第十五話 コウタ、シンボルを得た三体のモンスターを見送る
コウタとカークがこの世界で目覚めてから八ヶ月が過ぎた。
コウタやカーク、アビーたちは、小さな湖のほとり、精霊樹の前にいた。
いるのは拠点に暮らす人間たちだけではない。
絶黒の森で縄張り争いをしていたドリアードとアラクネ、それに希望の鹿もいる。
精霊樹の前に二体はひざまづいて、一体はかがんで。
「んんー!」
かがんだドリアードは、地面を両手についてうなっている。
精霊樹がさわさわと葉を揺らす。まるで、がんばれ、と応援しているかのように。
「どうしたの? そこになにかあった?」
「魔力が放出されてる? それも、ドリアードの手と精霊樹の根っこから……? なんだこれ」
「わからぬ。本当に、コウタ殿といると我も知らぬことがよく起こるものだ。くふふっ、すべては我の夢を叶える糧になるであろう」
「な、なんだか、こうして見てるとかわいいだな。小さい人間の、もっと小さい子ども見てえだ」
「でっかい嬢ちゃんは純粋だねえ。悪ィことが起こらなきゃいいんだけどよ」
地面に手をついたドリアードの姿をコウタたちが見守る。
やがて。
「やー!」
幼女——ドリアードのかけ声とともに、地面が盛り上がった。
ぽこっと土を割ってでてきたのは一本の細い木だ。
コウタのヒザあたりまでにょきっと成長する。
「へえ、異世界の木ってすぐ成長するんだなあ」
「そんなわけねえだろコータ。精霊樹の苗木、いや、分け木っていうのか? 株分け、みたいな?」
「カァ?」
「とー!」
ドリアードがさらに声を出すと、盛り上がった地面はぽろっと外れた。
満面の笑みを浮かべたドリアードが、小さな苗木と根をおおう球状の土を抱える。
「えっと……精霊樹から、ダンジョン化させるための『象徴的な何か』をもらったってことかな?」
「たぶんな。そりゃまあ精霊樹の樹ならシンボルには充分だろうけどな?…………ぁぁぁああああ! どうなってんだこれ! いきなり喋り出すし! 樹は樹で意思があるみたいにあっさりシンボル授けるし!」
「ほ、ほらアビー、俺たちはそのつもりで帰ってきたわけで、それはその、ドリアードが成長?したのは予想外だけど」
「こんなの! 帝立魔法研究所の連中に言ったところで信じてもらえないレベルなんですけどぉぉぉおおおお!」
「カァー。カアッ、カア!」
アビーが頭を抱えて、地面をゴロゴロ転げまわる。
そんなアビーを気の毒そうな目で見るのは、非常識に慣れていないアラクネと希望の鹿だけだ。
コウタは困り顔の半笑いで、カークは仕方ねえ、いつものことだ!とばかりに鳴いている。
ベルは我関せずと荷物の整理を続けて、ディダとエヴァンは遠い目で空を眺めていた。
ただ一人。
「くふっ、くははは、くははははは! なんと! なんということか! もしこれで北の地に『ダンジョン』を創り出せるならば、我の研究の一助となろう! ダンジョンは魔力もモンスターも生み出すゆえに!」
クルトだけは、上機嫌でドリアードと手にした苗木を眺めていた。
古代魔法文明の全盛期に生きた魔導士も、初めて知る現象だったようだ。
「えっと、どうかな? 俺の言ってることがわかる?」
騒がしいアビーたちを横目に、コウタがドリアードに話しかける。
精霊樹から魔力やら分け木やらを与えられて、言葉がわかるようになったことを期待したのか。
ドリアードはこてんと首をかしげた。
アラクネと希望の鹿は動かない。
「ダメか……でも、うん。よかったね。これで北側にダンジョンができれば、みんなケンカしないで平和に暮らせるよ」
コウタの目標は「健康で穏やかな暮らし」だ。
だがそれをモンスターに求めるのはどうなのか。
まあ、強力なボスモンスター同士の縄張り争いがおさまれば、拠点と絶黒の森が安全になると思ったのだろう。たぶん。
「みんなケンカしないって無理じゃねえかコータ? 虫系モンスターと植物系モンスターは争ってたぞ。同じ系統でも『仲間』って意識はないみたいだしな」
