第六話 コウタ、大木と果実の正体っぽいものを教えられる
「カアー、カアー」
「もうすぐ夕暮れかな? ちょっと飛んでくる?」
「カアッ!」
一つ大きく鳴いて、カークが大木の根元から飛び立った。
小さな湖の上空を飛んでいく。
空はまだ青い。青いが、わずかに朱が混ざりはじめている。
「おーおー、そういうところはカラスっぽいんだなあ」
「カラスだからね。あ、カラスじゃないんだっけ? 太陽の化身とか精霊とか」
「ははっ、そりゃ伝承の中の話だ。コータとカークがそう思ってんならカラスでいいだろ」
「はあ」
カークを見送った二人は呑気なものだ。
コウタとカークがこの異世界で目覚めてから一週間。
とつぜん現れた女の子・アビーは実は男で、コウタと同郷で、経緯は違くとも同じ転生者なのだという。
しかも本人の希望で、一人と一羽の生活に合流したいと。
「なあコータ、ご飯はどうしてるんだ? 狩りか? 食えるモンスターを討伐すんのか?」
「いやあ、最初はそう思ったんだけど、動物を捌くのに抵抗があって……いまは、この木の果実と川で獲った魚で過ごしてるよ」
「へえ。なあ、あの果実はオレも食べていいか? 働かざるもの食うべからずってな、魔法でちょいと落として」
「ああ、その必要はないんだ。食べたいなーと思ったら自然と落ちてくるから」
「…………は?」
「話し込んじゃってお昼食べてないし魚も獲りに行ってないからね、今日は少し多めだとありがたいんだけど。あ、ほら」
コウタが頭上を指差す。
カークが帰ってきた、のではない。
まるでコウタの話を聞いていたかのように、タイミングよく大木が実を落とす。
「…………は? え、おっと、マジか、なんでちょうど落ちて」
「ナイスキャッチ、アビー。よっ、ほっ」
コウタとカークが日々お世話になっている果実はビワに似ていた。
楕円形でオレンジに近い黄色で、大きさはコウタの手のひらほどだ。
アビーが二つ、続けてコウタも二つキャッチする。
もう一つ落下するのを見たコウタはどうしたものかと一瞬迷い——
——飛来したカークが、空中でキャッチした。
「おおっ、すごい! おかえりカーク」
「大丈夫、大丈夫だ。知能の高い鳥ならアレぐらいやれるはずだ。そうだ、それよりむしろ木の方だ」
「この木がどうかした? あ、ひょっとしてアビーって人間や動物以外も『鑑定』できる?」
「カァ?」
「おう、そうだ! コータもカークもいい勘してるな! 『鑑定』!」
言って、アビーは両手に果実を持ったままじっと大木を見つめる。
さっきはコウタやカークに手をかざして「鑑定魔法」を使ったが、アクションは必要ないらしい。
しばらく大木を眺めて。
「うげえっ!? マ、マジかよ!?」
「え? どうしたの!? 木を見て驚くってまさかこの実は食べちゃいけないヤツだった!?」
「カアッ!?」
「あーうん、それは問題ねえ。食べて害があるわけじゃねえ。違う問題はあるけども」
「そっか、よかった。俺は【健康】スキル? があるけど、カークはないもんな」
「カァー。カアッ!」
「それでアビー、違う問題って?」
「この果実なあ。いや、この大木もなんだけどよ……あー、コータ、目覚めたら木の根元にいたって……そこか?」
「あ、うん。根っこのところから入ると、俺がギリギリ横になれるぐらいの空間があるんだ」
「そっかそっか、この木の股で目覚めたと。そんで一週間ぐらい? この木の果実ばっかり食べてたと。それも、木から渡される感じで」
遠い目をしながらブツブツ言うアビー。
コウタとカークはよくわからず首を傾げている。角度が揃っている。仲良しか。オス同士だが。そういえば中身だけで言えばオス三人の集まりだ。むさい。外見は男性、鳥、女性だ。むさくない。
「コータ、この木な、たぶん精霊樹の幼木だ。そんで、自ら落としてくれたこの果実はアンブロシアだ。オレの『鑑定』じゃはっきりわからねえけど」
「…………え?」
「アンブロシアは錬金術や製薬の貴重な素材らしいんだけどなあ。これ一つで城が買えるとか」
「…………え? どどどどうしよう、そんな高いもの、俺たちけっこう食べちゃって」
「カアー」
「いいんだって。精霊樹はな、納得しないと果実を落とさねえんだ。無理やりもいだ果実は効能がないらしくってな。意志があるように思えるから『精霊が宿る樹』、精霊樹ってわけだ」
「はあ」
「食べたいって思った時に落ちてきたら、気にせず食べりゃいいって。思ってたのと違うことに使うとなぜか効能がなくなるって話だしな」
「あの、ちなみに効能って?」
「『魔力が高まり、魔力の質は研ぎ澄まされて、身体は健康になる』。コータを『鑑定』した結果に近いかな。神様転生で、体は神の力で創られて、精霊樹の股から生まれ、アンブロシアを食べて生きてきた、かあ」
アビーはずっと遠い目のままだ。
現実逃避するかのように、ぼんやりと大木——精霊樹を見上げている。
アビーの手の中にも果実——アンブロシアが握られている。二つ。
空に広がる枝葉がさわっと音を立てた。
「もうアレだな、カークが太陽の化身か精霊なら、コータは神の化身か神そのものだな。これからよろしくお願いしますコウタさん、いや、コウタさま」
「ガアッ!」
「落ち着かないですやめてください、いままで通りコウタで」
「ははっ、わかったよ。それにしても……はあ。精霊樹があるから、オレはここに跳んでこられたんだなあ」
「え?」
「片道転移の条件にな、魔力が豊富で質がいいところって入れてたんだ。そうすりゃ瘴気に満ちたキツい場所には転移しないだろうって。ま、狙い通りだな。精霊樹とコータの存在は期待以上だし!」
「ガアガァッ!」
「おっと、カークもな!」
羽をバタつかせて抗議するカークに笑顔で応じるアビー。わずか一日で仲良くなったらしい。
まあ、2年ぶりに女性と顔を合わせて、人と長く話すのもひさしぶりなコウタと馴染んでいるのだ。カラスと仲良くなるぐらい朝飯前だろう。夕飯前だが。
「よかった、俺のせいかもって心配してたんだ。使えない魔法が変なふうに作用したんじゃないかって」
「ははっ、それはねえよ、安心しなコータ」
ともかく、二人と一羽は果実だけの夕食を終えた。
稀少性を知るアビーは食べることをためらったが、一口食べてからは早かった。美味しかったらしい。
やがて陽が傾いて、茜色の空にカークが黒い点を落とす。食後の運動だ。
「アビー、外で寝るって言ってたけど、俺が手伝えることある?」
「ありがとなコータ。けど、必要ねえよ」
いいところのお嬢様らしからぬ笑顔を見せるアビー。
ローブの襟元に手を突っ込んで、中にしまっていたネックレスを外に晒す。
コウタは早めに視線をそらしていた。紳士である。胸派ではないのか。
「さーて、オレがコータとカークの役に立つってところを見せますかね!」
大きな宝玉を中心に、複雑な円陣で飾られたネックレスを手に、アビーが言う。
一人と一羽が異世界生活をはじめてから一週間、アビーと出会った初日。
ようやく、アビー——逸脱賢者——の実力の一端を見せる機会が来たようだ。