第六話 コウタ、死の谷を抜けて絶黒の森を案内する
コウタがこの世界にやってきてから十二ヶ月目。
はじめて街を訪れたコウタは、一泊することなくパーストの街を出た。
何度も街を往復しているベルはもちろん、アビーも急な出立に文句はない。あとカークも。カァカア鳴いていたが、何を言っているかわからないので。
コウタと同行するたびの道連れはメンバーが代わっている。
エルダードワーフのガランドは、自分の工房で用事があると街に残った。
クレイドル村に向かう際は、ドワーフの抜け道を通ってマウガルア地下王国経由で戻るという。
工房の引き継ぎ、コウタとアビーのアイデアで作ることになった地下王国とクレイドル村を結ぶ地下通路、地下王国での師匠のサポート。
みっつの用事——やりたいことを考えると、その方がいいと判断したらしい。
決して「街でのんびりしたい」と思ったわけではなく。
代わって同行するのは、パーストの街の商人。
パークス商会の創業者にして会頭、ハドリー・パークスだ。
お供を申し出る商会の専属護衛を断って、一人での同行である。
旅人も兵士も冒険者も呑み込む死の谷、絶黒の森。
その危険性を鑑みて、単独での決死行である。
もっとも。
「コ、コウタさん? 大丈夫なのですか? それはその、無影猛蛇では? 万針覇王樹にもぶつかって……」
「あ、そっち行ったら危ないですよね! ちょっと待ってくださいね、いま片付けちゃいますから」
「ハドリーさん、素材は食べる用に【解体】しますか? うまく干せれば日持ちするはずです!」
「あっ、はい、ありがとうございますベルさん。……いえそうではなく」
「気にすんな、ハドリーさん。コータはアレで怪我はねえし毒にもやられてねえ。まあ、おっさんの身はオレが守ってやるよ」
物陰から襲いかかるモンスターは、授かった【健康LV.ex】でコウタが踏み抜いて。
「カァ、カアーッ!」
「了解、カーク。ハドリーさん、次はこっちです。だよね、ベル?」
「はい! そこを登っていけば、もうすぐ谷を越えられますよ!」
迷路のように幾重にも分かれた断崖の道は、【導き手】のカークが先導して、【悪路走破】を持つベルもフォローして。
「あ、あれ……? 死の谷とは、これほど簡単に抜けられるものなのですか……? そんなはずは……」
「わかる、わかるぞハドリーさん! よっしゃ、貴重な常識枠ゲットだぜ!」
ハドリーの決死の覚悟とは裏腹に、道行きは順調だった。
商会の従業員に「もしもの時は開けるように」と渡した遺書は、役に立つことはなさそうだ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
コウタたちがパーストの街を出て三日目。
一行はついに絶黒の森に戻ってきた。
なかでも死の谷に近いこのエリアは、瘴気が渦巻き、木々でさえも黒く染まるエリアである。
「ここが……絶黒の森」
「あー、ハドリーさん、急に動くなよ? 空間魔法でおっさんのまわりに結界張ってできるだけ瘴気に触れないようにしてっから」
「ありがとうございます、アビーさ……空間魔法!? あの伝説の!? 古代魔法文明の頃に存在したと言われ、遥か東の帝国で数千年ぶりに使い手が現れるまでは単なる妄言だと思われていたあの!?」
「へっへー、それそれ、その反応! オレはそういうのを待ってたぜ! それにしても詳しいなおっさん、さすが一代で成り上がった商人!」
「待ってください! 使い手は一人しか確認されず、いえ、市井にはそう言われてるだけかもしれませんけど、年若いながらすでに生ける伝説で『稀代の魔法使い』、『帝国の魔宝』、常識を次々に覆していく革新的な発想と言動が——」
「いや詳しすぎるな!? それはそれで困る! いいか、おっさんは何も気づいてない。オレはただのアビーで、ここは大陸西部の未開の地で、東部にいるはずの帝国人なんかじゃない。わかるよな?」
