第十四話 コウタ、三体のモンスターが精霊樹に挨拶するところを見守る
コウタとカークが目覚めて八ヶ月が過ぎた。
北の探索を終えたコウタたちは拠点の広場に戻ってきた。
「じゃあ僕は街まで行く準備を進めておきますね!」
「うん、ありがとうベル」
「いやこれからが気になるところだと思うんだけどなあ。マイペースすぎるだろベル。そりゃ荷運びは助かるけども」
ベルはさっそく、道中で討伐されて【解体】した魔石や虫系モンスター、植物系モンスターの素材の整理にかかる。
これまでクルトのダンジョンで討伐したアンデッドの魔石などとあわせて、街まで運ぶための準備をするようだ。
精霊樹を前にした三体のモンスターの反応とその後は気にならないのか。
きっとベルは荷運び人であることに誇りを持っているのだろう。もしくは極度のマイペースか。
「それじゃあ、挨拶だけど……」
「なあコータ、ダメだった時はどうすんだ? 殺る……倒すのか?」
「その時は移動してもらうよ。一体は北のままで、鹿はいままでも出会った東かな? もう一体は……西とか?」
「おら、まだ顔出しに行く気はねえんだども、西、里への道にいられるのはちょっと勘弁してほしいとこだ……」
「あーそっか、たしかに。ならクルトにお願いして南で、ダンジョンからちょっと離れた場所とか?」
「それは構わぬ。が、コウタ殿。この場にいるのだ、まずは試してみるべきであろう」
「そうだね、うん」
「なんつーかアレだな、俺ァ長く生きてきたけどよ、ここにいると狭い世界で生きてきたんだなあって気がするな」
「気にすんなおっさん。気にしたもん負けだ。気にし出したらなにもかもおかしいからな」
コウタたちの呑気な会話に遠い目をした先代剣聖のエヴァンを、逸脱賢者のアビーがなだめる。
常識外れの『逸脱賢者』でコウタと同郷であっても、すべてをわかり合えるわけではない。アビーのスキルに【スルー】がつく日は近いかもしれない。いきなりLV.exになりそうだ。
いつも通りの会話を交わす一行とは別に、連れてこられた三体のモンスターは固まっていた。
ワイトキングたるクルトに怯えてでも、ひとさまのお宅にお邪魔して落ち着かないわけでもない。
三体は、精霊樹を見上げて固まっていた。
やがてそれぞれ動き出す。
見た目5歳ぐらいの幼女、ドリアードは土の広場を駆けまわる。ときどき跳ねる。
満面の笑みを浮かべているあたり、ご機嫌であるらしい。
「古く生きた木の精霊が変異してモンスターとなった」といわれるドリアードにとって、精霊樹は思うところがあるのか。
下半身は蜘蛛で上半身は妖艶な女性、アラクネは、精霊樹からやや離れた場所で身を縮めた。
蜘蛛の足を丸めてお腹を地面につけ、人間部分は腰を折って小さくなっている。
敬意を表しているのか、それとも「抵抗しません」アピールなのか、単に怖がっているのか。
かつてコウタに片ツノを差し出した希望の鹿は、ぺたんと地面にお尻をついた。
残った右ツノと、生えてきた短い左ツノを上に向けて、呆然と精霊樹を見上げている。
絶望の鹿から変異した鹿は、コウタからもらった果実の存在感を知って、あらためて驚いている。
「えっと……?」
「とりあえず、三体とも樹に害をなす気はないってことなんじゃねえかなあ」
「だね。あとは挨拶と、北にダンジョンをつくりたいから『シンボル』になるような何かをもらえないかってお願いなんだけど……」
「カァ。ガアガァ、ガアッ!」
コウタが漏らした一言に反応してカークが鳴いた。
仕方ねえなあ、ほらお前ら、気合入れろ!とばかりに。
コウタの呟きが聞こえたのか、それともカークの指示に従ったのか。
二体のモンスターが動き出す。
アラクネは蜘蛛足を縮めたままおずおずと進む。
希望の鹿はへっぴり腰で精霊樹に近づいていく。
二体は、巨大な精霊樹の手前で止まった。
揃って足を曲げて頭を下げる。
「ありがとうカーク。あとは」
コウタが残る一体に目を向ける。
ご機嫌で跳ねまわっていたドリアードは、コウタに見られて動きを止めた。
目を輝かせて精霊樹に駆け寄る。
勢いのまま木の幹にぴとっと抱きつく。
「……あれでいいのかな。ま、まあ尊敬してる感じはするし大丈夫かな、たぶん」
「カァー」
自分に言い聞かせるコウタに、呆れた声でカークが鳴いた。
と、カラスの鳴き声に奇妙な音が重なる。
さらさらと葉っぱの擦れる音。
しゅーっと口からこぼれる擦過音。
ぴぃーっとどこか物悲しく感じる鳴き声。
三体のモンスターが発した音に、カークは満足そうに頷いた。
小さな湖の上を風が吹き抜ける。
精霊樹の葉が揺れる。
三体のモンスターが樹を見上げた瞬間に、果実が落ちてきた。
ドリアードは樹に抱きついたまま、髪の毛をうにょんと変化させて受け止める。
アラクネは人間部分の手を伸ばして押しいただく。
希望の鹿はひょいっと口でキャッチする。
「おー、認めてくれたみたいだね! よかった!」
「いやほんとよかったのかね。絶望の鹿を変異させた精霊樹の果実を、三体のモンスターに……どうなるんだこれ」
「カァー。カアッ!」
三体のモンスターは精霊樹に認められた。
コウタは無邪気に喜んで、アビーは呆れ顔だ。なだめるカークの声も届かない。
果実をもらったアラクネと希望の鹿はあとずさりして離れていく。
だが、ドリアードは動かない。
精霊樹に抱きついて、じっと瞳を閉じている。
「……あれ? どうしたの? なんか変な感じで……あ、そういえばドリアードは生気や魔力を吸収するって」
「たしかに、精霊樹からドリアードに魔力が流れてる。けどこれは……クルト」
「うむ。我も、ドリアードによる『吸生』『吸魔』ではなく、精霊樹より流し込んでいるように見える」
「だよなあ」
ドリアードは固まったように動かない。
そのまましばしの時が過ぎて。
「おっ、魔力の流れが止まった」
コウタたちが、見た目5歳の幼女・ドリアードをじっと見つめる。
幼女はそっと目を開けて——
「まま」
——精霊樹を見上げて、ポツリと呟いた。
「え? ドリアードは精霊樹の娘?」
「そこじゃねえだろコータ! おいおいマジか、ドリアードって人型だけど喋らねえって言われてて、くっ、なんだこれ!」
「我にもわからぬ。膨大な魔力を得たゆえか。それとも……精霊樹は、我らの時代には『世界樹』『神の宿り木』と呼ばれていたのだ。精霊樹を媒体にアビー殿が仮定した世界記憶と繋がったか、あるいは神より何らかの情報や力を授かったか」
「カァー」
頭を悩ませる逸脱賢者と古代魔法文明の生き残り魔導士をよそに、コウタがドリアードに近づいていく。
「えっと、あらためて。言葉はわかるようになったかな? 話は通じる?」
コウタがヒザをついて話しかける。
ドリアードはきょとんとしている。
【言語理解】があっても話は通じない。
「んー、ダメか。なんだったんだろうなあ」
「カァー」
「んんー!」
諦めかけたコウタとカークの前で、ドリアードは地面に手をついてうなった。
次話は週明けに更新予定です。
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