第八話 コウタ、ドワーフと話し込んで村を見に来ないか誘ってみる
コウタとカークがこの世界で目覚めてから十ヶ月と少し。
初めての人里、初めてのドワーフとの会話は続く。
「それにしても久しいな、クルト氏」
「うむ。なにしろ2000年ぶりゆえな」
「時間感覚がおかしすぎる……」
「はは、仕方ないよアビー。二人とも長生き?だから」
「カァー」
「クルト氏の様子を見ると、研究の成果は……」
「いまだ途上である。が、ここ数ヶ月はかつて類を見ないほどに捗っているのだ」
「それは僥倖。して、腕はどうだ?」
「コウタ殿、あの剣を見せてやりたいのだが、かまわぬか?」
「あっはい、もちろん」
クルトに請われてコウタが腰の剣を外す。
黒い剣をエルダードワーフのグリンドに手渡そうとして止まる。
「えっと、手で持っても大丈夫でしょうか?」
「そこに置いてくれ」
「へえ。エルダードワーフでも無理なものはあるんだな。ちょっと安心した。寿命のないドワーフの鍛治士なんて『なんでもアリ』かと思った」
「無理なものは無理だと思いますよ?」
「うんうん。気合いや精神論でなんとかしようとすると、心にもダメージ来るしね」
「くっ! 天然二人に正論吐かれた! いやその通りなんだけども!」
「カァー。カァ」
コウタが石材のテーブルに剣を置くと、グリンドは顔を近づけて観察する。
持てないためちょこちょこと短い足で動きまわって、あらゆる角度から眺める。
ガランドをはじめ、部下のドワーフたちは背中越しに覗き込んでいる。
やがて、グリンドはひとつ頷いた。
「いい出来だ。以前よりずっと」
「我も研鑽しているゆえな。グリンド氏はどうであろうか? 至高の一振りを目指していたはずだが……」
「いまだ道なかばだ」
「ふむ。所在が知れたのだ、おたがい長い付き合いになりそうであるな」
「あの、聞いてもいいかな?」
「コータ?」
「クルトは絶望の鹿のツノを剣の形にしてくれて。それって普通なんですか? エルダードワーフに教わった、エルダードワーフの業だから?」
「途中までは正しい。だがコウタ殿、エルダードワーフの業はこれだけではないのだ」
「へえー。どんなことができるんだろ」
「我がやったのは、魔力で素材の本質を引き出しただけにすぎぬ。ドワーフは」
「鍛冶仕事では人族に引けを取らん」
「す、すごい自信ですね」
「コータは驚くかもしれねえけど、まあ事実だな。帝国でもいい武器はたいていドワーフ作だったし」
「へえ、そういうものなんだ。じゃあまさか、エルダードワーフはミスリルとかオリハルコンを使って武器が作れたり?」
「できる。だが、儂らの業の真価はそこではない。修行を積めば、ドワーフも魔法金属を打てるものだ」
「はあ。それじゃ、何が」
「ガランド」
「はい、師匠」
コウタの鹿ツノ剣にかわって、一振りの剣がテーブル上に置かれる。
この剣も黒い。
が、鹿ツノ剣ほど禍々しい気配はない。
「これは?」
「鏖殺熊の中指の爪を鍛えた剣だ」
「へえー。なんかすごそうですね」
「軽いぞコータァ! いろいろ気になるところあるだろ? ほらどうやってモンスターの爪を剣にしたのかとか、素材はどうやって入手したのかとか」
「あっ! そういえば鏖殺熊って俺たちが倒して、ベルが街に売りに行ってくれたヤツだっけ」
「カァー」
「はい! 懐かしいですね!」
「あとやっぱりクルトに作ってもらったこの剣と違うね。禍々しい感じがない。やっぱりドワーフってすごいんだなあ」
「いやコウタ殿。あのツノで剣を打っても瘴気は消えぬ」
「はあ……」
「ガランド。説明を」
「はい、師匠。クルト氏がやったのは、モンスター素材の形を変化させる手法だ。素材の特性を活かすには一番だが、形状以外に手を加えることはほぼできない」
「そういえばそんなこと言ってた気がする」
「一方で。ドワーフは土の声を聞き、火と見つめ合い、土から生まれた金属を叩いて剣とする」
「帝国じゃドワーフの打った剣はいい値段したなあ。ま、どこの街でも変わんねえだろうけど」
「儂らエルダードワーフは、どちらもできる。そして……金属と、モンスター素材を合わせた鍛冶が可能なのだ」
「へえー。なんかすごそうですね!」
「ホントすごそう、っていうかそれ魔剣の打ち方じゃね!? ドワーフ以外は作れなくて帝立研究所の連中がなんとか作りたいって研究しまくってた!? こんな気軽に教えていいのか!?」
「師匠の客人ならばな。それに、人族には……いや。エルダードワーフ以外には打てぬ。エルダードワーフさえ、満足いく物を打てるのは数少ない」
「なるほど……」
「だから希少だったのか。帝都のドワーフに頼み込んでも打ってくれなかったもんなあ。オレはともかく、騎士のヤツらだって」
エルダードワーフ二人の許可をもらって、コウタが剣を手にする。
装飾のない無骨な剣はずっしりと重い。
構えようとするも、コウタは自分が剣を扱えないことを思い出した。
正確には、「斬れ味が鋭すぎる鹿ツノ剣を、防御を捨てて振りまわす」しかできないことを。
ちょっと困り顔で横を見る。
アビー。「逸脱賢者」で魔法使い。
ベル。荷運び人で、戦えないと自己申告している。
クルト。古代魔法文明の生き残り魔導師だ。
カーク。カラスである。手はない。
コウタを含めた三人と一体と一羽とも、剣は使えなかった。
「……エヴァン、連れてくればよかったかな」
「そりゃ無理だろ。何があるかわからなかったんだから」
「まあね。でもほら、剣を欲しがってたからさ。すみません、この剣って買うとしたらいくらでしょうか?」
「すまんが売れん。納品先に無理を言って借りているだけなのだ」
「そうですか……あっ! 作ってもらうことってできませんか? 素材が必要なら持ち込みもできるんで!」
「ほう?」
「おー、いいアイデアかもなコータ!」
「コウタ殿、アビー殿。ドワーフもエルダードワーフも、認めた者にしか剣は作らぬし売らぬ。ゆえに——」
「ゆえに?」
「会わせた方がよいであろうな。『元剣聖』に」
「元剣聖、だと? まことか、クルト氏?」
「うむ。それも、左腕を失い、いまは我とアビー殿が開発した義手をつけている。新たな剣術を、新たな剣を模索しているようであるな」
「ふむ。それは面白そうだ」
「せっかくの縁ですし、俺たちの拠点まで来ませんか? ベルが街に持ってってない素材もありますし」
「行こう」
「師匠、儂も連れていってください」
コウタの誘いに、エルダードワーフの二人はあっさり頷いた。
鏖殺熊を倒して素材を売り払ったコウタたちが持つ「モンスター素材」。
新たな剣術を模索している、剣の使い手としては最高峰の「元剣聖」。
鍛冶を生業とする二人の気を引くには充分だったようだ。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから十ヶ月と少し。
クレイドル村に、初めて「コウタが誘った」お客様が来訪する。





