第三話 コウタ、元日本人の女の子と話し込む
「それで、TSって略で通じるってことはコータはやっぱり日本人か?」
「あっはい」
「おおおおおおお! そっか『コウタ』だもんな! こっちにもありそうな名前だから気づかなかったけどよ! いやあそっかそっか!」
「あの、アビーも日本人なんですか? そのわりに金髪だし目は青いし色白だし」
「ま、オレは元日本人だな! こっちで18年生きてきたし。それも男子高校生だったのに女として生まれてなあ。記憶があったからどうにも『女』に馴染めねえでよ」
「それはしんどそうですね……あれ? 生まれた?」
「そりゃ生まれるだろ。アレか、コータは転生じゃなくて転移か? けど見た目は彫りが深いし日本人っぽくねえけど」
「えーっと、どうなんでしょうか。記憶はそのままなんですけど、目が覚めたらこの姿でここにいたんですよね」
「カアー!」
俺と一緒にな、とばかりにカークが自己主張する。
コウタがさっと腕を伸ばすと、カークがその腕に止まった。
はじめての出来事である。コウタはニマニマしている。現実逃避か。女性と喋りすぎて心のキャパがギリギリなのか。
「あー、そりゃたしかに迷うな。けど、多少でも顔と体が変わってんなら転生なんじゃねえか?」
「そうですね、そういうことにしておきます。考えたってわからないし」
「カァ」
コウタが考えることをやめるのは目覚めてから何度目か。鬱々と悩んで自縄自縛していた日々が嘘のようだ。
腕から飛び立って、カークはすいっと倒木に着地してひと鳴きする。
一人と一羽はこの一週間遊んでたわけではない。
コウタを囮に魚を獲るほか、生活環境を整えるべく行動していた。
湖のほとりには、イスがわりに倒木を切り出した丸太が置かれている。
直径は50センチ程度で高さ1メートルもない。
二つ並んでるのは、コウタとカーク用だ。
カークに導かれて、立ち話をしていたコウタとアビーがそれぞれ座る。
コウタ、重さにくじけそうになりながらも運んできた甲斐はあったようだ。
ちなみにコウタが筋肉痛になることはなかった。若さゆえ、ではなく【健康】のおかげだ。たぶん。
あと黒い鹿のツノは生活に伐採に加工に大活躍している。
コウタは「果実一つじゃ申し訳ない、次会ったらいろいろあげよう」などと考えていた。鹿の方は会いたくなさそうだが。
ともあれ、コウタとアビーは木に腰掛けてしばし会話に興じる。
同郷で同じ「転生者」という境遇のせいか、2年ぶりの女性との会話でもなんとかなったようだ。
アビーのコミュ力の賜物である。あとカーク。
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「うっうっ、つらかったんだなコータ。こっちの世界ならウチで雇ってやったのに」
「けど、みんなはちゃんと働けてたし俺が情けなかっただけで」
「コータは悪くねえよ! それにほら、こっちは真面目ならちゃんと評価されるからな! 商人なんかは『信用第一』なんだぜ?」
「はあ」
「男と結婚させられそうになったとか、オレの悩みなんてたいしたことなかったんだなあ。ほんとコータはよくやってきたよ。社会人はつれえんだなあ」
「俺がダメだっただけでアレが普通なんじゃ」
「カァ!」
ぐじゅぐじゅと泣きながらコウタを励ますアビー。
元男子高校生は、社会人の想像以上の過酷さが信じられないらしい。
青い瞳からだーっと涙を、鼻からだらっと鼻水を垂らしている。整った顔がぐしゃぐしゃだ。
コウタはいまいちアビーの言葉がピンときていないようだ。カークは、いい加減納得しろコウタ! とばかりに強く鳴く。
「冒険者だって兵士だって役人だって、真面目が一番だって親父も言ってたぞ。まあこっちじゃ戦えないと危ねえけどな!」
「はあ。…………えっ!?」
「ん? 野外で生活してたんだろ? モンスターに襲われたりしなかったのか?」
「あっはい。いまのところ襲われてないよ」
「カァ! カアカァ!」
何言ってんだコウタ、鹿にも魚にも襲われてんじゃねえか! とカークが突っ込む。コウタには通じない。アビーにも通じない。
「この辺は安全なのかねえ。よしよし、イチかバチかの賭けに勝ったみてえだな」
野営していてもモンスターに襲われない。
コウタの情報に、アビーは小さくガッツポーズした。
「戦う力か。俺もカークみたいに魔法が使えればなあ」
「なあ、コータとカークがよければオレが見てやろうか? 才能の有無はわかるぞ?」
「え? ああ、鑑定みたいなヤツかな?」
「やっぱ日本人だと話がはええな。そう、オレは研究に研究を重ねて『鑑定魔法』を開発したんだ! おかげで教会に異端認定くらいそうになったけどよ!」
「だ、大丈夫なんだよねそれ? 神様に逆らう魔法だと申し訳ないような」
「心配ねえって! じゃあいいか? いくぞ?」
「……うん、お願いします」
「カアー」
「『鑑定』!」
引け腰だが、それでもコウタは同意した。たぶんカークも。
すかさずアビーが魔法を発動する。詠唱はなく、魔法陣もエフェクトもなく、あっさりと。
一人と一羽をじっと見つめるアビー。
金髪碧眼の美少女に見つめられてコウタが落ち着きをなくす。もぞもぞ体を動かしたり視線をそらす。
「うげえ!? なんだこの魔力の質! こんなことありえんのか!?」
女の子らしからぬ声をあげて、アビーが丸太から転がり落ちる。
コウタを見つめてぷるぷる震える。
カークはクッと首を傾げる。
「え? え? あの、大丈夫アビー? 俺も大丈夫?」
コウタは何もわからず、ただポカンとしていた。
一人と一羽の異世界生活がはじまってから一週間。
空から降ってきた女の子を迎えて、生活は賑やかになりそうだ。
コウタの【健康】が精神も「健康」に保てることを祈るばかりである。
※8/5修正 ラスト、「魔力の量ではなく質に驚く」に変更しました