第二話 コウタ、二つ目の畑でも収穫作業?を行う
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ九ヶ月。
芋の収穫をさっくり終えたコウタは、もう一つの畑の前に立っていた。
「じゃあ、いきまーす。こっちはどうかなあ」
「カアッ! カァ、カァーッ!」
気の抜けたコウタに、カークが気合い入れ直せ!とばかりに鳴く。
地面をぴょんぴょん飛び跳ねてバッサバッサと羽をバタつかせる。
もう一つの畑に植えられているのはカラス麦だ。カラスのカークのテンションは高い。そもそも元の世界のカラス麦とは違うはずなのに。
「よいしょっと」
カークの興奮をよそに、コウタはひと束のカラス麦を刈った。
荷運び人のベルが街で買ってきた農具を使って、ではない。
コウタが手にしているのは黒い直剣である。
大木さえ一刀で伐り倒す鹿ツノ剣は、カラス麦をスパッと刈り取った。
「おお……ちゃんとなってる……」
手にしたひと束のカラス麦を、コウタがぼうっと見つめている。
木々を伐り倒した。
耕して畑にした。
手入れをしてきた。
会社を辞めて以来、漫然と日々を過ごしていたコウタにとって、自分で育てた農作物の収穫は特別なものであるようだ。
「カアッ! カァ、カー、カアッ!」
カークは、コウタの手からこぼれ落ちたカラス麦をついばんではわめいている。お気に召したらしい。
一人と一羽がそれぞれの反応を見せる横で。
「今度こそ収穫を手伝うだ! 里では収穫はみんなでやるものだったべ!」
「僕はみなさんが刈ったものを運んでいきますね! 【運搬】は任せてください!」
「ふむ。人手が必要であればスケルトンを召喚しよう。清浄なこの地ではすぐに朽ち落ちるであろうが、短時間ならば問題あるまい」
「はっ、必要ねえよクルト! どれ、オレが〈空間斬〉でスパッと」
巨人族のディダ、荷運び人のベルにワイトキングのクルト、『逸脱賢者』のアビーが張り切っていた。
なにしろ、三人と一体とも芋の収穫では出番がなかったので。
だが。
「斬っていいんなら俺の出番だな!」
「エヴァン?」
「この程度の広さなら任しとけ! どいてろコウタさん!」
ディダとベル、クルトとアビーよりも、張り切っている男がいた。
小さな畑の前で、腰だめに剣を構える。
先代剣聖・エヴァンである。
「あっうん。そうだ、俺ごとやっていいよ。あ、カークは避けておいてね」
「カァー」
「平気平気、俺は【健康】で怪我しないから」
「カァ、カァ…………」
「横着すんなコータ! 何があるかわかんねえんだからどいてろって!」
呆れたカークのフライングキックとアビーの注意に、コウタはのそのそと移動する。
その間にエヴァンは体と剣に魔力をまとわせる。
コウタが畑から退いたのを確認して、エヴァンが剣を振るう。
「飲んだくれてるだけじゃねえってところを見せてやる! おらァ!」
スキル【アルコール中毒LV.1】の叫びとともに、斬撃が飛んだ。
エヴァンの魔法剣〈無間斬〉である。本人は名前を気に入っていないようだが、それはそれとして。
先代剣聖の奥義が振るわれると、畑になっていたすべてのカラス麦が刈られる。
小さな畑とはいえ、一面をひと振りで。
「おおー! すごいねエヴァン! あっという間に刈れたよ!」
「カアカアッ!」
「すげえ、すげえけどよ……また出番がなかった……」
「げ、元気出すだアビーさん! おらも何もしてねえけども……力仕事だから、巨人族のおらは役に立つかなあって、里では一番小さくて役に立たなかったけどここならって……」
「ふむ、なるほど。かつての魔導国も、農作業は魔道具ではなく剣士に頼るべきであったやもしれぬな」
「この世界の収穫作業は案外簡単なんだなあ」
「あっさり順応してんじゃねえコータ! これ普通じゃねえからな? さっきのコータのもおかしいからな?」
「すごいですエヴァンさん! 落ちた穂は僕が運びますね!」
「おらも! おらも手伝うだ!」
「ありがとうベル、ディダも。何もしなかったからね、俺もやるよ」
「お、おうそうだなコータ! 落ち込んでる場合じゃねえ、せっかくの収穫なんだ、ちっとは作業さしてくれ!」
「カァ? カァー」
エヴァンの刈り込みに、ぽかんとしていた一同が動き出す。
落穂拾いである。微妙に違う。いや、落ちた穂を拾うという意味では間違っていないが。
カークは、ぜんぶ俺のじゃねえのか?と残念がっていた。
「やっぱり、名前は同じでもだいぶ違うかな? 元の世界のカラス麦より麦っぽい。このあとはどうするんだろ」
「んー、だいたい同じじゃねえのか? なんとかして実を外して、脱穀?して」
「殻を外すのは干してからみたいだね。ベルが聞いてきてくれたよ。……天日干しなのか陰干しなのか」
コウタが頭を悩ませる。
腰紐——イビルプラント——がうねうね動いて日向を指す。
農業経験の少ないコウタたちよりも、モンスターの方が知識があるらしい。同じ植物だからか。それでいいのか。
「うう……里じゃコレは育ててなかったからわからないけども、おらなんでもやるだ!」
「ありがとうディダ。けど、ディダは午後からが本番だからね、がんばって!」
「カアッ!」
張り切っていたのに思いのほか役に立たなかったせいか、ディダはすっかり落ち込んでいた。
大きな手で大量の穂を集められるため充分戦力になっているのだが、本人の気持ちの問題である。
だが、今日はこれで終わりではない。
初の本格的な収穫は午前中に。
午後は、また別の作業を行うことになっていた。
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ九ヶ月。
「健康で穏やかな暮らし」を目指した村づくりの、初の収穫作業は順調に終わって。
午後は、「進水式」が予定されている。