第十三章 プロローグ
諸事情により大変遅くなりましたが……
更新、再開します!
コウタたちが暮らす大陸は、東側が栄えている。
東部のアウストラ帝国は大陸一の大国だ。
北部にあるコーエン王国は冒険者や勇者の活躍もめざましい。
中央は、強力なモンスターがはびこる「魔王の領域」と呼ばれ、人族は何度も進出を試みては失敗している。
一方で、大陸西部は細々と人々が暮らすのみだった。
ひとむかし前の「西部開拓時代」こそ、新たな土地に夢を見た冒険者や商人、貴族、農民が入植した。
けれど、慣れない気候やモンスターの存在、思ったよりも資源が簡単に手に入らなかったこと、東部との距離により、多くの者は夢破れた。
いま大陸西部は、海に面した北西部こそいくつかの街が存在するが、少し南に下れば「街」と呼ばれるほどの規模を持つのは一箇所だけだ。
コウタが「最寄りの街」とだけ呼ぶ場所。
最果ての街、パーストである。
そのパーストの街の一角。
最近ではどこからか入手したモンスター素材の取引で潤う商会の一室に、一人の男がいた。
「何度見ても素晴らしい剣です。……さて」
テーブルの上に置いていた剣をじっくり眺めていた男は、おもむろに立ち上がる。
丁寧な手つきで剣に布を巻き、白木の箱にそっと納める。
「出ます。留守を任せますよ」
「会頭、どちらへ?」
「領主様に献上に参ります」
「はっ」
そう言って、男は大事そうに抱えた箱とともに商会を出る。
「本当は実際に使う者に売りたいところですが……ふさわしい使い手に下賜する分、名剣を死蔵する『お貴族サマ』よりマシですか」
馬車に乗り込んだ男はぼそりと呟く。
そっと白木の箱を撫でながら。
ガタゴトと音を立てて馬車は進んで行く。
パーストの街で一番大きな建物、領主の館へ。
いまをときめくパークス商会の会頭、ハドリー・パークスを乗せて。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「これは……」
「先日献上した鏖殺熊の中指の爪を素材に作った剣、そのもうひと振りでございます」
「うむ……」
「遅くなりまして申し訳ありません」
「いやかまわぬ。時間をかけた分、この剣の方が凄みが増しているように思える」
「装飾自体は少ないのですが、逆に実用的な美しさを生み出しているのでしょう」
「そうかもしれぬ……先の剣は下賜した者より、『すべてを断ち切れそうです』と感想を述べていたが……この剣の方がよほど……」
パーストの街の領主の館。
ハドリーが献上した剣を、領主その人が手にとって確かめる。
装飾がほぼない無骨な剣。
貴族からは好まれなさそうなものだが、領主は圧倒されたように剣に見惚れていた。
「我に剣の才能がないことをこれほど恨めしく思ったことはない」
「なにをおっしゃいます。領主様の愛剣となれば、剣も喜ぶことでしょう」
「パークス商会会頭ともあろう者が、それこそ何を言う。これは腰につけているだけで満足するような剣ではあるまい」
ハドリーのおべっかはあっさり切って捨てられた。
「この剣にふさわしく、実際に使う者か……すぐには思い浮かばぬが、死蔵することだけはないと誓おう」
「……ありがとうございます。鍛治士も喜ぶことでしょう」
領主が剣を箱に納めると、うしろに控えていた執事がささっと近づいて片付ける。
献上する、というハドリーの用事は終わった。
本来であれば、これで今日の会合は終了、のはずだった。
「さて。パークス商会の会頭、ハドリー・パークスに話がある」
領主が退席して終わり、となるはずが、お茶が淹れ直されてハドリーの前に置かれた。
しかも、領主からあらためて名を呼ばれる。
ここからが本題、とばかりに。
姿勢を正したハドリーを前に、領主が口を開く。
「大陸西部の農村にて不作の兆しが見える。パーストの街も無縁とはいられまい」
「やはり……」
「領主館より備蓄を出すことになろう。だが、それでも足りるかはわからぬ」
「いち商会でどれだけできるかわかりませんが、微力を尽くします」
「頼む」
そう言って、領主はハドリーに頭を下げた。
大陸西部では東部ほど仰々しくはないものの、それでも領主は「貴族」だ。
通常、一介の商人に頭を下げることなどない。
にもかかわらず、頭を下げた。
その事実が、事態の重大さを物語っていた。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「30年前の大飢饉ほどではない。ですが……」
領主が退室したあと、ハドリーは領主直下の文官より不作の詳細を聞いた。
その情報によると、かつて大陸全体を襲った大飢饉ほどではない。
それでも。
「農村でも都市でも……飢えて死ぬ者が出ますね……」
コウタやアビーがいた世界とは違って、この世界では——少なくともこの大陸では、流通は発展していない。
不作の場合、問題ない地域から食料を運んでくることは簡単ではない。
逸脱賢者のアビーが転移魔法を成功させていたが、それにしたって、定められた場所から少量だけだ。
このままいけば、蓄えがない者、社会的・肉体的弱者に餓死が出ることは間違いない。
「大陸北西部、必要とあらば北部沿岸までキャラバンを出すか……それとも冒険者ギルドに依頼をかけて肉になるモンスターを狩るか……焼け石に水であってもやらないよりは……」
執務室にこもって、ハドリーはブツブツと打ち手を考え込む。
己にできることを、必死に。
たかが「身一つで興した商会の会頭」で、自分と家族と従業員さえ無事ならば問題なさそうなものなのに。
商会の、己の利益さえ考えない、どころか蓄えた財産さえ投げ打つ覚悟で。
「もう二度と、私のような者を出さない。そのためにここまで努力してきたのです。なんとしても……」
30年前、自分は生きながらえた。
けれど、両親は。
友人は。
知人は、隣人は。
「それでも足りない。ならばあとできることは……新規取引先? 魔王の領域に何かないか、ここより南部は……」
鬼気迫る表情で、ハドリーは頭に浮かんだ策を書きつける。
できることは知れている。
賭けのようなアイデアであっても。
「神よ……どうか、真面目に、懸命に生きる者たちにご加護を……」
パーストの街に居を構えるパークス商会の会頭、ハドリー・パークス。
パーストより三日離れた農村で生まれ、30年前の大飢饉により両親や友人を、それどころか生まれ育った村を失った男。
すべてを失って生きながらえた男は、行商からはじめて商会を興した。
男が懸命に努力を続けてきた理由はただ一つ。
もう二度と、自分のような者を出さないために。
ゆえに、男は農村で必要な商品を取り扱い、多くの販路を探してきた。
歯を食いしばり、男は自らにできるすべての手を打つことを決める。
それでも足りない。
血が垂れるほど拳を握りしめても、湯気が立つほど頭をまわしても、神に祈っても。
餓死者を出さないという、男が人生を賭けたささやかな目標は叶いそうになかった。
——いま、ここにある全てでは。
予想以上に遅い更新再開となりました、すみません……
それでも待っていてくださったみなさま、ありがとうございます!
次話は明日3/24(金)に更新予定です。
そして……
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