第十章 エピローグ
コウタとカークがこの世界で目覚めてから八ヶ月が過ぎた。
三体のモンスターを見送った翌日、コウタたちは絶黒の森に切り開いた道の途中にいた。
北側の再探索をするわけでも、死の谷を抜けて街に向かうわけでもない。
「うっし、んじゃ頼むぜクルトさん!」
「うむ、任せよ」
「本当にいいのエヴァン? 昨日見たときはだいぶ強そうだったけど……」
「心配すんなってコウタさん! 俺ァ元剣聖だぞ? ここ十数年で一番調子いいしな!」
「はしゃぎすぎだろおっさん。コータ、もしもの時は止めに入れるようにしとこうぜ」
「それはもちろん」
「カァー」
「うう……おら、緊張してきただ……」
日課の戦闘訓練である。
だが今日は、いつもとは違う場所でいつもと違う相手との模擬戦だ。
なおベルはいつも通り、売却する魔石や素材を持って街に向かった。
「僕は戦えないので!」と明るい声で言い切って、瘴気渦巻く絶黒の森と冒険者を阻む死の谷を一人で抜けて。
拠点にしている湖のほとりより瘴気が濃い森で、クルトがアンデッドを召喚する。
クルトの魔力と森に漂う瘴気を集めて、一体のモンスターが顕現した。
禍々しい漆黒の全身甲冑に身を包んだアンデッドである。
ちなみに昨日すれ違った際には、三体のボスモンスタークラスが怯えていた。
「くー! いいねいいね!」
「なんというか……エヴァンって戦闘好きだったんだね……」
「そりゃな、そうでもなきゃ『剣聖』まで実力つかねえだろ」
「こ、これとやるだか!? お、おらがんばるだ! みんなを守れるようになりてえから!」
「ふぅははは、心配はいらぬ、ディダ殿。コレは特製の試作機ゆえな、ディダ殿には汎用機でお相手しよう」
「しさくき? はんようき?」
「カァー」
言葉が理解できなかったのか、ディダが首をかしげる。
カークは、クルトはすっかりコウタたちに毒されてんな、とばかりに呆れ声だ。
コウタたちが呑気に会話している間に、エヴァンと全身甲冑アンデッドとの戦闘ははじまっていた。
エヴァンは片手半剣で、アンデッドは黒光りする片手剣と盾で応戦している。
「うわ、二人ともすご…………えっなにいまの速くない!?」
「ほんとすごいだ! 里長よりも強いかもしれねえ!」
「オレも接近されたら危ねえなこれ。クルト、こいつに名前はあるのか?」
「つけておらぬ。強いて言えば試作一号機であろうか。リビングアーマーを素体に、内部に人工骨格を接続。内外ともに魔術紋で強化したものだ」
「あの……クルト、それ目標からズレてない? 大きくて強いけど、理想のお嫁さんとはかけ離れてるような」
「ふはは、心配はいらぬコウタ殿! これは過程である! 小型化よりも課題を洗い出すことが大切ゆえな。それに、これだけ戦えるのだ、護衛にも使えるであろう」
「なるほど……俺てっきり、クルトは強い人が好きなのかと思ったよ」
「カァー」
会話の合間に、エヴァンと試作一号機の剣戟が響く。
エヴァンの武器はありふれた鉄の剣なのに、頑丈そうな一号機の甲冑にも盾にも傷がついている。
「いいねえいいねえ! んじゃちっと本気出すか!」
距離を取ったエヴァンが大上段に剣を構える。
防御の意識が強いのか、試作一号機は盾をかざすだけで追撃しない。
エヴァンの体を魔力が巡る。
やがて、魔力はバチバチと音を立てて。
「な、なんだろ、前に見せてもらった時より迫力あるような」
「明らかに魔力過多だろ! 無理すんなおっさん!」
「はっ、〈無間斬〉なんかじゃねえ、ホンモノの奥義を見せてやるよ!」
エヴァンが体に魔力をまとう。
剣も、体も、時おりバチッと、稲光に似た光が走る。
「死ねぇぇぇえええええええええ!」
エヴァンが叫ぶ。
体がブレる。
と、残像を残してエヴァンが消えた。
「…………え?」
「そりゃたしかに、斬れる気がしねえのはコータだけだろうなあ。初見でコレやられたらオレも防げねえわ」
「み、見えなかっただ……」
「安心するがよい、ディダ殿。我も見えなかった。なんぞこれ現代人は強過ぎぬか」
