第四話 コウタ、はじめての街で商人と会話する
コウタがこの世界にやってきてから十二ヶ月目。
一年弱を過ごして、ようやくコウタは初めてこの世界の街にやってきた。
だが、ベルが見つけて取引してきたパークス商会で、コウタはいきなり問題に直面した。
「今回は、ほとんど買い取れないのです。売れるものもどれほどあるか……」
商会の会頭、ハドリー・パークスから告げられた「取引停止」である。
「えっ。あの、その、俺なんかやっちゃいましたか?」
「まさかコータからそのセリフを聞くとはなあ。逆の意味だけど」
「カァー」
「いえいえそうではありません! ベルさんにも、村長であるコウタさんにも本当に感謝しているのです! これはこちらの問題でして!」
「よかった……よかった、のかな?」
「落ち着けコータ。会頭さん、『ほぼ』って言ってたな? どれなら買い取ってもらえるんだ?」
おたおたするコウタをアビーがなだめる。
商会の従業員の手伝いもあって、ベルがおろした大岩の前には持ち込んだ荷が並べられていた。
「カラス麦に芋はあるだけ買い取らせてください! それと、生きている蔦に幻惑花の花びらもぜひ」
「魔石や虫系素材、アンデッドのボロ武具は買い取らねえってことか」
「はい。申し訳ありませんが……」
「えっと、これが欲しいもののリストなんですけど、売ってくれるものは……」
ハドリーは申し訳なさそうな顔でぺこぺこと頭を下げる。
コウタたちは定期納品を約束しているわけではないため、そもそも買い取る・買い取らないは都度判断なのだが。
ハドリーとしては、お得意様の期待に応えられないことが心苦しいのだろう。
「日用品の販売は問題ありません。けれど塩や食料は……もしコウタさんたちが食糧不足であれば別なのですが……」
「あ、日用品が買えるなら問題ないです。芋もカラス麦も、食べていく分は足りなかったら増産すればいいんで」
「買い取りは食用できるもの。販売は物品のみ。なあハドリーさん、ひょっとして——」
「増産できるのですか!?」
思わずアビーの言葉を遮って、ハドリーがコウタに迫る。
近づかれた勢いに、人慣れしていないコウタはちょっと後ずさる。
「試してみないとわかりませんけど、あの感じだとたぶん」
「本当ですか!? お願いします、どうか! いくらでも買い取ります、乗り越えたらなんでも勉強させていただきます、どうか増産してください!」
「えっ、えっと……」
「カァー」
「落ち着けハドリーさん、コータは逃げねえよ。…………逃げねえよな?」
ハドリーを引き剥がしたものの自信がなくなったアビーに、コウタがはは、と愛想笑いを返す。
ひさしぶりの街、初めての異世界の街での交渉。
スムーズにいかなかった会頭との取引と謎の勢いは、コウタの心のエネルギーを枯渇させかねない。
アビーは責めているのでも無理に引き止めているのでもなく、コウタに気を遣っての確認だった。
「さすがにね。すみませんハドリーさん、たぶんできるとは思うんですけど、ほんとに増産できるか、どれくらいできるかはわからないんです」
「いえ、取り乱しました。こうして取引させていただけるだけでもありがたいのです」
「なあハドリーさん。理由を聞いてもいいか? 今回の取引も、増産の話も……ひょっとして、この街は食糧不足なのか?」
「……どうか、いまはここだけの話でお願いします。パーストの街を含む大陸西部に、不作の兆しが見えるのです」
「兆し? じゃあ平気かもしれないってことですか?」
「私の予想では、食料は足りなくなるでしょう。大陸北西部、北部までキャラバンを出そうと思っていますし、領主さまも手を打つようですが、どれだけ凌げるか……」
「マジか……あー、なるほど、そのレベルなら、買取を控えるのは現金確保のためか」
深刻な顔をするハドリーとアビーの横で、コウタは真剣な顔で考え込んでいた。
肩に乗ったカークが、おいコータ、とばかりにちょいちょい突ついても気づかないほどに。
やがて、コウタが口を開く。
「どこまでできるかわかりませんけど……芋もカラス麦も、増やしてみます」
「本当ですか!? ありがとうございます、ありがとうございます!」
「いいのかコータ?」
「うん。飢えってほどじゃないけどさ、動けない時に食べ物が尽きたこともあって。俺はなんとか買い出し行けたけど、それさえできなくなるって考えたら……」
「カァー」
「はいっ! じゃあ僕は何往復でもしてたくさん運びますね! 荷運び人として!」
「でもまずは増産できるか試してみないと。一回戻って、試してみて、また街に来てハドリーさんに報告して、戻って本格的に……」
指を折って確認するコウタ。
この世界には魔法はあるが、スマホも電話もメールもない。
いますぐハドリーに約束できない以上、誰が行くにせよ実験結果——増産できるか否か、どれぐらいか——を伝える必要があるだろう。
人死にが出るかもしれないほどの不作で、何人もが対策に動いているからこそ不確実なことは言えない。
ゆえに。
「コウタさん。もしお許しいただけるなら、私も村に行かせてください!」
「え? そうすればその場で伝えられますけど……」
「いいのかハドリーさん? オレたちの村があるのは……薄々感づいてるだろ? 危険、はねえけど、危険とされてる場所だぞ?」
「どうかお願いします!」
「なんでそこまでするんだ? ハドリーさんは貴族でもねえただの商人だ。自分たちの分だけ確保して、余剰分は高値で売って儲けるなり恩に着せるなりするだけでいいだろ?」
「カアッ!」
たしかに! とばかりにカークが高らかに鳴く。黒い瞳はジッとハドリーを見つめている。まるで、案内に値するか、見極めているかのように。
「私が生まれ育った村は、30年前の大飢饉で滅びました。生き残ったのは私だけです」
「え…………?」
「家族も友人も、誰も助からず……たまたま通りかかった冒険者さんが言うには、私は村の外に這い出て草を齧っていたそうですよ」
「そんな……」
「よくある話です。いえ、30年前はそんな場所がいくつもありました。街中でも餓死者が出て、全滅した村は数知れません」
「帝こ……故郷でも記録が残ってたよ。向こうもけっこうなダメージを受けたって」
「唯一残された私は誓ったのです。もう二度と、飢えて死ぬ者を出さないと。自責に苛まされる者を出さないと」
コウタとカークを見つめ返す商人の眼差しは強かった。
コウタが思わず息を呑むほどに。
コウタとカークがこの世界にやってきてから十二ヶ月目。
コウタは、初めて「結果」ではなく、自らの意志で村に訪れたい、と望む人に出会うのだった。
中途半端ですが長くなりそうなので……
次話は早めに投稿予定です。
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