第七話 コウタ、クルトの知り合いのドワーフと話し込む
コウタとカークがこの世界で目覚めてから十ヶ月と少し。
コウタは、意図せずして久々となる「人里」を訪れていた。
半引きこもりだった元の世界とあわせて数年ぶりの「人里」である。
「生きてた頃からのクルトの知り合い……ドワーフは長生きなんだね」
「いや長生きってレベルじゃねえだろ! それに帝国にいたドワーフは人族と同じぐらいの寿命だったはずだぞ? だったよな?」
「カァー」
コウタたちが案内されたのは、広い空間の中でも奥まった岩屋だった。
石材でできた岩屋は広い。
中には案内してくれたガランドだけでなく、十数人のドワーフがいる。
その岩屋の中心にいた、ガランドが「師匠」と呼ぶ白いヒゲをたくわえたドワーフがクルトの知り合いらしい。
岩屋の奥でいくつもの炉が煌々と熱を発している。
「ああ。人族にはそう認識されている」
「実際は違うんですか?」
「正しくもあり、間違っている、と言うべきだな」
「はあ……」
「師匠。説明してもよろしいか?」
「うむ」
「ほう。よいのか、グリンド氏?」
「その姿となったクルト氏と親しいようだからな。儂らのことを知ったとて騒ぎ立てまい」
「くははっ、たしかにそうやもしれぬ」
いまは骨ではなく人の姿をまとっているとはいえ、クルトはアンデッドだ。
モンスター、それもアンデッドのクルトを気にすることなく共にいる。
それが、生前のクルトを知るグリンドにとって信頼に値する理由になったようだ。
「では。人族が『ドワーフ』と呼ぶ儂らはひとつの種族ではない」
「は、はあ。ドワーフにも種類があると」
「うむ。儂と師匠は『エルダードワーフ』だ」
「『エルダー』……年上とか年長の、とかって意味でしたっけ。ああ、だから長生きなんですね」
「納得するの早すぎだろコータァ! え、マジ? 『エルダードワーフ』なんているのか!? けどそれにしたって2000年以上生きられるってどんな寿命だよ!」
「儂らエルダードワーフには定命がない」
「そこのクルト氏は『生物ではなく精霊のようなもの』と言っておったな」
「生物としての理を外れているゆえな。言わば『土の精霊』であろう」
「はあ……精霊……でも実体もあるんですね。飲み食いはするんですか?」
「酒は命の水よ。滅多にない人族の来訪だ、コウタ氏はなにか酒を持っていないか?」
「あ、ちょっとですけどエヴァンからもらったお酒がまだ——」
「いやいやいや馴染むの早すぎだろコータ! エルダードワーフ!? 土の精霊!? しかも飲食する!? どうやって生まれるのかとか寿命——はないとして消滅すんのかとかドワーフとの違いとか! もっと! 気になることあるだろ!」
「言われてみれば、たしかに」
「そういえばそうですね! 不思議です!」
「カァー」
アビーのツッコミも、コウタとベルはきょとんとしている。
カークはもうダメだコイツら、とばかりに項垂れた。アビーも頭を抱えている。
「飲み食いは趣味だ。なくとも生きていける。ドワーフから普通に生まれる」
「おそらく土の精霊である『エルダードワーフ』の存在が先で、そこから定命を持つ『ドワーフ』が生まれたのであろうな。ドワーフより生まれるのは先祖返りか、あるいは魂の性質か、ほかに要因があるのか」
「クルトもわからないと。ほんと、ベルが言うように不思議だね。さすがファンタジー世界」
「けどなんで人族には知られてねえんだ? 寿命のない存在が身近にいるってわかってたら、帝立魔法研究所の連中やら貴族やらが放っておかねえだろ?」
「人里にいるのはドワーフが多い。儂のように鍛冶修行に街に出るエルダードワーフもいるが、人には見分けられまいて」
「はあ、なるほど。たしかになあ。オレも、言われたってわかんねえし」
「え? 違うよね?」
「は? なに言ってんだコータ?」
「ほう? ではコウタ殿、この場にいる『エルダードワーフ』は何人だ?」
クルトに問われて、コウタが岩屋の中をぐるりと見渡す。
空気を読んだ十数人のドワーフは何も言わない。
コウタに視線を向けて、力こぶを作ったり腕組みしたり長いあごヒゲをしごいたりしている。
彼らなりの決めポーズらしい。ノリがいい。
「えっと、二人ですよね。ガランドさんとグリンドさん」
「くふっ、くはははは! そうか、コウタ殿! この二人だけか!」
「コータ? ああ、この中じゃ二人が偉いっぽいからか」
「いや、見たらわかるよね? 二人はなんとなくほかのドワーフと違う感じがして」
「…………なんか違うか? どうだベル?」
「はい! お二人はこう、ちょっと違う感じがします!」
「…………またまたそんな、オレだけがわからねえなんてそんな、なあ。クルトは別として、どうだカーク?」
「カアッ! カアーッ!」
引きつり笑いのアビーに声をかけられると、カークはばさっと飛び立った。
扉のない入り口を抜けて外でカァカァ鳴いている。
しばらくすると、一人のドワーフを連れて戻ってきた。
「カア、カアッ!」
「カーク? おいまさか」
「おー、その人も『エルダードワーフ』っぽいね。さすがカーク」
「……ベル?」
「はい! その人はグリンドさんとガランドさんと同じ感じがします!」
「…………クルト?」
「うむ。エルダードワーフであろう」
「ガランドさんとグランドさんは……」
「驚いた。人族とカラス? が儂らを見分けるとは」
「クルト氏の友であればそういうこともあるだろう」
「カアーッ」
ドワーフの二人が重々しく頷くと、カークは誇らしげに胸を張った。鼻高々である。鼻はない。いや、いちおうある。カラスでも。
「ああああああ! 見た目も! 魔力の質も! 一緒だし!? オレには! 違いがなんなのかまったくわからないんですけどぉぉぉおおおおお!」
「案ずるな、人族の女子よ。見分けられぬゆえに儂らは街に潜り込めるのだ」
「それは! そうなんだろうけども!」
「ま、まあまあ落ち着いてアビー。ほら、これでクルトの知り合いのドワーフが2000年生きててもおかしくないってわかったんだからさ」
「おおおおお……それは……そうなんだけども…………」
広い岩屋に、アビーの嘆きが響く。
決めポーズを取っていたただのドワーフが近づいてきて、アビーの肩や背中をバンバン叩く。慰めているつもりらしい。
コウタ初めての異世界の人里訪問は、コウタよりもアビーが衝撃を受けていた。
案外コウタは冷静である。
まあ、横で取り乱している人がいれば冷静にもなろう。
コウタにとっては幸いで、アビーにとっては不幸?なことに。





