第一話 コウタ、村の運営会議で決意を告げる
コウタとカークがこの世界で目覚めてから十一ヶ月。
コウタたちは、精霊樹のふもとに集まっていた。
「それでは、第二回クレイドル村運営会議をはじめます」
「……なんだろ、なんかひさしぶりな気がするな!」
「やだなあアビーさん、前にやってからまだ一ヶ月も経ってませんよ?」
「カアッ!」
「カーク殿。申し訳ないのだが、鳴いたところでカーク殿の言葉はわからぬのだ」
「クルトさんもだか? おらもだ……なんだか、アビーさんの言葉に頷いてるように見えるだども……」
「儂らはいていいのか?」
「細けぇことは気にすんなって! んでコウタさん、今回の議題はなんだ?」
大陸西部、最果ての街・パーストから、死の谷を越えて、「誰も生きて帰ってこられない」という絶黒の森の中。
精霊樹と小さな湖のほとり、広場に集まっているのはクレイドル村の住人である五人と一羽、くわえてオブザーバーとして二人と一体だ。
ダメージも、拘束さえ無効にする【健康】を得たコウタ。
コウタとともに元の世界からやってきて、こっちではいつの間にか三本足になっているカラスのカーク。
コウタの言葉に首を傾げているのは、同じ世界の出身で、東部の帝国にTS転生してイチかバチかの転移でここにやってきた逸脱賢者のアビーだ。
そのアビーに、勇者パーティから追放された荷運び人・ベルがめずらしく突っ込む。
古代魔法文明の生き残りアンデッド・クルトは、なにやら主張するカークの言葉が理解できなくて申し訳なさそうにしている。真面目か。
巨人族の中では小さな巨人族の少女・ディダも、おろおろとカークをうかがう。
村の運営会議に参加することに疑問を抱いているのは、取引こそあるものの住人ではないエルダードワーフのグリンドと、その弟子のガランドだ。
そんななか、放浪の果てにこの地にたどり着いた先代剣聖・エヴァンが、義手を振ってコウタに話の続きを促す。
「たまたまだけど、ドリアードと鹿とアラクネのおかげで、北の山中でドワーフと繋がれた」
「強大なモンスターに肝を冷やしたが……儂らとしてもありがたい結果だ」
「そういやコータは『もう一箇所、交流を増やしたい』って言ってたな!」
「うん。金物なんかは手に入りやすくなったし修理もしてくれるって言うし。食料も、必要なら取引できるって」
「儂らは飲食は『趣味』だが、通常のドワーフは食事を摂っている。増産は可能だろう」
「ありがたいことにね。だから、切羽詰まってるわけじゃないんだけど……」
コウタの努力の結果、クレイドル村には畑ができた。
芋やカラス麦は、コウタが魔力を与えればあっという間に収穫までいける。
もし街、あるいはドワーフの地下王国、どちらか一方の経路が途絶えても、村は存続できるだろう。
だから、コウタが当初「もう一箇所と交流したい」と言った目的は叶えられている。
それでも。
「俺、最寄りの街に行ってみたいと思ってるんだ」
「わかりました、僕が案内しますね!」
「カ、カア?」
「……マジか? 大丈夫なのかコータ?」
クレイドル村から最寄りの街までは、絶黒の森と死の谷を越えて、片道一週間ほど。
モンスターがはびこる異世界の旅路といえど、荷運び人のベルは何度も往復している。
コウタは攻撃されてもダメージを受けない【健康 LV.ex】もある。
ゆえに、本来はカークとアビーから心配されるようなことはない。
コウタの病んだ心が癒えて、人と会うことに抵抗感さえなければ。
「大丈夫大丈夫、俺は【健康】だし、ドワーフのみなさんと話もできたしね!」
コウタが胸を張る。
手がじゃっかん震え、視線は定まらない。
が、それを指摘する者はいない。
「コウタ殿、なぜなのだ? 我は当然として、生ある者もこの地で問題なく暮らせている。行く必要はないのではないか?」
