第五話 コウタ、村初めての収穫祭のはじまりを宣言する
コウタとカークがこの世界で目覚めてから九ヶ月。
初の本格的な収穫を終えた翌日、コウタたちは広場に集まっていた。
「へえ、こうやって料理するんだね」
「チーズが手に入れば、だけどな。運んできてくれてありがとよ、ベル」
「えへへ……街の近くの村で山羊を飼ってるって言ってました! これからも、少しなら売ってくれるそうです!」
朝は簡単に済ませて、アビーは午前中のうちから料理の仕込みにかかっている。
調理しているのは、昨日収穫したカラス麦だ。
「けど、殻をはずしたらこれぐらいにしかならないんだね。主食にするのはしんどいかなあ」
「カァ?」
「収穫より下処理に時間がかかったしな。まあ、義手を使いこなすいい訓練になったけどよ」
「細かな作業には触感が必要であろうな。改善点は多く、理想の女性創造はまだまだ先か」
「アビーさん、こっちの準備は終わっただ!」
「おう、ありがとうディダ。大きな手で魚の下処理こなすなんて、あいかわらず器用なこって」
「大きな……おらが………うぇへへへ」
「はは、うれしそうだねディダ」
「そりゃあもう! おらが漁をできて、木工にいろんな作業に、いろいろ役に立ってるって言ってもらえるし、それに、でっかい、里で一番小さかったおらをでっかいって」
かまどの横の調理台では、大きな体を小さくして、ディダが魚を処理している。
昨日獲った貝は、水を張った小鍋で砂抜き中だ。食べられるかどうかはまだわからない。
「うっし、だいたい用意できたかなー」
「じゃあ、たき火の準備をしようか」
「おいおいコータ、たき火じゃねえぞ? これは…………キャンプファイヤーだ!」
「え? けど鍋をかけたり魚を焼くわけで、キャンプファイヤーとは違うんじゃない?」
「カァー」
「いやそうだけどよ……気分的にな……」
「あっごめん。そうだよね、今日は——」
コウタの無粋な言葉に、アビーががっくりと肩を落とす。カークも肩を落とす。肩はない。カラスに肩はないと思われる。
荷運び人のベルと巨人族のディダはきょとんとして、先代剣聖エヴァンとアンデッドのクルトは苦笑気味だ。
五人と一羽と一体が、広場に集まってみんなで飲み食いする。
いつもと変わらない食事ではあるが、コウタもアビーもカークも、今日は特別な日のつもりだった。
なにしろ、振る舞われるのは絶黒の森の畑で採れた農作物と、湖の魚介をメインにした料理なので。
「——初めての、収穫祭だからね!」
そう。
今日は、精霊樹と小さな湖のほとりで暮らすコウタたちの、収穫祭であった。
精霊樹の横の広場に、五人と一体が座る。
腰掛けているのは、ディダが整えた丸太イスだ。
カークはコウタのイスの隣に作られた止まり木で、ご機嫌に羽を広げていた。
「ほらコータ、出番だぞ」
「え、ええ……? 挨拶なんていらないんじゃないかな……それかアビーがやるとか……」
「どうしてですかコウタさん? 収穫祭のはじまりは村長が挨拶するものですよ?」
「んだ、巨人族の里でも、祭りは里長の掛け声ではじまるだ!」
「ふむ。我が暮らした研究都市に『収穫祭』はなかったが、慶事は最も上の人間が口火を切るものであったな」
「まあだいたいの集団でそうじゃねえか?ってことで! ほれコウタさん!」
エヴァンが木のコップをコウタに手渡す。
コウタの鼻に、ふわっと甘い香りが届いた。
「エヴァンさん、これは?」
「よく聞いてくれたコウタさん! コイツは精霊樹の実を、漬け込んだ酒だ!」
「待て待ておっさん。精霊樹から落ちた実は、それ以上熟さねえから酒にはならねえし、漬け込んだところで溶け出さねえって研究が」
「心配すんなお嬢ちゃん! これァ俺が精霊樹にお願いして、特別に用意してもらった実よ! ちゃあんと風味が移ってるのは確認済みだ!」
「あの、エヴァンさん、酔ってます? 確認済みってことはもう飲みました?」
「飲んでないですー。試飲程度じゃ飲んだうちに入らないですー」
「ダメだこの酔っ払い……最近はまともだったのに……」
へらへら笑うエヴァンを見て、アビーは天を見上げた。
青い空に精霊樹の枝が張り出してさわさわ揺れる。
