第十六話 コウタ、森の北側の探索を終えて仲間とともに日常に戻る
コウタとカークがこの世界で目覚めてから八ヶ月が過ぎた。
絶黒の森の北端で出会った三体のモンスターは、精霊樹から授かった苗木を手に帰路についた。
「そういえば、アビー。あの三人は『鑑定』しなかったけど……よかったの?」
「いや、モンスターはまだ『鑑定』できねえんだ。興味あったんだけどなあ。特にドリアード」
「会話はできないけど、喋れるようになってたもんね」
「カァー」
「くっ、ビフォーアフターが見たかったぜ!」
「あれ? けど、ワイトキングのクルトは鑑定できてたような」
「ああ。クルトの場合は元が人間だったからな。なんて言うかな、オレのいまの『鑑定』は、世界記憶から人物の記録を参照してる、ってイメージなんだ」
「は、はあ」
「そのうちモンスターやモノも『鑑定』できるようになりてえんだけどなあ。まあ、そのへんは今後の課題ってことで!」
「う、うん」
「カァー。カアカァ」
「課題を明確にすることは、研究を進める大事な『すてっぷ』である。アビー殿、我も協力しよう。人に限らぬ生物、物品を鑑定できれば我も役立てられるゆえな」
「おう、ありがとよクルト」
精霊樹、三体のモンスター、ダンジョン化するかどうか、鑑定。
逸脱賢者のアビーや、古代魔法文明の生き残り魔導士であるクルト、研究者気質の二人が関心を持つことは数多い。
絶黒の森になにもなくとも、二人、もとい、一人と一体はこの生活を満喫していた。
「はい! コウタさん、荷物を運ぶ準備ができました! さっそく街に行ってきましょうか?」
「うん。必要なものはこの前渡したリストの通りだよ。申し訳ないけど、お願いできるかな?」
「もちろんです! 荷運びは荷運び人の僕に任せてください!」
精霊樹と三体のモンスターのやり取りを横目に、荷造りに邁進していたベルも、この生活を楽しんでいると言えるかもしれない。
なにしろ、唯一の「荷運び人」として、健康で穏やかな暮らしを送るための村づくりに貢献しているのだから。
「なら、おらはひさしぶりに漁をするだ。休んでた分、魚も増えてるかもしれねえだな!」
「よろしくねディダ。じゃあ今日の夕飯は、魚料理にしようか。……ディダとアビーが作ってくれれば、だけど」
「うぇへへへ……おらが頼られて……任せてくれコウタさん!」
北の地の探索を終えて、それぞれは日常に戻る。
巨人族のディダは、さっそく趣味にして仕事の投網漁に取り掛かるようだ。
養殖場や桟橋、カヌーの作成よりも漁を優先するあたり、好みがうかがえる。
里では「一番小さいから」と漁に出られなかったディダもまた、絶黒の森で充実した日々を送っている。
そして。
「なあクルトさん、さっきのヤツと戦わせてくんねえか? ほら、義手の調子を見んのも必要だろ?」
「うむ。このあたりは瘴気がなく厳しいゆえ、離れた場所にて行おう」
「っしゃ、話が早くて助かるぜ! 痛みもちったぁ引いてきてここんとこ飲んでねえからな、だいぶ調子戻ってきたとこ見せてやるよ!」
最近移住した、先代剣聖・エヴァンもまた、絶黒の森での生活を満喫していた。
体にはしる【竜呪】による痛みは精霊樹の実で軽減されて、失った左腕はクルトとアビーの合作である義手を得た。
歳を取って衰えたといえど、ここ十数年ではいちばん体の調子がいいらしい。酒のストックが足らずこのところ飲んでいないし。
エヴァンとクルトは連れ立って拠点の外に向かう。
広場にはコウタとカーク、アビーが残された。
「ふと思ったんだけどよ」
「どうしたのアビー?」
「東にいた絶望の鹿……いまは希望の鹿か。それに、北のドリアードとアラクネ。絶黒の森で出会ったボスモンスターはこんだけだ」
「そうだね、クルトは【ダンジョンマスター】で別枠だもんね」
「ああ。そんで、コータはその三体とも従えてる。クルトも入れりゃ四体か? まあそりゃ冗談として」
「従えてる、のかなあ。みんな言うことは聞いてくれてるみたいだけど……」
「カァー」
「あの態度は『従えた』でいいだろ! まあそれはともかく!」
「うん?」
「コータはこの集落のリーダー、村長っていうか……もう、絶黒の森自体のボスって言えるんじゃねえか?」
「え、ええっ?」
「カアッ! カー、ガアッ!」
アビーのボス発言に、コウタは及び腰だ。
カークはコウタの肩に止まって、しっかりしろよボス!とばかりに鳴いている。煽っている。
「それに……うまくいきゃ、南に加えて北にもダンジョンができる」
「そうだね、そうなれば三体とも共存できるようになるからね。こういうの三頭体制って言うんだっけ?」
「それはまた別モンだろ! んでそれはそれとしてだな!」
「は、はあ」
「北と南にダンジョンがあって。そんで中央のここは、魔力に満ちてる。特別な存在もいる。モンスターはいねえけど、神サマに体を創られたコータとカークがいる」
「カア?」
「うん、そうみたいだね」
「で、立派な象徴的なモノもある。それも、北のダンジョン化がうまくいけば、そのシンボルの大元だ」
「カァ?」
「オレとクルトが話した推論の、必要な要素は揃ってる」
「あ、ほんとだ。……ねえアビー、まさか」
「絶黒の森自体が、二つの小ダンジョンを加えた超巨大ダンジョンになったりしてな! 精霊樹とオレたちが暮らす村を中心にして!」
「カ、カア?」
「まさかそんな、ねえ? ジョークだよねアビー?」
「だといいなあ…………ま、まあほらアレだ、クルトを見てたら住まいがダンジョンでも問題ねえって」
「そ、そっか、そうだよね」
「ああ、むしろダンジョン内は転移できて便利になるかもしれねえぞ? はは、ははははは」
「なんというか……」
「もともと穴だらけの推論だしな! ほら本気にするなって!」
「だよね! いくら『狭い盆地』だって、こんな面積のダンジョンになったら大変だもんね!」
「そうそう! ラスボスがいるラストダンジョンかよ!ってな!」
「ちょっ、アビー、そしたら俺たちがボスになっちゃうじゃん!」
「ならオレは四天王の魔法枠な! ラスボスは任せたぞコータ!」
「いやいや柄じゃないって! そこはほらクルトにさ!」
「カア? カアカァ、ガアッ、ガーッ!」
精霊樹と小さな湖のほとりの広場に、二人の乾いた笑い声が響き渡る。
コウタもアビーも、なかばヤケクソで冗談のような思いつきに乗っかっていた。
カークだけは、俺はラスボスの相棒な!とばかりに本気で乗っていたが。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから八ヶ月が過ぎた。
一人と一羽がいたことで、絶黒の森は変化を迎えていく。
巨大ダンジョン化するかどうかはともかく、現段階でも人が暮らせる環境は整いつつあるので。
「そうだ! この村……集落の名前を決めないとね! ダンジョンどうこうじゃなくて!」
「おっと、そっちの方が大事だったな! 任せたぞコータ!」
「カア? カァー」