第二話 コウタ、到着した森の北の奥地がダンジョン化したことを知る
「うん、急いで行くよ」
コウタとカークがこの世界で目覚めてから十ヶ月と少し。
広場に集まっていたコウタは、慌ててやってきたカークに促されて立ち上がった。
「どこまでだろ、ドリアードと鹿が一緒ってことは、森の北側かな?」
「カアッ!」
「平気平気、俺は【健康】で疲れないからずっと走ってられるし」
「待て待てコータ、一人で行く気か? 何があるかわかんねえんだぞ?」
「そうだね、じゃあ」
「はい! 僕も行きます! 食料を運ぶ人は必要ですよね? いつでも出られるように準備してありますから!」
「ありがとう、ベル」
「スピードについていけんのか?ってベルは【悪路走破】に【体力回復】スキルもあんのか。荷物は必須だし適任っちゃ適任なんだけど……」
「ふむ。ならば我も行こう。戦えない荷運び人を守る者も必要であろうからな」
「クルト? ありがたいけど、大丈夫? ずっと走り通しになると思うけど……」
「なに、心配は要らぬ。我は『骸骨馬』も喚び出せるゆえな!」
「便利すぎるだろクルト」
「精霊樹の至近には近づけぬが、周囲には防衛用のアンデッドも配置してくれよう!」
「いやほんと便利すぎるだろクルト。一家に一体ワイトキングだな」
「いろいろありがとう、クルト。行くのはこの三人でいいかな」
「待てコータ! オレも行くぞ! クルト、骸骨馬はもう一体出せるか?」
「うむ、それほど高位のアンデッドではないゆえ数十体は可能であるが」
「アビー、馬に乗れるの?」
「はっ、オレは元貴族だぞ? 乗馬は貴族のたしなみだよ!」
「えっそうなの?」
「コーエン王国じゃ『貴族男性のたしなみ』だったけどねえ。じゃじゃ馬な嬢ちゃんだ。コウタさん、俺ァ残るよ。馬にゃ乗れるけど、乗りながら剣を振る練習はしてねえからな」
「ふむ、失念していた。義手の操作性を高めるために戻り次第、実験——訓練に協力してもらうとしよう」
「実験って言ってんじゃねえか! 喜んで協力するけどもよ!」
「コウタさん、おら、おら……」
「ディダも、エヴァンと一緒にこの場所を守ってくれるかな? 精霊樹も湖も、家も畑も。俺たちの大事なクレイドル村を」
「おら、命に代えても村を守るだ!」
「危なかったら逃げてね。大事な場所だけど、みんなの命の方が大事なんだから」
「うう……コウタさん……」
「コータ、オレたちは準備OKだ! 行けっか?」
「うん、行こう! じゃあエヴァン、ディダ、あとは任せたよ!」
「おう! 気ィつけてな!」
「いってらっしゃい!」
「カアーッ!」
巨人族のディダと元剣聖のエヴァンに見送られて、コウタは走り出した。
先導するのは三本足のカラス・カーク、やや遅れて希望の鹿と、鹿の背に乗ったドリアードが続く。
精霊樹から離れたところで古代魔法文明の生き残りアンデッド・クルトが二体の骸骨馬を喚び出して、アビーとクルトが騎乗する。
コウタと、荷運び人のベルは馬に乗ることなく走って。
一行は、小休止を挟んだだけで絶黒の森を駆け抜けた。
ちなみに、小休止はコウタでもベルでも骸骨馬のためでもなく、希望の鹿の息が上がったためである。街の一つや二つ滅ぼせるほどのモンスターであっても、一行の中では一番「疲れやすい」ようだ。ほかがたいがい人外なので。存在的に。
「カア、カアーッ!」
「連れてきたかったのはここかな?」
「んー!」
コウタの質問に、見た目幼女のドリアードがふるふると首を振る。
午前から走りはじめて、午後遅く。
コウタたちは絶黒の森の北側、山脈のふもとにたどり着いた。
かつて二体のモンスターが睨み合っていた開けた場所には、ねじくれた黒い木がひょろりと一本だけ立っている。
「な、なあ、あのくっそ禍々しい木ってまさか」
「変異した精霊樹であろうな。このわずかな期間で若木になるとは」
「この辺はなんだか空気が違いますね!」
話し込むアビーとクルトをよそに、カークとドリアード、鹿は黒い木を通り過ぎる。
その先にあるのは、岩肌に開いた3メートルほどの穴だ。
カークと二体のモンスターに続いて、コウタたちもその穴に侵入する。
入り口こそ狭かったが、中に入ると穴はそこそこ広かった。
コウタが余裕を持って立ち、左右に腕を広げられるほどに。
「あれ? なんか明るい?」
「ダンジョン苔だな。これはやっぱり」
「先ほどの若木のあたりからダンジョン化したのであろう。これは興味深い」
「おー! 『瘴気』と『強力なモンスター』、『象徴的な何か』でダンジョン化するんだっけ? アビーとクルトの予想通りだね!」
「まあなあ。まさかこんなすぐに、あっさりダンジョン化するなんて思ってなかったけど」
「うむ。三体集っていたゆえか、あるいはこの地の瘴気ゆえか、それとも精霊樹がきっかけになったのか……かつての同僚であれば血眼になって研究したであろう」
ゴツゴツした岩肌は、下方からほのかな明かりに照らされている。
おかげでコウタたちは明かりをつけることなく穴を進めた。
「ダンジョンってことは、モンスターを警戒しないとね」
「たしかに。……まあ警戒するまでもなくカークたちが殺るだろうけどな」
「カアッ!」
できたばかりのダンジョンに入っても、一行を先導するのはカークだ。
うしろにいたドリアードは鹿から降りて、小さな足でトコトコ歩いている。
時おり伸ばした手から枝葉を生やして前方に向ける。
コウタたちが通り過ぎる時には、干からびた残骸だけが残されていた。
「コウモリにネズミ、かな?」
「できたばっかの洞窟系ダンジョンの定番だな。油断しないに越したことはねえけど、これなら鎧袖一触ってヤツだ」
そうして、早足で進むこと二時間ほど。
先頭にいたカークがコウタの肩に戻る。
「カアッ、ガアーッ!」
「この先が連れていきたかったところ、かな?」
「カアカァ!」
「アラクネまでいんのか。ほんと、何があったんだろうなあ」
「警戒すべき魔力反応は感じぬ。だが」
「持って帰りたい物を見つけたんでしょうか? その時は僕に任せてくださいね!」
本道から外れた小さな側道の入り口に、下半身が蜘蛛で上半身が女性のアラクネがいた。
カークやコウタの姿を認めて、しゃかしゃか手脚を動かす。自分が出した糸を回収しているようだ。
しばらくすると、アラクネはすすっと脇に寄った。
まるで、「コウタが来るまで閉じ込めておきました。お先へどうぞ」とばかりに。
「とにかく、行ってみよう」
「カアッ!」
本道よりも小さな空間にコウタが足を踏み出す。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから十ヶ月と少し。
コウタが踏み出した足は、できたばかりの村を新たな状況に追いやることになる。
この一歩が何をもたらすのか、コウタはまだ知らない。あと三時間ぐらい。