「そこは仕方ないのかなあ。生存競争とか、本能とかあるんだろうし」
「カァー」
「案外ドライだなコータ。カークはまあ当然として」
「カアッ!」
「まあ、それよりも、だ。なあコータ、侵入者が来たらどうすんだ? 貴重な素材を求めてきたニンゲン、とかな。襲わないように教え込むのか?」
「襲われたり荒らされたりしたらしょうがないと思うけど……できれば、俺に知らせてほしいかな。説得できないか試してみるよ」
「『しょうがない』って案外どころかけっこうドライだなコータ! ま、まあいいんじゃねえか? しょせん人間とモンスターなんだ、わかり合えるわけがねえ。わけがねえんだけど……」
アビーは一瞬空を見上げて、コウタに視線を戻す。
コウタは、しゅばっと苗木を掲げたドリアードの頭を撫でていた。
ドリアードは満足そうに微笑んでいる。
アラクネと希望の鹿は引きつった笑いを浮かべている。
「よし。じゃあ今日は拠点で一泊して、明日送るよ。誰か一緒に行く?」
「カアッ!」
「オレは行くぞ。その苗木がどうなるか見てえしな」
「我も行こう。果たしてダンジョン化するのか、兆しだけでも起こるのか。興味はつきぬ」
「なら俺も行かせてもらいますかね。護衛ってことで。いまいち消化不良なんだ、道中はクルトさん配下のアンデッドと殺り合わせてもらうぜ」
コウタの呼びかけに、カークとアビー、クルト、エヴァンがさっそく応える。
建築や漁業、もろもろ忙しいディダとベルは思案顔だ。
だが。
「カァー。カア?」
「ん!」
ドリアードとアラクネと希望の鹿は、揃って首を振った。
送ってもらわなくて大丈夫!と言わんばかりに。
「カア」
「そう? 大丈夫ならいいけど……」
「カァ。カァー」
「まあ、みんな『ボス』モンスターだもんね。じゃあここで見送るだけにするよ」
「くっ、まあ仕方ねえ、けどいずれ様子を見に行かせてもらうかんな!」
「うむ、その時は我も同行させてもらおう」
「カア。カァ?」
「ん!」
三体から拒否されて、コウタはあっさり諦めた。
苗木が気になるアビーとクルトも、案外すっぱり諦めた。まあ、二人は折りを見て行くつもりのようだ。植えたところですぐにダンジョン化することはないと踏んでいるのだろう。
「じゃあ、元気でね! ケンカしないで仲良く、何かあったらカークに知らせるんだよ」
「カアッ! カァー、カァッ!」
ドリアードの頭を撫でていたコウタが手を離す。
カークが、俺かよ!まあちょくちょく見に行くことにするけども!と鳴く。
コウタと離れた見た目5歳児のドリアードは精霊樹に近づく。
両手で苗木を抱えたまま、大木の幹にコツンと頭をぶつけた。
まるで、お別れの挨拶のように。
「まま! また!」
まるでも何もお別れの挨拶だった。
あぜんとするコウタたちをよそに、アラクネと希望の鹿も立ち上がる。
アラクネは、近づいてきたドリアードを人間部分の腕で抱えた。
落ち着かなくてぬいぐるみを抱える女性のようだ。
あと蜘蛛の糸を希望の鹿の前脚の一本に、ゆるく絡めている。
一人だけ逃げるなんて許さないわ、とばかりに。
希望の鹿の目は死んでいる。ホープレス。
こうして。
コウタたちに見送られて、三体のモンスターは精霊樹と小さな湖の拠点を去っていった。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから八ヶ月が過ぎた。
コウタは絶黒の森の探索をひと通り終えて、身のまわりの安全を確保した。
これからどうするのか。
拠点、もとい、数軒の住まいが建った集落の名前をどうするのか。
いまのところコウタに案はない。
「カァー」
カークにも。
次話は今週中に更新予定です。
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