第五話 コウタ、村に人を招くことをはじめて自ら決める
コウタとカークがこの世界にやってきてから十二ヶ月目。
はじめての街で、いつもお世話になっている商会を初訪問したコウタは、荷下ろし場で会頭に懇願されていた。
「お願いします、コウタさん! どうか私を村に行かせてください!」
「えっ、ちょっ」
コウタが戸惑っているのはひさしぶりに知らない人と話しているから、ではない。
パークス商会の創業者にして会頭、ハドリー・パークスがコウタの目の前で、ガバッと地面に体を投げ出したのだ。
「あの、ハドリーさん? アビー、これなんなんだろ、どうしたら」
土下座、ではない。
五体投地である。
なお繰り返して前には進まない。
「なんでもします、どんな約束事も守ります、ですからどうか!」
「命を取られても、奴隷にされても文句は言わない、かわりに願いを叶えてほしいってポーズだ。言ったら土下座以上だな。いや以下か? とにかく、滅多に見ねえ」
「え、ええ……?」
「カ、カァー?」
初対面のおじさんの生殺与奪を託されたコウタは驚き戸惑っている。あとカークも。
「ちなみに帝こ……オレの故郷だと、公の場でこれをしたら、された側が殺しても法には問われねえ。受け入れて、願いを叶えることを約束したってみなされるだけだ」
「ぶ、物騒なルールだね。でも死んじゃってたら叶えてくれたかどうかは」
「もし殺したのに叶えなかったら、そいつは社会的に制裁されるな。貴族だって爪弾きだし、平民なら何も売ってもらえねえってレベルで」
アビーが解説してる間も、ハドリーは動かない。
トップの五体投地を目にした商会の従業員も、会頭を立たせるでもなく周囲で静かに見守るだけだ。
コウタに説明するアビーも、荷物を下ろし終えたベルも、コウタに同行して街に戻ってきたエルダードワーフのガランドも何も言わない。
判断は、コウタに任された。
「どう思う、カーク?」
判断は、コウタとカークに任された。
コウタが頼りない、のではない。
コウタは、三本足の烏に聞きたかったのだ。カークは【導き手】のスキルを持つゆえに。
「カァー」
「そうだね。俺も、力になりたいと思う。人が死ぬのはいやだし……飢えは、つらいものだし……いま、俺はなんとかできるかもしれないんだし」
「カァ? カアーッ!」
「はは、うん。俺だけじゃない。クレイドル村には、カークも、みんなもいるからね。だから……」
肩のカラスとブツブツカアカァ話し合い?をして、コウタはアビーとベルに向き直った。
「アビー、ベル。みんな、協力してくれないかな?」
「…………おうっ、任しとけ! ははっ、やっと頼ってくれたなコータ! オレを受け入れてくれた恩、利子つけて返してやる!」
「もちろんです、コウタさん! 食料を増産して街へ持っていく……大事な仕事を任されるなんて、荷運び人冥利に尽きます!」
コウタの投げかけを受けて、アビーはニヤッと笑って胸を張った。
ベルはぐっと拳を握ってやる気に満ちている。
「コウタ殿、我らも協力しよう。街に暮らすドワーフもいるのだ、他人事ではない」
「ありがとうございます、ガランドさん。あ、『我ら』ってことは」
「カアッ!」
「わ、ちょ、カーク、わぷっ」
言いかけたコウタの口をカークがふさぐ。
顔の前でホバリングしてバタバタ邪魔する。
危うくドワーフの秘密の地下王国のことを漏らしかけたコウタを止めるファインプレーである。
「で、では——」
「はい。ハドリーさんを、村に案内します」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「あ、でも変に期待しすぎないでくださいね、まだ増産できるかはわからないんで」
「それでも充分です!」
「ただ……普通の人には危ないかもしれないんですよねえ」
「ではやはりコウタさんが暮らすのは……かまいません! 私の命はいまここで捨てましたから!」
「重っ。そこまでじゃねえよ、おっさん。オレもコータもおっさんを守る。それに」
「カアーッ!」
「うん。俺たちには、【導き手】がいるからね」
任せておけ、とばかりに、コウタの頭の上でカークが翼を広げた。
「ほかのみんな協力してくれるかな」
「ディダは大丈夫だろ。不作、食糧不足は他人事じゃねえからな、余力があるなら協力してくれるはずだ。エヴァンは……モンスター退治と素材収集ぐらいは手伝えるんじゃねえか?」
「食べられるモンスターもいるもんね。あとはクルトかあ……」
「…………クルトは、どうだろうなあ」
さっそく出立の用意をしてきます、と緊張の面持ちで離れていったハドリーをよそに、コウタたちはのんびりしたものだ。
この場にいない村人を指折り数えて想像している。
まあ、どれだけ想像したところで、古代魔法文明の生き残りでアンデッドのクルトがどうするかは答えが出ないのだが。
本人は2000年引きこもってきた食料不要のアンデッドなので。
「コウタさん! 荷造り終わりました!」
「はやっ! いいのかコータ、せっかくの街なのにトンボ帰りで」
「道はわかったし、長居しても落ち着かないしね」
「たしかにこの話を聞いちまったらなあ。
「うん。まあ、落ち着いたらまた来ようと思う」
「そっか、そうだな。そんときはハドリーさんにたーっぷりお礼してもらわないとな!」
「お任せください。もし窮地を脱せたら、その時はパークス商会の総力を挙げて……いえ、パークス商会のすべてを捧げてでもお礼いたします」
「重っ! おっさんのそういうのは要らねえんだけど!?」
「あの、ハドリーさん、そこまでしてくれなくていいので。食料を増産できたら、普通に買い取ってもらえれば、あとはいろんな店の場所を教えてもらえれば」
「わかっております、わかっておりますとも!」
「カァ。カァー」
あ、これ絶対わかってねえな、とばかりにカークが力なく鳴く。
目が笑っていないハドリーに、コウタとアビーは引き気味だ。
ベルは聞こえているはずなのにニコニコしている。
ともあれ。
「じゃあ、準備できたなら行きましょうか。死の谷を越えて、絶黒の森のなか。俺たちのクレイドル村へ!」
「カアッ!」
コウタは、意気揚々とトンボ帰りを宣言して、歩き出した。
「死の谷、絶黒の森……みな、私が戻ってこなかった時は商会を頼みますよ」
覚悟決まりきった表情で、従業員たちに別れを告げた商会の会頭、ハドリー・パークスとともに。
次話4/17の週に投稿予定です。
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