もちろん消えたわけではない。
エヴァンは、試作一号機の向こう側にいた。剣を振り下ろした姿勢で。
一号機が構えた盾も、禍々しい鎧も、一撃で斬り裂いて。
「おおおおおお! すごい、すごいよエヴァン!」
「カア! カァカア、カアーッ!」
「いやほんとすげえなおっさん! すまん、『剣聖』舐めてたわ!」
「っと、やっぱまだキツイな」
駆け寄るコウタとカーク、アビーの前でエヴァンがぐらつく。
剣を支えに持ち直したものの、その剣は途中からぽっきりと折れた。
「あっ……」
「まあただの剣じゃ耐えられねえわな。精霊樹の実のおかげで痛みが和らいで、せっかく本気出せるようになったのによ」
「カァー」
「エヴァン、義手はどうだ? 動くか?」
「ん、こっちは問題ねえ。はっ、俺の体より剣より義手の方が頑丈だなんて皮肉なもんだねえ」
エヴァンが左手を掲げてかちゃかちゃ動かす。
コウタとアビーがアイデアを出してクルトが作った義手は、エヴァンの本気の一撃でも壊れることはなかった。
【竜呪】と【魔力阻害】に冒された体は痛みが走り、ここまで旅をともにしてきた鉄の剣は折れたのに。
「痛みは前よりラクになってるしな、こんだけ体が動くならいい剣が欲しくなっちまう」
「よかったら鹿からもらった剣を使う? 俺が使うより、エヴァンの方がうまく使えるだろうから」
「おいおいコウタさん、普通の人がその剣を使ったら瘴気でおかしくなっちまうって」
「あ、そういえばそうだっけ」
「ふむ。【竜呪】【魔力阻害】により体の使用に制限があり、武器を求めるか。ではエヴァン殿、意識を飛ばし、あのようなリビングアーマーに乗り移って戦うというのはいかがか?」
「…………は? そんなことできんのか?」
「おおおおお! 人型ロボットを操作するんだ!」
「待て待てコータ、いまのままじゃ憑依型だぞ! なあクルト、乗り込み型はできねえのか!? おっさんの体を動かすんじゃなければいいんだろ!?」
「ナイスアイデア、アビー! そうだよ、そうすれば大きくできるんだから!」
「おおっ! 10メートルクラスの機体で、いまの技を使ったりな! くうっ、見てえ、見てえぞ!」
「カアッ! カアカアッ!」
クルトの提案に、エヴァンではなくコウタとアビーが暴走する。あとカーク。
憑依型でも乗り込み型でも、「自分以外の体で戦う」想像にテンションが振り切れている。
「お、落ち着けってコウタさん、嬢ちゃんも」
「お、おっきくなれるだか!? おらおっきくなれるだか!?」
「ディダ殿、それは大きくなったとは言えぬだろう。だが……なるほど、興味深い『あいであ』であるな」
当事者なのに、エヴァン本人はまわりのテンションについていけず引いている。
もっとも。
「ははっ、体が動かねえ、本気を出せねえ、全盛期から衰えてく一方だって腐ってたのが嘘みてえだぜ」
エヴァンもまた、楽しそうに笑うのだった。
「ほれほれコウタさんも嬢ちゃんも、案出しはあとにして戦闘訓練再開すんぞ! また北に行って雑魚モンスター討伐すんだろ?」
「あっ、そうだったね! よし、じゃあ次は俺が戦るよ!」
「おー、コータがすっかり乗り気になってる。んじゃオレはその次な!」
「カアッ!」
「おらもやるだ!……けどその、最初はあの試作一号機以外のヤツにしてもらっていいだか?」
「くははっ、もちろんだとも! ではそれぞれに相性のいいアンデッドを用意するとしよう!」
コウタとカークがこの世界で目覚めてから八ヶ月が過ぎた。
移住したエヴァンはこの生活を満喫して、コウタたちにはクルトや三体のモンスターといった隣人も増えてきた。
北の地にダンジョンが生まれるのか、絶黒の森は発展していくのか。
少なくとも、いま、コウタは健康で穏やかな暮らしを送れている。
拠点はせいぜい集落で、目標としている「村」とは呼べないが。名前も未定だ。
ちなみに、絶黒の森北側の虫系モンスターと植物系モンスターを討伐することは、アラクネもドリアードも希望の鹿も許可済みである。勝手に変異したモンスターのため、仲間意識はないらしい。