第七話 コウタ、絶黒の森の木を伐採して違和感を覚える
コウタとカークがこの世界で目覚めてから九ヶ月。
クレイドル村初の収穫祭を終えた翌日、コウタは拠点からやや離れた森の中にいた。
「このあたりを切り拓いて畑にして、もう少し外側に柵を作ろうと思うんだ」
「いいんじゃねえか? ただここは絶黒の森だ、木の柵じゃ気休めにしかならねえ気はするけど」
「んー、村の敷地を示したいってのもあるし、それに、これだけ自然豊かな場所の畑が無防備だと、害獣が荒らしそうだから」
「カァー、カアッ!」
「はは、ありがとうカーク。まあ気分的なものだよ」
コウタの肩に止まったカークが、害獣なんて俺がやってやんよ!とばかりに意気込む。だがコウタはあっさり流した。
柵は害獣避けでもあるが、「ここからここまで誰々の土地」であることを示す意味もあるのだ。農地の境界線ははっきりしておかないと、のちのち大変なことになるので。あと水も。
「俺は伐採はじめるかな。アビーはどうする?」
「オレはちょっといろいろ試させてもらうわ。『鑑定魔法』の構成をイジりたいんだ」
「物やモンスターも『鑑定』できるようにするんだっけ?」
「ああ。項目を絞りゃこの前の貝みたいに『毒性があるかないか』がわかるんだ、つまり仮称・世界記憶から情報は持ってこれてるわけで。もうちょいだと思うんだよなー」
言いながら、アビーは手にした木の棒で地面にガリガリ書きつける。
アビーがコウタについてきたのは、開拓の立地選定と魔法の研究のためであるようだ。
「じゃあ木が倒れる方向に気を付けないとね。危なかったら声をかけるよ」
「普段どうしてんだコータ、って【健康】があるのか。ならオレは『魔力障壁』張っておくわ」
林業は慣れた者が行っても重大事故が多い。
だが、スキル【健康LV.ex】のコウタと逸脱賢者と呼ばれ魔法を使いこなすアビーにとっては問題ないようだ。
倒れてこないようにするのではなく、倒れてきてもどうにかする。力業である。
アビーに一声かけて、コウタは腰から鹿ツノ剣を抜いた。
反応したカークがコウタの肩から発って、木々の間を飛んでいく。
コウタが黒い刀身を振りかぶって斜めに振りおろす。
先代剣聖エヴァンとの訓練の成果か、剣はキレイな軌道を描いた。
いわゆる「袈裟斬り」である。
わずかに灰色がかった木の幹が斜めにズレる。
間を置いて、幹がひと抱えもある木はズンッと倒れた。
「……あれ?」
「どうしたコータ?」
会心の出来にもかかわらず首をひねるコウタ。
アビーの問いかけに気づいていないのか無視したのか、続けて一本、もう一本と木を斬り倒していく。
いずれもひと振りで。
「やっぱり、おかしい」
「ん? そりゃいくら斬れ味がいいったって、ひと振りで木を斬り倒せるのはおかしいけども。そんなんいまさらだろ?」
「んー、そうなんだけど、なんというか、いままでより手応えが軽いような……調子いいのとはまた違う感じで」
「『レベルアップ』でもしたか? そんな事象はないって結論付けたけどよ、コータは特別だ、何があったっておかしくねえ」
「んんー……」
「どれ、ちょっと待ってろ、いま見てみるから。〈鑑定〉ッ!」
いまいち納得していないコウタに、アビーは杖をかざす。
じっとコウタを見据えて叫ぶ。
アビーが開発して、いまだ改良中の『鑑定魔法』である。
「ど、どうかなアビー?」
「【健康】に【言語理解】、いつもと変わらね——おお!」
「え? なになに?」
「新しいスキルがついてんぞコータ! 【伐採LV.1】だ!」
「おおー! だから斬りやすくなってたのか!」
「まあスキルは『あるからできるようになる』もんじゃなくて『できるからスキルと表示される』もんだけどな! けど、『コウタは【伐採】ができる』って世界に認識されたってことだ!」
「俺が……」
「ああ、やったなコータ! いままでの日々は無駄じゃなかったってことだ! 木を斬り倒し続けたコータのがんばりが認められたんだ!」
「俺に……【伐採】が……」
自分のことのように喜ぶアビーは、コウタの背中をバンバン叩く。
コウタは反応せずじっと手を見つめている。ちょっと目が潤んでいる。
一昨日は、伐り拓いて作った畑で農作物を収穫した。
昨日は、収穫祭で集まった仲間たちに喜んでもらえた。
そして、今日。
コウタが異世界に来てから続けてきたことに、ひとつの成果を得た。
スキル【伐採】。
神様が授けた【健康】【言語理解】と違って、自ら手に入れたスキルだ。
コウタの日々の努力が認められた証だ。
目を潤ませていたコウタは、いつしか静かに涙を落としていた。
アビーがそっと離れる。
しばらく一人にしてやろうと、アビーが遠くに視線を向けた、ところで。
「カァー!」
「おっ、カークだ。カークにも報告しないとな!」
二人のそばを離れて見まわりに出ていた一羽のカラスに気づく。
カークはめずらしく、カァカァ鳴きながら飛んでいる。
コウタの異変を察した、ではなく。
「カアッ! カァー。カ、カァ?」
「大丈夫だよカーク。痛いとかしんどいとかじゃないんだ。うれしいことがあってね」
「カア?」
「ほんとほんと。それで、どうしたの?」
「カァッ! カァ、カアー」
頭の上からコウタを覗き込むカークは、バサっと前方を指差す。羽差す?
「おおー、遊びに来てくれたのかな?」
「カァー」
そこには、三体のモンスターがいた。
ツノが片方しかない鹿と、鹿にまたがってご機嫌な見た目幼女のドリアード。
その少し後ろに、心細いのか鹿の尻尾を掴む下半身蜘蛛で上半身女性のアラクネである。
いまは絶黒の森の北部に生息する、三体のモンスターだ。
二人と一羽に挨拶するかのように、鹿の上の幼女はしゅたっと両手を挙げた。
「こんにちは。みんな元気そうだね」
「呑気かよコータぁ! 『元気そうだね』じゃなくて! 三体とも街が大騒ぎになるレベルのモンスターだからな!? いや平和な関係性だからそれでいいのかもしれないけども!」
頭を抱えたアビーの悲嘆は、絶黒の森の木々に吸い込まれていった。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから九ヶ月。
異世界でコウタが得たものは、拠点で暮らす仲間に収穫物、新たなスキル、だけではない。
コミュニケーションが取れる三体の「モンスター」との関係性も、コウタが得たものと言えるだろう。いいか悪いかは別にして。





