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【健康】チートでダメージ無効の俺、辺境を開拓しながらのんびりスローライフする  作者: 坂東太郎
『第十一章 コウタ、開拓や畑仕事を進めて村づくりを続ける』
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第五話 コウタ、村初めての収穫祭のはじまりを宣言する


 コウタとカークがこの世界で目覚めてから九ヶ月。

 初の本格的な収穫を終えた翌日、コウタたちは広場に集まっていた。


「へえ、こうやって料理するんだね」


「チーズが手に入れば、だけどな。運んできてくれてありがとよ、ベル」


「えへへ……街の近くの村で山羊を飼ってるって言ってました! これからも、少しなら売ってくれるそうです!」


 朝は簡単に済ませて、アビーは午前中のうちから料理の仕込みにかかっている。

 調理しているのは、昨日収穫したカラス麦だ。


「けど、殻をはずしたらこれぐらいにしかならないんだね。主食にするのはしんどいかなあ」


「カァ?」


「収穫より下処理に時間がかかったしな。まあ、義手を使いこなすいい訓練になったけどよ」


「細かな作業には触感が必要であろうな。改善点は多く、理想の女性創造(ゴール)はまだまだ先か」


「アビーさん、こっちの準備は終わっただ!」


「おう、ありがとうディダ。大きな手で魚の下処理こなすなんて、あいかわらず器用なこって」


「大きな……おらが………うぇへへへ」


「はは、うれしそうだねディダ」


「そりゃあもう! おらが漁をできて、木工にいろんな作業に、いろいろ役に立ってるって言ってもらえるし、それに、でっかい、里で一番小さかったおらをでっかいって」


 かまどの横の調理台では、大きな体を小さくして、ディダが魚を処理している。

 昨日獲った貝は、水を張った小鍋で砂抜き中だ。食べられるかどうかはまだわからない。


「うっし、だいたい用意できたかなー」


「じゃあ、たき火の準備をしようか」


「おいおいコータ、たき火じゃねえぞ? これは…………キャンプファイヤーだ!」


「え? けど鍋をかけたり魚を焼くわけで、キャンプファイヤーとは違うんじゃない?」


「カァー」


「いやそうだけどよ……気分的にな……」


「あっごめん。そうだよね、今日は——」


 コウタの無粋な言葉に、アビーががっくりと肩を落とす。カークも肩を落とす。肩はない。カラスに肩はないと思われる。

 荷運び人(ポーター)のベルと巨人族(ギガント)のディダはきょとんとして、先代剣聖エヴァンとアンデッドのクルトは苦笑気味だ。


 五人と一羽と一体が、広場に集まってみんなで飲み食いする。

 いつもと変わらない食事ではあるが、コウタもアビーもカークも、今日は特別な日のつもりだった。

 なにしろ、振る舞われるのは絶黒の森の畑で採れた農作物と、湖の魚介をメインにした料理なので。


「——初めての、収穫祭だからね!」


 そう。

 今日は、精霊樹と小さな湖のほとりで暮らすコウタたちの、収穫祭であった。




 精霊樹の横の広場に、五人と一体が座る。

 腰掛けているのは、ディダが整えた丸太イスだ。

 カークはコウタのイスの隣に作られた止まり木で、ご機嫌に羽を広げていた。


「ほらコータ、出番だぞ」


「え、ええ……? 挨拶なんていらないんじゃないかな……それかアビーがやるとか……」


「どうしてですかコウタさん? 収穫祭のはじまりは村長が挨拶するものですよ?」


「んだ、巨人族(ギガント)の里でも、祭りは里長の掛け声ではじまるだ!」


「ふむ。我が暮らした研究都市に『収穫祭』はなかったが、慶事は最も上の人間が口火を切るものであったな」


「まあだいたいの集団でそうじゃねえか?ってことで! ほれコウタさん!」


 エヴァンが木のコップをコウタに手渡す。

 コウタの鼻に、ふわっと甘い香りが届いた。


「エヴァンさん、これは?」


「よく聞いてくれたコウタさん! コイツは精霊樹の実(アンブロシア)を、漬け込んだ酒だ!」


「待て待ておっさん。精霊樹から落ちた実は、それ以上熟さねえから酒にはならねえし、漬け込んだところで溶け出さねえって研究が」


「心配すんなお嬢ちゃん! これァ俺が精霊樹にお願いして、特別に用意してもらった実よ! ちゃあんと風味が移ってるのは確認済みだ!」


「あの、エヴァンさん、酔ってます? 確認済みってことはもう飲みました?」


「飲んでないですー。試飲程度じゃ飲んだうちに入らないですー」


「ダメだこの酔っ払い……最近はまともだったのに……」


