第十三話 コウタ、三体のモンスターを連れて拠点に帰る
「足りないのはシンボルかあ」
「まあ、それが揃ったところでダンジョン化するとは限らねえんだけどな」
「カァー」
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ八ヶ月。
絶黒の森の北端で、コウタとアビーが考え込む。あとカーク。
常識外れの二人と一羽に、荷運び人のベルと巨人族のディダ、先代剣聖のエヴァンは会話に参加することなくなりゆきを見守っていた。
それと、見た目幼女のドリアードと下半身は蜘蛛で上半身はやたら色気のある女性のアラクネ、片ツノの希望の鹿も。
「クルトに頼んだら何かもらえないかな」
「おい待てコータ、禍々しい感じのシンボルもらったらどうすんだ。クルトはアンデッドだぞ」
「いや、そこは古代魔法文明の遺産とか」
「デカい規模ならともかく、アイテム一個じゃそうとうのモノじゃねえとダンジョン化は厳しいと思うんだよなあ」
「カァー」
ドリアードとアラクネ、縄張り争いをしていた二体——あと希望の鹿——を共存させるために、絶黒の森の北側をダンジョン化する。
ダンジョン化するには「瘴気」「強力なモンスター」「象徴的な何か」が必要だというのがアビーとクルトの推論だが、この地には「象徴的な何か」がない。
もっとも、あったところで「狙ってダンジョンをつくる」のに成功した事例はないようなのだが、それはそれとして。
「そうだ! 戻って、精霊樹にお願いできないかな?」
「…………は?」
「その、みんなひと目でわかるほどすごい樹なんでしょ? 果実はアンブロシアで、幹も葉も枝も貴重な素材になるぐらいの」
「それはそうだけどよ……」
「祈ったら実をわけてくれたりするし……何かシンボルになるようなものをもらえないかなって」
「精霊樹レベルなら苗木でもシンボルにゃ充分だろうけど……イケるのか? ここは瘴気に満ちた場所で、精霊樹は瘴気を浄化しちまって……待てよ、魔力が陰陽ってんならダンジョン化するのに瘴気じゃなくてもいいのか? いやけど」
「ダメでもともとなんだし、やってみない? ダメだったら縄張りが重ならないように、それぞれ別の場所に移住してもらう感じで」
「カァー」
「まあそうだな、人工ダンジョンなんて成功例はねえんだし、やるだけやってみるか! んじゃ、探索はここまでにして帰るか? それとも、【運搬】【悪路走破】持ちのベルにひとっぱしり往復してもらうか?」
「えっと、ここから家までは、一日あれば往復できると思います!」
「早いな! 三日間かけてここまで来たのに、急げば往復一日って! 言い出したのオレだけども!」
「いや……うまくいけば、『絶黒の森』で暮らす仲間……隣人? になるんだし、連れていこうと思うんだ」
「はい? なんだってコータ?」
「三体とも、連れていこうと思うんだ」
「…………はい?」
「もちろん一緒に暮らすわけじゃなくて。ほら、精霊樹への挨拶ってことで」
アビーがフリーズする。
ディダとエヴァンはぎょっとしてコウタを凝視する。
ベルはニコニコ笑顔のままだ。
カークは、カアカァ鳴いて三体のモンスターに事情を説明している。たぶん。
「どうかなカーク?」
「カァー、カアッ!」
言い聞かせたから問題ねえよ、とばかりに、カークが勢いよく鳴いてYESを指す。
ドリアードは「樹」と聞いて目を輝かせ、アラクネは平伏して、希望の鹿はぷるぷるしている。
三者三様だが、ひとまず反対ではないらしい。
あるいはコウタやカークとの力の差を感じたせいか。
「よし。じゃあ、帰ろうか!」
話はまとまった、とコウタが宣言する。
一行はのそのそと動き出した。
ただ一人かたまった、アビーを除いて。
「あああああああ! 一体で街を脅かすモンスターを連れて帰るって! 常識外れの『逸脱賢者』より常識外れなんじゃないですかねぇぇぇえええ!」
