に食料をまわしてもらうよう手紙を出しとくわ」
「西部にいるのは秘密なんじゃねえのか? 親はともかく、パークス商会にもバレるだろ。それに、この村の存在だって」
「あーうん。ほらコータ、出番だぞ」
住人が増えても、ドワーフや商人、出入りする人が増えても、クレイドル村の広場は変わらない。
精霊樹と小さな湖が見える場所で、切り株のイスに腰掛けたり、布を敷いて座ったりと、みなが思い思いにくつろいでいる。
帰還したエヴァンとベルを囲んだ夕飯は、エヴァンの報告を聞きながらのものとなった。
パークス商会、それにコウタの食料増産の決断により、大陸西部を襲った「不作」は30年前の大飢饉ほどには被害を出さずにすみそうだ。
パークスからの手紙には「このペースで行けば餓死者を出さずに乗り切れるかもしれない」との言葉もあった。
もちろん、社会的弱者には領主の援助があったうえでのことだが。
「カァー」
アビーに促されてもまごまごしていたコウタだったが、肩のカークに励まされてようやく口を開く。
「エヴァンさん……ベルもだけど」
伏していた視線を上げる。
コウタはこの世界で初めて街に行くことを決めた。
不作の情報を知って、交易することを決めた。
つまり、人と関わっていくことを決めた。
そして。
「外に出た時に……困ってる人がいたら、この村の存在を教えてほしいんだ」
コウタは、大きな決断をした。
「どこにも行き場所のない人を、この村で受け入れたいと思ってる」
性自認に苦しみ、貴族としての婚姻を回避した『逸脱賢者』アビーも。
勇者パーティから追放された『荷運び人』ベルも。
一人前になるために自ら旅立った『里で一番小さな巨人族』ディダも。
腕を失って、衰えていく剣に諦観を抱いた『先代剣聖』エヴァンも。
みんな、結果としてこの場所にたどり着いた。
決してコウタが積極的に動いて、移住してもらったわけではない。
古代魔法文明の生き残りアンデッド・クルトは別として。いちおうクルトの住まいはダンジョンだし。
「見た目がどんなでも、『知性ある者に襲いかからない』とか、そういうルールを決めて、それが守れる人なら」
クルトも、ドリアードやアラクネ、希望の鹿もモンスターであり、本来は討伐対象だ。
けれど、クレイドル村では共存している。
「だから、情報を広めてほしい。街や、商隊で行った先で」
「ほんとにいいんだな、コウタさん。この村の存在をバラして」
「うん。俺は、ここに来て【健康】になった。救われた。だから、救うとかだいそれたことは言えないけど、困ってる誰かを受け入れたいって考えてる」
エヴァンに確認されても、コウタの決意は変わらない。
「オレも救われたクチだしな、賛成だ。ここを知っちまったら、もう帝国に戻ろうって気もおきねえしなあ」
「人が増えるっていうことは、運ぶ荷物が増えますね! 僕、がんばります!」
「我は住人ではないが……人が増えれば、我が研究の糧になろう。コウタ殿やアビー殿の発想、エヴァン殿の実践のように」
「みんながおらを認めてくれて……おら、うれしかっただ。だから、おらもいいと思うだ!」
「ま、言ってる俺もコウタさんたちに希望をもらったしな。賛成なんだけどよ!」
「カアッ、カアーッ!」
「みんな、ありがとう……」
頭を下げるコウタの肩の上で、カークが勇ましく鳴いて翼を広げる。
案内と見極めは任せておけ、とばかりに。
エヴァン以外には「クレイドル村運営会議」で賛成をもらっていたが、それでも思うところがあったのだろう。
下を向いたコウタは、ぐずぐずと鼻を鳴らして涙を落としている。
「ほらほらコータ、この村の新たな門出なんだ、ぱーっとお祝いしようぜ!」
「よし、んじゃ試作の酒を開けるか!」
「エヴァン殿、ならばエルダードワーフの二人にも声をかけた方がよかろう。我が配下に地下鉄道馬車を走らせよう」
「じゃあ僕、酒樽を運んできますね! エヴァンさん、どれを持ってくればいいか教えてください!」
「魔鯨の干物がいい感じになってるだ。最高の酒のアテになるだよ!」
感極まって涙する村長をよそに、村人たちはめいめい動き出す。
クレイドル村では村長の権力は弱——いわけではなく、村人はみな独立独歩なのだ。たぶん。
コウタとカークがこの世界にやってきてから14ヶ月目。
コウタの決意は村人に受け入れられた。
歓迎されて、宴会となった。
にぎやかな広場の上空で。
精霊樹も、ざわざわと枝を慣らしていた。
『神の宿り木』もまた、コウタの決意を歓迎するかのように。