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第一話 コウタ、村の運営会議で新たな取り組みを提案する


 コウタとカークがこの世界で目覚めてから一年が過ぎた。

 元の世界での生活を含めて、数年ぶりに人の多い「街」から帰ってきたコウタは、住人たちとクレイドル村の広場に集まっている。


「それでは、第三回クレイドル村運営会議をはじめます」


「カアッ!」


「おう! やることがあるんだ、いろいろ決めておかねえとな!」


「ベルさんとエヴァンさんはいねえだども……」


「そうしたことを共有する意味でも、いい機会であろう」


 精霊樹と湖近くの広場に集まった住人は、いつもより少ない。

 村長のコウタ、三本足のカラス・カーク、『逸脱賢者』のアビー、小さな巨人族(ギガント)のディダ、古代魔法文明の生き残りアンデッド・クルト、それにエルダードワーフのガランド。

 五人と一羽だけだ。


「じゃあそこからかな。ベルはいつも通り街との往復だけど、しばらく繰り返すことになると思う」


「村で収穫したものを運ぶんだーって、めちゃくちゃ張り切ってたもんなあ。ハドリーさんを送ったあとはペースアップするんじゃねえか?」


 コウタがはじめてこの世界の街に行って。

 素材の売却や日用品の購入でいつもお世話になっている商人・ハドリーとはじめて顔を合わせた。

 そこで知った「飢饉の兆し」に対抗するために、コウタは食料の増産を決めた。

 クレイドル村で収穫した作物を街まで運ぶのは、荷運び人(ポーター)ベルの役目である。


「ベルはちょくちょく戻ってくるけど……エヴァンは、しばらく帰ってこないと思う」


「キャラバンの護衛、ついでに故郷に顔出すって言ってたしな。早くて一ヶ月ってとこだろうなあ」


「試作品の『ゆーざーてすと』の結果が楽しみである」


 ベル同様に、『先代剣聖』のエヴァンもここにいない。

 商人・ハドリーが企画した、大陸北部・北西部に食料を仕入れに行く大規模商隊の護衛として旅立っていった。

 護衛はもともと別にいるため、「商隊に同行しつつ、ときに離れて食べられるモンスターや獣を倒す狩人」役らしい。

 大陸北西部、ダーヴィニア王国出身のエヴァンにとって、「飢饉の兆し」は他人事ではないようだ。

 まあ、クルトとアビー、ガランドが造った新型義手の試しが一番の目的かもしれないが。


「それで、コウタ。今日はなんの議題だ? ああ、食料増産に向けて、それぞれの役割分担か!」


「それもあるけど……」


 ぽん、と手を叩くアビーをよそに、コウタは胸の前で手を重ねてもぞもぞしている。

 肩に止まったカークが、コウタを励ますように頬に体をすりつける。

 カークの羽をそっと撫でて、ひとつ頷いたコウタが口を開く。


「この村に、市場(いちば)みたいのを作ったらどうかな、って考えてるんだ」


「市場?」


「うん。ほら、今回、ハドリーさんと巨人族(ギガント)は、おたがい得しかない取引ができたみたいで」


「ああ! ハドリーさん、魔鯨の肉を購入できるなんて、って泣いて喜んでたもんなあ」


「お父もお母も里長も、すっごく喜んでただ。おらたち、人間とはほとんど取引してねえから」


「なるほど。たしかに、人間も巨人族(ギガント)も、この地がなければ、コウタ殿がいなければ、なかった取引であろうな」


「今回の飢饉対策もそうだけど……これからも、たまにでも取引できればおたがい助かるんじゃないかって。俺たちも、街の人も、巨人族(ギガント)も、もちろん巨人族(ギガント)以外でも、山を越えた西側にいる人たちも」


「いままで交流のなかった他種族との取引……常設の市場っていうより『交易所』って感じかねえ」


「そう、それ! そんな感じ!」


「里のみんなは喜ぶと思うだ! 村に来てた獣人の行商人さんも!」


「儂らも参加しよう。街にいるドワーフからだけでは手に入らぬものもある」


 コウタの提案とアビーの補足に、ディダとガランドが飛びつく。


「ほんとにいいの? 里や国に聞きに行かなくて平気? それに、二人とも故郷の場所は人間には秘密なんじゃ」


「この前来たとき、里長は、おらたちでも使える武器や道具、服なんかを欲しがってただ。交換してくれるならもっと魚を獲ってくるって」


「儂らの地下王国の所在は秘密だが……ここで交易できるのなら、秘密は守られよう」


「ワンクッションおけるわけだしな! おおー、いいんじゃねえか、コータ!」


「我も賛成だ。欲しい素材が入手しやすくなるであろうしな」


 種族もバックボーンも違う四人に賛成されて、コウタの目が潤む。

 思いついてはみたものの、自信のない提案だったのだろう。

 いま進めている、飢饉に向けて食糧を増産するという「人のためにできることをする」とはまた違う。


「というか、コータこそいいのか? 交易所を作ったら、いままでより人と接する機会が増えるわけで……」


「ま、まあ大丈夫だと思う。俺は【健康】になったし!」


「カア、カアッ!」


「そうだね、村に……というか、絶黒の森に入れるのは【導き手】のカークが案内した人だけ、だし」


「そのへんはまたルールを考えようぜ!」


「うむ。普通の人間に見つかろうものなら、我は討伐対象であろうしな!」


「胸張って言うな、アンデッド! あー、鹿にドリアードにアラクネもいるもんなあ」


 村に交易所を作る。

 この場にいる全員が賛成したが、それはそれとしてアビーが頭を抱えた。


 クルトや配下のアンデッド、希望の鹿(ホープネス・ディア)、幼女の姿をしたドリアード、下半身が蜘蛛のアラクネ。

 クレイドル村とその周辺には、何も知らなければ「人に害をなす」として、発見され次第襲い掛かられるような存在も多い。

 そもそも作物がイビルプラントだ。


「……これ、大丈夫か?」


「よーし、じゃあさっそく交易所を作ろうか! あ、でも俺、畑で麦や芋を促成栽培するんだった」


「おらに任せてくれ、コウタさん! 人手が足りなければ里に手紙を書いて、誰か手伝ってもらうだ!」


「おおー、そっか。ディダが里とやり取りしてくれるおかげで、そういうこともできるんだ!」


「単純労働ならばアンデッドを喚び出そう。精霊樹の至近では役に立たぬやもしれぬが……」


「儂も、国で暇な者を見つくろう。なに、地下鉄道馬車計画に遅れは取らせぬとも」


 思案顔のアビーをよそに、コウタが、ディダが、クルトが、ガランドが盛り上がる。

 テンションこそ違えど、動き出した計画に興奮しているのは変わらない。


「…………これ、本当に大丈夫か?」


 止める者は誰もいない。

 もしここにベルとエヴァンがいたところで、二人も止めないだろう。

 ベルは「じゃあ僕、資材を運びますね!」とでも言い出して、エヴァンは「酒が手に入りやすくなるな!」と喜びそうだ。


「……ま、問題起こったらそん時に考えりゃいいか! よーし、オレに任せとけ! 設計……はドワーフがやるか。魔法で基礎……はそもそもクルトに教わったんだった。あれ? オレ使えない子? 『逸脱賢者』なのに?」



 コウタとカークがこの世界にやってきてから一年が過ぎた。

 精霊樹と小さな湖のほとり、コウタが静かに暮らしてきた「クレイドル村」は、新たな第一歩を踏み出すことにしたようだ。

 摩耗した精神も癒えて、心身ともに【健康】となったのかもしれない、コウタの決断で。




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[一言] ああ、遂に最終章か……
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