再起動したアビーが、頭を抱えてごろごろ転げる。
が、コウタが申し訳なさそうな顔で見るだけで、一行は出発の準備を進める。
ディダもエヴァンも、逸脱賢者の逸脱した行動には慣れてきたようだ。
もちろん、この世界の価値観からズレたコウタの行動にも。
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「帰りはあっという間だったね!」
「カァー」
「戦闘がなかったからな。行きはあれだけモンスターに襲われたのに……」
絶黒の森の北端を出発して二日目。
コウタの視線の先に精霊樹の姿が映る。
まわりの木々も黒から灰色に変化している。
瘴気が薄いエリアに入った証だろう。
「あと一時間ぐらいかな。けど気を抜かないで…………あれ?」
「カアッ!」
「警戒しろコウタさん、モンスターの気配だ!」
「ベルさん、おらのうしろに!」
「はいっ! みなさん、がんばってください!」
拠点まであとわずかとなったところで、コウタたちは足を止めた。
カークと、先代剣聖のエヴァンが警戒を促す。
ガチャガチャと、金属音を鳴らす足音が道の先から近づいてくる。
「うわ……また強そうな……しかも禍々しい感じ?がする……」
「カァー。カァカア」
現れたのは、漆黒の全身甲冑に身を包んだ男だ。
思わず漏らすコウタに、カークはどこか気の抜けた声で背後に向かって鳴いた。
そこには、絶黒の森の北端から連れてきた三体のモンスターがいた。
片ツノの希望の鹿と、それにまたがる見た目幼女のドリアード。
心細いのか鹿に糸を絡み付けておずおずと横を歩くアラクネである。
三体は、現れた禍々しい全身甲冑を見てぷるぷる震えている。
それぞれが強力なモンスターであるはずなのに。
「任せてくれコウタさん。こいつァ剣士の匂いがする。なら俺の出番だろ!」
「大丈夫ですかエヴァンさん? 俺が抑えてる間にみんなでやった方が」
「ほらコータ、おっさんは消化不良なんだろ。群ればっかで強敵と戦ったわけじゃねえからな。けど……」
先代剣聖のエヴァンが足を止めたコウタたちの前に出る。
ありふれた鉄の剣を抜いて、右手と義手で剣を構える。
だが——
「あれ? なんか、道を譲ってくれてる?」
——戦いにはならなかった。
「むっ、帰ってこられたかコウタ殿。下がれ、その一行は敵ではない」
「やっぱり。クルトの配下のアンデッドか」
「うむ。留守を引き受けたゆえな、周辺を警戒させていたのだ。不在の間に何かあってはコウタ殿に顔向けできぬ」
禍々しい漆黒の全身甲冑は、古代魔法文明の生き残り魔導士にしてアンデッド——ワイトキング——の、クルトの配下であったようだ。
コウタたちが緊張を解く。
三体のモンスターの震えがひどくなる。
「なあクルトさん、あとでコイツと手合わせさせてくんねえか? 義手の試運転も見てえだろ?」
「うむ、ではのちほど場を設けよう。その様子だと、北ではあまり戦いにならなかったようであるな」
「ねえベル、ちなみにだけど……たぶんあのモンスターもアンデッド、つまり『生きてない』と思うんだ。【解体】できるかな?」
「はい! できそうな気がします!」
「できるのかよ……【解体】も【言語理解】も【健康】も、スキルが理不尽すぎるだろ……」
「げ、元気出すだアビーさん! 味方が頼もしいのはいいことだべ!」
希望の鹿とドリアードとアラクネの怯えをよそに、コウタたちは呑気なものだ。
ワイトキングで【ダンジョンマスター】のクルトの存在はいつものことで、アンデッドは敵ではないので。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから八ヶ月が過ぎた。
絶黒の森北側の探索を終えて、コウタたちは無事に「家」に帰れたようだ。
北側を縄張りにしていた二体のモンスターと、なんだかんだ長い付き合いの希望の鹿を連れて。