第十三章 エピローグ
コウタたちが暮らす大陸は、東側が栄えている。
西側には細々と人が暮らすのみで、なかでも死の谷を越えた『絶黒の森』には人などいない、と考えられていた。
人類の進出を阻むかのように瘴気が渦巻き、強力なモンスターがはびこる場所で、人が暮らせるわけはないだろうと。
「じゃあ、今回はこんな感じで。今後も取引してくれるとうれしいです」
「もちろんです! こちらからよろしくお願いします! なにとぞ! なにとぞ継続的な取引を!」
だが、いま。
絶黒の森で、一人の商人がその地の住人に向けて深く頭を下げている。
「食料以外に必要なものはなんでも用意します! お金も物資も、なんでしたら労働力も、奴隷という手も——」
「あー、奴隷とかそういうのはちょっと……」
「もちろん合法の奴隷ですが……では、奴隷ではなく、労働力として『口減らし』にあった人はどうでしょう? 不作ですから、たがいに生き残るためにそうした手段を取る人々もいるのです」
「き、厳しいんですね。どうしよう……」
「コータ、いまはそれを考えるんじゃなくて、余裕で賄える量の食料を作ることを考えた方がいいんじゃねえか?」
「そっか、そうだよね。そんな感じでいいですか?」
「これは失礼しました! はい、もちろんですとも!」
コウタの精神的な抵抗を感じ取ったのだろう。
商人はすぐに前言を撤回する。
「コウタさん、ハドリーさん、準備おっけーです!」
「ありがとう、ベル。とんぼ帰りになっちゃうけど、よろしくね」
「任せてください! こんなに頼られるなんて、荷運び人冥利に尽きます!」
カラス麦、芋、道中に倒したモンスター素材、巨人族が持ってきた魔鯨の肉。
クレイドル村から持っていく荷をぱんぱんに詰めた10メートル超の大岩を、ベルがひょいっと担ぐ。
「物納での支払いや後払いも許可していただいて……なんとお礼を言ったらいいか」
「ほんと気にしないでください。そりゃいろいろ欲しいですけど、いますぐ必要なものはないんで」
「それに、護衛までつけていただいて」
「俺ァ大陸北部の出だからな。不作とあっちゃ他人事じゃねえよ」
「気をつけてね、エヴァン」
「なぁに、試し斬りのいい機会だ。ついでに食えそうなモンスターも狩りまくってやるぜ!」
商人と、大岩を担いだベルの横に隻腕のエヴァンが並ぶ。
もっとも、その腕には古代魔法文明の生き残りアンデッド・クルトと、逸脱賢者のアビー、エルダードワーフ合作の義手がつけられている。
肩に担いだズダ袋の中には、別の設計思想で作られた義手もいくつか入っている。
「本当にありがとうございます……今後ともよろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
にこやかなコウタと握手して。
荷運び人のベルと、護衛のエヴァンとともに、商人はクレイドル村をあとにした。
絶黒の森を越えて、死の谷を越えて。
パークス商会会頭、ハドリー・パークスは、大陸西部、『最果ての街』パーストの街に帰っていった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「これは……」
「先日、とある場所に行きまして。入手した食料でございます」
「うむ……不作の兆しが見えるなか、ハドリー会頭はこの量を献上するというのか……」
「はい。どうか、良きようにお使いください」
「収穫時期はまだ迎えておらぬ。しかも近隣の農村に不作の兆しが見えるなか、どこから、いや待て、最近パークス商会は出所不明の鏖殺熊の素材を入手して、まさか」
大陸西部、最果ての街『パースト』の領主の館。
その一室で、ハドリーは領主と会談に望んでいた。
クレイドル村から入手してきた食料を、ハドリーは領主に献上するという。
不作の兆しが見えて、売れば利益が見込めるのに、あえての無料で引き渡す。
領主の真っ当さを信用してのことではあるが、ハドリーの狙いはそれだけではない。
「どことは言えません。ただ、継続して食料の生産が可能です。この目でしかと確かめました」
「なんと……」
「ですからどうか、寛大かつ賢明な判断をお願いしたく」
「うむ。そも、我の予想がもし正しかったとしても、そこは領外。それどころか我が国の国境の外である。我が口出しできることではあるまい」
「ありがとうございます」
「以後は献上せず、取引に励め。願わくば、街だけではなく農村も頼みたい。村落の購入資金が足らぬというなら、我が村長に貸し付けることも検討しよう」
パーストの街の領主は、ずいぶん真っ当なタイプの貴族であるらしい。
まあ、国の中枢部からは半ば見放された地なのだ、そうでなければ民の叛逆がおこってもおかしくないので。