「収穫祭なんだ、かてぇこと言うなって! ほれほれ、みんなコップを持ってな?」
ご機嫌なエヴァンが、果実酒入りの木のコップを配る。
巨人族のディダにも同じサイズのコップが配られた。ディダが持つと小さく見える。
エヴァンはカークの前にもお酒入りのコップを置いた。
「えっ。カラスってお酒飲んでも大丈夫なの?」
「どうなんだろうなあ。まあカークはカラスでも、三本足で魔法も使えて一部のモンスターとも会話できんだ。大丈夫じゃねえか?」
「カアッ!」
「『はい』かあ。けど無理しないで、少しだけにするんだよ。俺も一口だけのつもりだし」
「おっ、じゃあ残りは俺がもらってもいいかコウタさん? カークも」
最後に、エヴァンは木のコップを精霊樹の前に置いて。
準備は整った。
「うし。じゃあコータ、一言お願いします!」
「うう、緊張するなあ……」
アビーに促されてコウタが立ち上がる。
丸く並んだイスの中心の、開いている空間におずおず進む。
緊張で硬くなったコウタを励ますように、カークが肩に止まる。コウタの頬に体をこすりつける。
「えっと……」
広場の真ん中に立って、コウタはまわりを見渡した。
四人と一体の目がコウタに注がれる。
「こういう経験は初めてだから、それっぽいことは喋れないけど」
「気にせずともよい、コウタ殿。ここには友しかおらぬであろう?」
「そうだそうだ、ゆるーくな! そんでできるだけ短くな!」
「早く飲みたいだけじゃねえか酔っ払い! まあコータ、アレなら乾杯の音頭だけでいいって」
「『ふぁいと』です、コウタさん!」
「お、おらもあそこで喋るのは無理だなあ」
口々に気楽なことを言い出す仲間を前に、コウタは目を閉じていた。聞いていなかったらしい。マイペースか。
「みんな、ありがとう。もし俺が一人だったら、いくら【健康】があっても生きていけなかったと思う」
「カァ?」
そうか?とばかりにカークが鳴く。【健康LV.ex】への信頼度が高すぎる。あるいは、追い詰められたらコウタは行動すると思っているのか、それとも「俺はコウタを一人にする気はねえ」という決意の表れか。
「みんなだけじゃなくて、精霊樹も、鹿も、〈ワープホール〉で物資を送ってくれるアビーの家族も、ベルと取り引きしてくれてる街の人も。ほんとに、感謝してるんだ」
コウタは、目が覚めたら異世界にいた。
【健康】があったとしても、誰かが、何かが欠けていたら「健康で穏やかな暮らし」はできなかっただろう。
少なくともコウタはそう思っている。
コウタが伏していた視線をあげる。
収穫祭にもかかわらず、場はしんみりしてしまった。
ちょっと困ったように笑って。
「精霊樹と、湖と、みんなに」
木のコップを掲げる。
応じて、四人と一体も掲げる。一羽はかわりに羽を広げる。
「それから……これからも、『健康で穏やかな暮らし』を過ごせることを祈って。クレイドル村に!」
「クレイドル村に!」
五人と一体の声が揃う。鳴き声も入れれば一羽の声も。
「乾杯!」
五人と一羽と一体。
こうして、クレイドル村初の収穫祭がはじまった。
ちなみに。
クレイドル村の名付けは、コウタとアビーがいくつも候補を出し、ベルとディダとクルトが「この世界では悪い意味を持つ」名前を弾いて、最終的にくじ引きとした。
箱に入った棒くじを選んだのはカークで、箱から引いたのはコウタだ。
傷ついた、あるいはワケアリの者たちがたどり着いた時に、健康で穏やかな暮らしを送れる場でありたい。再生するための揺りかごとなる。
コウタの意図を汲み取ったアビーの提案だ。ほかに終着点、安息、再誕、盆地、希望などを意味する言葉も選択肢もあったが、厳正なるくじ引きの結果、クレイドルとなった。
アビーが入れた「絶黒の森だしいっそ『絶望』で!」「『蜘蛛』の糸もいいな!」「魔王、はいるのか。んじゃ『大魔王』か『隠しダンジョン』」などという悪ノリの名前にならなくて幸いである。
一人と一羽がこの世界で目覚めてから九ヶ月。
【健康】なコウタと【導き手】のカークが生活をはじめた絶黒の森の拠点は、この日をもって「クレイドル」村と呼ぶことになった。
もっとも、まだ小さな畑といくつかの簡素な家や倉庫があるだけの、「集落」レベルではあるが。