第八話 コウタ、商人が精霊樹に受け入れられるかどうか見守る
コウタとカークがこの世界で目覚めてから十二ヶ月目。
商人・ハドリーを連れて、コウタはクレイドル村に帰ってきた。
「絶黒の森のなかに……これほど美しい村が……」
途中、「食料が増産可能か」を確かめるため畑に寄って、結果を見たハドリーはひと安心したのだろう。
張り詰めた表情がほどけて、周囲を見渡す余裕さえある。
なお背後は振り返らない。
うしろには帝国の『逸脱賢者』、『古代魔法文明の生き残りアンデッド』に『先代剣聖』と、ハドリーの理解の範疇を超えた存在がいるので。
「へへ。ありがとうございます」
「これを、コウタさんたちが、イチから作ったのですか?」
「そうですね。最初は俺とカークだけで。あとからアビーやベルや、みんなに手伝ってもらって」
コウタが目を細めて周囲を見る。
静かな湖面が広がる湖、大きく枝を広げる精霊樹。
コウタとカークがやってきたその時は、それしかなかった。
それがいまや、いくつかの家にシャワー施設、広場、倉庫といった建物がある。
湖には桟橋が突き出て小舟が浮いている。
畑がある。
住人も建物も少ないが、生きていくのに充分な環境ができた。
説明せずとも、はじめて見るハドリーが「村」と言ってくれるほどの。
「ああ。湖もありましたけど……最初は、コレもありました」
そう言って、コウタが斜め上に目を向ける。
答えるように、精霊樹の葉が風にそよいだ。
「これが……精霊樹……神の宿り木…………」
コウタに釣られて見上げたハドリーが足を止める。
アビーやベル、クルト、エヴァンも、そのうしろからハドリーと精霊樹を見つめる。
なお、カークは畑仕事のあとにばっさばっさとどこかへ飛び立っていってここにはいない。
「ハドリーさん、よかったら精霊樹に挨拶してやってください。その、木に挨拶なんて変なことを、って思われるかもしれませんけど——」
「いえいえ! こちらからお願いしたいぐらいです、ぜひ祈らせてください!」
コウタが声をかけると、ハドリーは荷物をその場に置いて精霊樹の前に進み出た。
地面に膝をつく。
手を組んで首を垂れる。
「神よ……私をこの地に導いていただいたこと、感謝いたします。どうか、一人も死者を出さずに不作を乗り切らんとする、私たちの戦いをお見守りください」
ハドリーが真摯に祈る。
けれど、初めて。
「あ、あれ? いつもならこういうタイミングで……」
精霊樹から、果実も枝も落ちない。
コウタが慌てふためく。
ベルはきょとんとして、アビーとエヴァンは「精霊樹が歓迎できない者か?」と臨戦態勢に入る。
クルトは顎に手を当てて考え込む。いや。絶黒の森の中の、魔力と瘴気を感じ取るべく集中している。
そんな住人たちに囲まれても、ハドリーに焦った様子はない。
なにしろ、神やそれに準じる者から答えがないなど、当たり前のことなので。
祈りを終えたハドリーが目を開けて、眼前の精霊樹を見上げると。
風もないのに、精霊樹の枝葉がざわ、と揺れた。
祈るハドリーの手前から奥へ、波打つように。
まるで視線を誘導するかのように。
ハドリー、つられてコウタたちが精霊樹の向こうに目を向ける。
「カーク? あっちに何か用事があったのかな?」
精霊樹の先、絶黒の森の西側の上空をカークが飛んでいる。
カアー、カアーッ!と大きく鳴きながら、めずらしく慌てた感じで。
「里に行ってたディダが帰ってき……なんだありゃ?」
「えっと……?」
カークからやや遅れた地上を、3メートル超の巨体を揺らしてどすんどすんとディダが走ってくる。
それはいい。
ディダは西の山を越えて、海に面した巨人族の里に顔を出しに行っていた。
西側から帰ってくるのは予想の範疇だ。
コウタとアビーが驚いて、カークが慌てているのは別の理由だった。
「カアッ!」
「あ、うん。案内してくれた、のかな?」