うがー、と頭を抱えたアビーがハドリーに詰め寄る。
褒められるのは嬉しいし、いいリアクションを返してくれて楽しいが、身上が知られるとなると話が違う。
アビーが「気付かなかったことにして黙っててくれ、そうすりゃオレも全力で飢饉対策に協力するから」などとハドリーに持ちかけていたその時。
「カァー」
「ただいま。迎えに来てくれたのかな? ありがとね」
先を歩くコウタが立ち止まり、カークが現れた者の背に止まった。
アビーと話し込んでいたハドリーが顔を上げる。
「な、そんな、まさか。『見た者は生を諦めよ、それからは逃げられぬゆえに』と伝えられ、ただ一人しかその存在を確認していない……『絶望の鹿』!?」
そして、すとんと腰を抜かした。
「あ、色が変わったんでいまは『希望の鹿』って呼んでるんです。襲わなければ襲われないので、安心してください」
そう言って、「な?」とばかりに片ツノの鹿の背を撫でるコウタを、ハドリーはこぼれんばかりに目を見開いて眺めていた。
べー、と、半笑いで力なく鳴く希望の鹿に、なんの反応も返せずに。
なお、一緒にやってきたドライアドは、座り込んだハドリーを不思議そうに眺めている。
ドライアドの背後に控えるアラクネにも、ハドリーは特にリアクションを取らなかった。
戦う力のない者には、単なる幼女と女性に見えたらしい。
「そうだ、ヒマなら先に行ってみんなに人を案内してきたって伝えてくれないかな?って喋れないか」
「たしかに、鹿の方が足早いだろうしな。手紙でも結びつけときゃいいんじゃねえか?」
「ナイスアイデア、アビー! じゃあ……」
コウタがささっと走り書きして、羊皮紙をプスっと鹿のツノに刺す。
「みんなによろしくー」
ぽんぽんと鹿の背を叩くと、鹿は一目散にコウタの元を走り去った。
まるで、「この場から逃げるいい口実ができたぜ!」と言わんばかりに。
まあ鹿の即断速攻も虚しく、蔦を伸ばしたドライアドに背に乗られ、スカートの下の足をシャカシャカ動かしたアラクネにすぐさま追いつかれるのだが。不憫な鹿である。絶望をもたらす側なのに。
「カアッ!」
「はは、ごめんごめん。カークに頼んでもよかったんだけど、ほら、カークには先導してもらわないとだからさ」
「カァー」
コウタとカークのそんな呑気な会話は、いまだ立てないハドリーの耳を素通りしていったようだ。
海千山千で耳ざとい商人であっても、この世には理解できないことがあるらしい。
「と、ところでコウタさん。遠くに見えてきたあの樹は……?」
「ああ、精霊樹ですよ。クルトは『神の宿り木』って言ってたっけ」
「精霊樹!? 瘴気を祓うというあの、そうか、であれば瘴気渦巻く絶黒の森で人里を築くことも、しかし道中は、だからこその空間魔法、いや待て、それどころではなく!」
特にこの、絶黒の森の中には。
「コ、コウタさん。あれが精霊樹ということは、まさか、精霊樹の実が成ったりは……そんなはずないですよね、万病に効くとか魔力を回復するとか身の穢れを内から祓うとかいう神の食べ物がそんな、こんな場所にあるわけ——」
「あの実、そんなすごい食べ物なんですね。自然には取れませんけど、願って認めてくれたら? 落ちてきますよ」
「おいコータ、ってまあ言ってもいいのか。ここまで案内するって決めたんだしな」
コウタとカークがこの世界に来てから十二ヶ月目。
街に行ったこと、自ら人を案内してきたこと。
コウタにとってはじめての経験は、コウタ自身とクレイドル村に変化をもたらすことになるだろう。
冒険はなくとも、より安定した異世界生活を送るために。
なお、案内されたハドリーはいまだ立てない。
次話4/20あたりに投稿予定です。
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