第三話 コウタ、いつの間にかできていた地下空間を訪れる
コウタとカークがこの世界で目覚めてから13ヶ月が経った。
大陸西部に広がる「飢饉の兆し」に備えるため、コウタたちは食料の増産に励んでいる。
自分たちは何もせずとも生きていけるが、苦しむ人を一人でも減らすために。
「えっと……いつの間にこんな地下空間なんて作ったの?」
「ああ、転移陣を仕込むって話が出たからな、ガランドにこっちを優先させてもらったんだ」
「へえー」
「カア、カアッ!」
絶黒の森と死の谷の間には山がある。
よくわからないまま案内されたコウタが岩の隙間に潜り込んでしばらく階段を下ると、そこには10メートルほどの空間が広がっていた。
ダンジョン苔のほのかな明かりに照らされて、周囲は薄暗い。
優先させりゃすぐできるっておかしいだろ!?と言わんばかりのカークのツッコミは届かない。
「儂らは地と生きて地と暮らし、死して地になる」
「へ、へえー?」
「ゆえに、地に場を造るのも慣れたものだ」
「あ、なるほど、それであっという間に。村の近くと違って湖もないしね」
「うむ」
空間の出入り口は、コウタたちが入ってきた一箇所だけではなかった。
ほかに二箇所、ディダも通れそうな大きな入り口が広がり、奥には薄暗い通路が続いている。
コウタがガランドのよくわからない講釈を聞いている間、アビーは広間の中央で魔力を練っていた。
何が気になったのか、カークは入ってきた狭い道を経由してばっさばっさと飛んでいった。
アビーが谷間、もとい、首元から取り出したネックレスを広間の宙空にかざす。
魔力をこめると中央の宝玉、続けて宝玉を取り巻く円環が輝き出す。
光は空中に幾何学模様の魔法陣を描いた。
地面から1メートルほど離れて、何もない宙空に。
「おおー、ひさしぶりに見るなあ」
魔力の光に照らされて、コウタは呑気な声を漏らす。
「うっし、定着しろ! 『ワープホール』!」
空中の魔法陣がいっそう輝きを増す。
魔法陣はすうっと下がっていって、広間の土面に接する。
と、平らに慣らされた土に、魔法陣が刻み込まれた。
「あれ? 物が出てこない?」
「はは、いつものとはちょっと違くてな、これは彼方と此方を結んだんだ」
「前に言ってた『固定型』ってヤツ?」
「ああ。これなら、魔力を流せばオレじゃなくても転移できる。村の倉庫と双方向でやり取りできるだけだけどな!」
「いや充分すごい、すごすぎるよ! さっすが『逸脱賢者』!」
「へへー」
コウタに拍手で褒め称えられて、アビーがぐっと胸をそらす。
静かに見守っていたエルダードワーフのガランドは、近寄ってじっと魔法陣を見つめている。
「これで村からここまでの道を省略できるね!」
コウタが喜んで、アビーと手を取り合った、その時。
「…………え?」
カークに先導されて階段から下りてきた少年が、足を止めた。
この世の終わりかのように、絶望の表情を見せる。
「ぼ、僕、いらないってことですか……?」
「落ち着いてベル! そんなことないから! ベルは大事な仕事をしてくれてて、いや、たとえ仕事しなかったとしてもベルは大事なクレイドル村の住人で!」
「荷物を運ぶのが僕の仕事で、でも村からここまで魔法で運べるって」
「ここまでしか運べねえから。ここからパーストの街まで運ぶのはいままで通りベルにお願いしてえんだ」
「うむ。大岩が通れるよう階段を広げる必要があるか」
「カアッ!」
「ここから街まで……じゃ、じゃあ、荷を運ぶ道のりが半日も減っちゃって……」
「ほ、ほら、その分、浮いた時間で何回も往復してもらいたいからね? ハドリーさん次第だけどパーストの先までお願いするかもしれないし!」
「そうそう! 短縮できるってことは数が増やせるってことだ! よかったなあベル! さすがオレたちの荷運び人、頼りになるなあ!」
「ほんとう、ですか……?」
「もちろん! いつもありがとね、ベル。ベルがいなかったら、ベルが何度も街まで行ってくれなかったら、俺は日常生活も送れなかったよ」
「おう! これからも頼むぜ、荷運び人・ベル! 大陸西部の飢饉をなんとかするにはベルの運びっぷりにかかってるって言ってもいいぐらいだ!」
「僕に…………うん、そうですね! 僕、がんばります! もっともっといろんなところに運んでいきます! 『荷運び人』として!」
コウタとアビーのフォローで、ベルの目に光が戻ってくる。
道のりが短くなって『荷運び人』としてはラクになったはずなのに、ベルには悲しい出来事だったらしい。
「……ベルは村からここまで半日で来れるんだね。俺たちは片道で一泊二日かかるのに」
「鍛えてますから!」
「そういう問題じゃねえと思うけどなあ! いまさらか、あんなデカい大岩を背負いカゴがわりにするぐらいだもんな!」
「カァー」
ふらっといなくなったカークは、地上に戻って、ちょうど街から帰ってきたベルをここまで案内してきたらしい。
ナイスタイミングである。さすが三本足のカラス、人々の【導き手】。まあ、ベルにとっては悪いタイミングだったかもしれないが。
「コウタ氏。儂はここで外そう」
「え? ガランドさん? あ、街に行くってことかな?」
「いや。こちらから国に戻る」
「……は?」
階段ではなく、ディダも通れそうな通路を指差すガランド。
突然現れた地下空間の、どこにつながっているかもわからない通路を示したガランドに、コウタの口がぽかーんと開く。
「行き止まりじゃないの?」
「うむ。北側はすでにマウガルア地下王国につながっている」
「早すぎない!? え、造ったのってこの空間だけじゃなく!?」
「レールの進捗を確かめてこねばな。クルト氏はすでに試運転をはじめていると聞く」
「ほんとは早えな。けどいいのか? 出口を増やしたら存在がバレる可能性が上がるんじゃねえか?」
「大陸西部の飢饉の兆し。街で暮らす者もいる儂らにとって、他人事ではないのだ」
「そっか、たしかに……俺たちに協力できることがあったら言ってね」
ガランドがいつになく雄弁に語る。
エルダードワーフたるガランドとその師匠のグリンドは飲まず食わずでも生きていけるが、ドワーフは食事が必要だ。
同胞に訪れるかもしれない苦境が、地下空間や通路の開通、交易所の建築を急いだ理由らしい。
「感謝する」
一言残して、ガランドは薄明かりの通路の先に去っていった。
大陸西部に訪れた「飢饉の兆し」に対抗するため、コウタは食料の増産を決めた。
あわせて、山脈の向こう、西海岸の他種族と物資をやり取りするための「交易所」の開設に向けて動き出した。
人族、巨人族、ドワーフ、アンデッド。
種族どころか、モンスターとされる存在の垣根を超えて。
コウタと、クレイドル村の住人たちの決断は、この大陸ではじめての試みに——ありえない挑戦になることだろう。