「カァー」
「いや申し訳がらなくていいよ。カークは俺たちについてきてたんだしね。けど、大丈夫?」
「カアカアッ!」
「カークがそう言うなら安心だね」
ひと足先に、文字通り飛んできたカークとコウタが話し合う。話し合う? いまさらである。カラスは言葉を喋れないが、コウタとカークがたがいに持っている【言語理解 LV.ex】のおかげだ。
とにかく、驚いていたのはディダの帰還のせいではない。
「コウタさーん! みんなー! すまねえ、おら止めたんだども! お父もお母も里長も、どうしても挨拶してえって!」
驚きは、そのうしろ。
ドタドタ走るディダの向こう、6〜10メートルの、さまざまな身長の巨人族たちと。
「それはぜんぜんいいんだけど……その、あれは? ずいぶんでっかい……」
「お世話になったコウタさんたちにお土産を持っていくって聞かなくて! ちょうど迷い魔鯨が獲れたからって!」
「そ、そう……食べ切れるかなあ、あれ。そもそも食べられるのかなあ……」
「安心しろコータ。魔鯨は食べられるぞ。まあなかなか倒せないからな、帝国じゃ貴族の食べ物だったけど」
「魔力ゆえか、肉は保存性が高いと聞く。油も多く取れ、皮も髭も使い道は多い。インディジナ魔導国では捨てるところなく活用していたものだ」
「よかった、じゃあ無駄にならないんだね」
「くうっ! あれだけの大きさの物を運ぶなんて! 巨人族には負けてられませんッ!」
「あー、ベル。俺が言うのもなんだけどよ、そりゃいまちーっとズレてるんじゃねえか?」
巨人族が総出で肩に担ぐ荷台に載った、巨大な生物が見えたからだ。
「それによ、コータ。アレが日持ちするってんなら……喉から手が出るほと欲しいヤツがいるだろ?」
「あっ、そっか」
ずんずん、と一定のリズムで近づいてくる巨人族たちを見てもコウタの動揺は少ない。
なんなら初めて街に行った時の方が動揺している、まである。
「ハドリーさん。巨人族の話次第ですけど……あれ、譲ってくれるって言ったら要ります?」
皮や髭といった素材はともかくとして、クレイドル村の住人だけでは持て余しそうな、巨大な魔鯨の肉。
コウタがハドリーに水を向けると、ハドリーは目を丸くして。
「もちろん! もちろんです! お金をかき集めてでも買わせていただきますッ!」
滂沱の涙を垂れ流しながら、コウタに懇願した。
跪いたまま精霊樹、そしてその先の巨人族と魔鯨に向き直る。
地面に身を投げ出す。
「神よ……ッ! 我らは見捨てられていなかったのですね! 魂よりの感謝を!」
五体投地する。
嗚咽混じりの声が精霊樹に、『神の宿り木』に届いたのか。
腹這いになったハドリーの頭に、ポトっとひとつ実が落ちる。
続けてぼとぼとと、いくつも。
「おおー。この数は初めてじゃねえか?」
「カラス麦も芋もですけど、これも活用してくださいね、ハドリーさん」
「カアッ!」
「はいぃ……もぢろんでずゔ…………」
ハドリーは、顔を上げられぬまま泣き崩れていた。
コウタとカークがこの世界にやってきてから十二ヶ月目。
はじめてコウタが自分から案内してきた商人、ハドリー・パークスは、抱えていた難題に光明を見出したようだ。
瘴気渦巻き人を拒むはずの、絶黒の森で。
遅くなりました……
次話は今章エピローグ、その後に最終章です!
【告知1】
作者の別作『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた』、
がうがうモンスターさまにてコミカライズはじまっております!
5月中旬にはコミック一巻も発売予定!
あとがき下からジャンプできますので、
ぜひこちらもよろしくお願いします!
【告知2】
本作『【健康】チートでダメージ無効の俺、辺境を開拓しながらのんびりスローライフする』二巻は、
MFブックスさまより好評発売中!