「アンデッドに気遣われた!? ワイトキングって生者を憎むんじゃねえの!? いやクルトがそんなヤツじゃないって知ってるけども!」
「そうですよコウタさん、欲しい物があるんなら、僕がなんだって運んできますよ?」
「はあ、これだから若いヤツらは。自分で行かないと気が済まないことだってあるんだよ! 酒選びとか! 飲み屋とか!」
「先代剣聖ぃ! 途中まで『いいこと言うじゃん』って思ったオレの気持ちを返せぇ!」
「コウタさん、巨人族の里じゃダメだか? 行くんならおらが話を通しておくけども……」
片道一週間かけて街へ行く。
モンスターにさえ対抗できるなら、大の大人がそう決めたら心配するようなことではない。
けれど住人たちは、コウタを心配そうな目で見つめていた。
「みんな、ありがとう。いまだとベルやアビーに頼りっきりだからさ。やっぱり、お世話になってる商人さん? に、挨拶したいんだ。村長として」
そう言って、コウタはぐっと拳を握りしめた。
最寄りの街との取引ははじまっている。
絶黒の森で得たモンスター素材や魔石、スケルトンが装備していたボロ装備を売って、食料や日用雑貨など、いろいろな物を買い込んでいる。
往復する荷運び人のベルと、手紙や必要品目をリスト化するアビーによって。
「カアッ!」
「おう、そうだなカーク。よく言ったコータ! よし、オレも行くぞ!」
「あれ? アビーは逃げてきたから人里には顔を出さない方がいいんじゃ」
「もう一年近く経ってるし、大陸東部とは離れてっからな! 名乗らなきゃバレないだろ、格好も違うし!」
「僕も行きますよ! 荷物は任せてください!」
「カアカァ、カアッ!」
「人里に向かうのであれば、我は残ろう。見抜かれることはなかろうが、アンデッドだと知られたら騒ぎになるゆえな」
「儂は行こう。あの街には知り合いも多い」
「ガランド、ならば酒を頼む」
コウタの決心に、アビー、ベル、カーク、ドワーフのガランドが同行を申し出る。
反対に、アンデッドのクルトとガランドの師匠・グリンドは残るようだ。
迷っているのは二人。
「んー、俺ァどうすっかねえ。嬢ちゃんにもコウタさんにも護衛は必要じゃねえしなあ」
「残れ」
「うむ、グリンド氏の言う通りだエヴァン殿。せっかくエルダードワーフと知り合ったのだ、義手に手を加えていろいろイジって——試してみたいこともある」
「おいそれ大丈夫なヤツだよな? 言い方が不穏なんだけど?」
先代剣聖エヴァンは、居残り組の説得により村に残ることを決めた。じゃっかん顔を引きつらせつつ。
「ディダはどうする? あ、巨人族だから大きすぎて騒ぎになっちゃうかな?」
「大きい……えへへ、おら、おおきい……」
巨人族の里では一番小さかったディダは、いまだに「大きい」と言われると照れ照れする。
ほら、どうすんだ、とばかりにアビーに促されて。
「おら、人族の街じゃなくて……里に行ってくるだ」
「いいの? ディダは一人前になるまで戻る気はないって言ってて」
「一人で漁もした、コウタさんもみんなもおらを必要としてくれてる」
「そりゃな! 漁だけじゃなくて、木工も手仕事も、ディダがいなきゃしんどかったからな!」
「えへへ……だから、おら、まだ一人前じゃねえかもしれねえけど、ちゃんとやってるって言いに行きたいだ」
「ええ? 充分一人前、というか立派に一人前以上じゃないかなあ」
アビーとコウタの褒め言葉に、ディダは満面の笑みを浮かべる。
なにしろディダがいなければ、いまでは立派な犬小屋になっているコウタの住処はボロ小屋のままだった。
クレイドル村には欠かせない戦力である。戦う力ではなく、労働力として。
「うっし、これで決まりだな!」
「うん、ありがとう、みんな」
ともあれ。
コウタはこの世界に来てから十二ヶ月目にして、はじめて人が住む街に向かうことを決めた。
同行者はアビー、ベル、カーク、ドワーフのガランド。
四人と一匹の旅路である。