 へらへら笑うエヴァンを見て、アビーは天を見上げた。

 青い空に精霊樹の枝が張り出してさわさわ揺れる。


「収穫祭なんだ、かてぇこと言うなって! ほれほれ、みんなコップを持ってな?」


 ご機嫌なエヴァンが、果実酒入りの木のコップを配る。

 巨人族(ギガント)のディダにも同じサイズのコップが配られた。ディダが持つと小さく見える。

 エヴァンはカークの前にもお酒入りのコップを置いた。


「えっ。カラスってお酒飲んでも大丈夫なの?」


「どうなんだろうなあ。まあカークはカラスでも、三本足で魔法も使えて一部のモンスターとも会話できんだ。大丈夫じゃねえか?」


「カアッ!」


「『はい』かあ。けど無理しないで、少しだけにするんだよ。俺も一口だけのつもりだし」


「おっ、じゃあ残りは俺がもらってもいいかコウタさん? カークも」


 最後に、エヴァンは木のコップを精霊樹の前に置いて。

 準備は整った。


「うし。じゃあコータ、一言お願いします!」


「うう、緊張するなあ……」


 アビーに促されてコウタが立ち上がる。

 丸く並んだイスの中心の、開いている空間におずおず進む。

 緊張で硬くなったコウタを励ますように、カークが肩に止まる。コウタの頬に体をこすりつける。


「えっと……」


 広場の真ん中に立って、コウタはまわりを見渡した。

 四人と一体の目がコウタに注がれる。


「こういう経験は初めてだから、それっぽいことは喋れないけど」


「気にせずともよい、コウタ殿。ここには友しかおらぬであろう?」


「そうだそうだ、ゆるーくな! そんでできるだけ短くな!」


「早く飲みたいだけじゃねえか酔っ払い! まあコータ、アレなら乾杯の音頭だけでいいって」


「『ふぁいと』です、コウタさん!」


「お、おらもあそこで喋るのは無理だなあ」


 口々に気楽なことを言い出す仲間を前に、コウタは目を閉じていた。聞いていなかったらしい。マイペースか。


「みんな、ありがとう。もし俺が一人だったら、いくら【健康】があっても生きていけなかったと思う」


「カァ?」


 そうか?とばかりにカークが鳴く。【健康LV.ex】への信頼度が高すぎる。あるいは、追い詰められたらコウタは行動すると思っているのか、それとも「俺はコウタを一人にする気はねえ」という決意の表れか。


「みんなだけじゃなくて、精霊樹も、鹿も、〈ワープホール〉で物資を送ってくれるアビーの家族も、ベルと取り引きしてくれてる街の人も。ほんとに、感謝してるんだ」


 コウタは、目が覚めたら異世界にいた。

 【健康】があったとしても、誰かが、何かが欠けていたら「健康で穏やかな暮らし」はできなかっただろう。

 少なくともコウタはそう思っている。


 コウタが伏していた視線をあげる。

 収穫祭にもかかわらず、場はしんみりしてしまった。

 ちょっと困ったように笑って。


「精霊樹と、湖と、みんなに」


 木のコップを掲げる。

 応じて、四人と一体も掲げる。一羽はかわりに羽を広げる。


「それから……これからも、『健康で穏やかな暮らし』を過ごせることを祈って。クレイドル村に!」


「クレイドル村に!」


 五人と一体の声が揃う。鳴き声も入れれば一羽の声も。


「乾杯!」


 五人と一羽と一体。

 こうして、クレイドル村初の収穫祭がはじまった。


 ちなみに。

 クレイドル村の名付けは、コウタとアビーがいくつも候補を出し、ベルとディダとクルトが「この世界では悪い意味を持つ」名前を(はじ)いて、最終的にくじ引きとした。

 箱に入った棒くじを選んだのはカークで、箱から引いたのはコウタだ。


 傷ついた、あるいはワケアリの者たちがたどり着いた時に、健康で穏やかな暮らしを送れる場でありたい。再生するための揺りかごとなる。

 コウタの意図を汲み取ったアビーの提案だ。ほかに終着点、安息、再誕、盆地、希望などを意味する言葉も選択肢もあったが、厳正なるくじ引きの結果、クレイドルとなった。

 アビーが入れた「絶黒の森だしいっそ『絶望』で!」「『蜘蛛』の糸もいいな!」「魔王、はいるのか。んじゃ『大魔王』か『隠しダンジョン』」などという悪ノリの名前にならなくて幸いである。



 一人と一羽がこの世界で目覚めてから九ヶ月。

 【健康】なコウタと【導き手】のカークが生活をはじめた絶黒の森の拠点は、この日をもって「クレイドル」村と呼ぶことになった。

 もっとも、まだ小さな畑といくつかの簡素な家や倉庫があるだけの、「集落」レベルではあるが。




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