「そも、領有権を主張したところでたどり着けまい。触らぬだけで取引できるのであれば、触らぬが吉と決まっていよう。上にもうまく言っておく」
「取引先も喜ぶことでしょう」
「うむ。…………ハドリー会頭に感謝を。先方にも感謝と、そして、いつかこの恩をお返しする、と伝えてほしい」
「……ありがとうございます」
二人は深々と頭を下げ合った。
領主は、不作に対する打ち手が増えて。
ハドリーは、狙い通り「クレイドル村への不可侵」の言質を取れて。
コウタの預かり知らないところで、無用な争いの種は摘まれた。
コウタが「ただ不幸な人を減らしたい」、そう願って行動した結果として。
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「30年前の大飢饉は乗り越えられなかった……けれど、これなら」
パークス商会の荷物置き場の前で、ハドリーはガリガリと木の板に書きつける。
過去の大飢饉で、大陸西部は悲惨な状況に陥った。
いくつもの村が壊滅し、都市部にも餓死者が出て、治安は悪化して。
なんとか生き延びた、生まれ育った村のただ一人の生き残りとなったハドリーは、以降、がむしゃらに働いた。
身一つで商会を興して、いまや街一番との評判も聞こえてきても奢らず、真摯に取引して、商売を広げていった。
財を成していった。
「会頭、キャラバン、出発準備できました!」
「よろしく頼みます。エヴァンさんも、本当にありがとうございます。その腕がどれだけ心強いか」
「おう、どこにもない、最先端の腕だからな!」
「いえ、そういうことではなく」
少し前にベルが大岩を下ろした、商会横の荷物置き場。
そこには何台もの馬車が、いや、商会前の道にも馬車が連なっている。
不作の西部を越えて、大陸北西部・北部沿岸まで食料を仕入れに行くキャラバンである。
それも、行きはたいして荷物を作れず赤字覚悟だったはずが、荷台の中には貴重なモンスター素材や魔石が詰まっている。
そして、金属の光沢を見せる義手を意気揚々と掲げるのは、大陸北西部出身の先代剣聖・エヴァンだ。
「くははっ、どれだけ通用すっか楽しみだぜ! 腕が鳴るなァ! まぁ実際、腕を鳴らすんだけどよ!」
本来、「かつての大陸最強」など、雇いたくても雇えるはずがなかった。
報酬が高額になるうえ、住まいが遠く離れていたために。
けれど、なんの因果かここにいる。
「護衛は予定通りの人数、予定通りの冒険者ランクの者をつけています。ですから、どうか」
「おう! 不作は他人事じゃねえからな、行程の邪魔にならない程度には狩って狩って狩りまくってやる! ぜんぶ試さねェと怒られっしな!」
しかもノリノリで。
「ハドリーさん! じゃあ僕は村に帰りますね! すぐまた運んできますから!」
「ありがとうございます、ベルさん。みなさんにもよろしくお伝えください」
「はーい! あーあ、アレも運びたかったなあ」
さらに、大岩を背負ったベルがすたすた離れていく。
また来ることを——その大岩の中に、大量の食料を詰めてまた来ることを約束して。
まあ、ベル本人は、キャラバンの荷を見て名残惜しそうにボヤいていたが。
商隊のリーダーの合図で、ハドリーが企画したキャラバンが出発する。
人が、馬が減って、ぽつんと残されたハドリーは、じっと馬車の列を見送った。
「もう二度と、私のような者を出さない。これは、これならば……いえ、慢心はいけません。コウタさんに頼り切りではいけません」
大陸西部が大飢饉に襲われた30年前。
自分は生きながらえた。
けれど、両親は。
友人は、知人は、隣人は、力もお金もない者たちは。
「農村への行商をこまめに、貸し付けの判断を早めてもらうためには領主様や村長の手紙の配送も請け負って……」
鬼気迫る表情で、ハドリーは今後の計画を書きつけていく。
できることは無数にある。
食料の目処が経った、いまならば。
「神よ……いえ。精霊樹よ。どうか、真面目に、懸命に生きる者たちの努力をお見守りください……」
パーストの街に居を構えるパークス商会の会頭、ハドリー・パークス。
30年ぶりに飢饉に襲われた大陸西部を、遠方への大キャラバンとどこからか入手してきた食料によって救わんとする男。
もう二度と、自分のような者を出さないために。
それだけを願ってがむしゃらに走ってきた男は、ついに報われるのかもしれない。
幸運な出会いを果たして……【導き手】の案内によって。
——いま、ようやく。
ということで今章終了です。
次話から最終章の予定。
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