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魔王『最近川向こうにある山奥の廃城に魔王を名乗るヤカラが現れたので、ワガハイと一緒にその魔王とやらを討伐しに参ろうぞ!』 勇者「帰れ!」 その②


 勇者の居城の正門。

 愛馬にまたがった勇者が、執事に手を振る。



「んじゃ、行ってくるよ執事さん。サクッと退治して夕飯までには戻るから」


「かしこまりました。お気をつけて勇者様。しかし、くだんの魔王が偽物でしたとは」


『フヌハハ! 本物と偽物の見分けも付かぬとは! 人間はみな愚かじゃ! ワガハイはシティーボーイだというのに!』


「うるせー野ネズミ」



 頭の上ではしゃぐハムスターを、勇者が指ではじく。

 勇者が馬を出そうとした時、城門の上から声が聞こえた。



「勇者ちゃんずる〜い、私も行くぅ〜♡」


『おお! 占い師ちゃん!』



 煽情的なレースの衣装をまとった褐色美女が、城壁からふわりと飛び降りた。

 そのまま軽やかに勇者の後ろに収まると、勇者の頭上のハムスターをなでなでする。


「わお♡ 今日の魔王ちゃん可愛い〜♡」


『占い師ちゃん。この間はワガハイを助けてくれて感謝するぞ。まだこやつの城に居候しておったのか』


「色々あってね~♡ ここ涼しくって過ごしやすいし♡」


「おー。占い師ちゃんと魔物退治とか久しぶりだなー。んじゃ行くか!」




 ☆




 勇者と占い師と魔王。二人と一匹を乗せた馬が、ハイランドを駆ける。

 すれ違う羊飼いたちが、自らの領主へとこうべを垂れる。


 子供たちが走りつつ、二人に向かって手を振った。

 占い師が手を振り返すと、風に乗って色とりどりの花びらが舞い散った。




 勇者の治めるハイランドと隣接する領地の境には、大きな川が流れている。

 苔むした大作りの石橋を、二人を乗せた馬がゆっくりと歩く。



「勇者殿! 占い師殿! 魔王討伐の任務、ご苦労様でありますッ!」


「ども。ご苦労様でっす」


「お勤めご苦労さま~♡」



 橋の向こうに構えられた関所。警備兵たちが門を開け、一斉にかかとを鳴らし敬礼する。

 勇者が法王庁の印の入った腕章を兵に見せる。これは勇者にとっての外出許可証だ。


 馬から降り、さらに続く山地を仰ぎ見る。

 魔王が馬の頭に跳び移り、背筋を伸ばして木々の向こうに目をこらした。

 峠道のその向こう。山二つほど超えた所に、くだんの廃城がかすんで見えた。



『おお、あの城じゃな! 五倍拡大化・テレスコープ』


「三倍拡大化・テレスコープ!」



 魔王と勇者が同時に望遠魔法を唱える。



『うむ。勇者よ、見えるか?』


「ああ。バッチリだ」


『ふむ。やはりじゃ。天守にワガハイの魔王旗がかかげられておる。周囲の魔物は、あの旗を見て集まっておる様じゃな』


「天守だの旗だの下品な比喩を使うんじゃねえハム公。どれもみんな可愛らしいおちんちんじゃあないか」


『……』



 ハムスターが望遠魔法を解いて、勇者を振り返る。

 勇者は川辺で水遊びをする裸の少年たちを見ていた。



『おい勇者よ、どこへ行く?』


「フッ、素人か。情報収集は冒険の基本だ。ちょっとあの子たちに聞き込みしてくる」



 ふらふらと川辺へ歩き出した勇者を見て、関所の兵たちが感嘆の声を上げた。



「おおッ!! 流石は勇者殿!! 幾たび魔王を倒そうとも慢心する事無き、その慎重さ周到さ! 本官、感服致しましたッ!! オイ、我々が事前に調査した廃城の情報を持って来い!」


「ハッ!」



 兵の一人が駆け足で関所から書類の束を持ってきた。



「我らが集めた廃城の魔王に関する情報であります、お受け取り下さい勇者殿ッ! 内容をご説明いたしますかッ?!」


「い、いや、廃城に向かう道すがら、眼を通させて頂き……そうか、でも、あの子たちにも聞き込みは……」


「それには及びません勇者殿ッ! あれらはみな、この関所に勤める兵たちの子供です。あの者たちが知る情報も、全てこのレポートに記載されておりますッ!」


「そ、そっすか! ……ぐふッ! レポート有り難く頂戴しますッ!!」


「ハッ!」


『そうか……吐血する程に口惜しいのか、勇者よ』



 勇者が受け取った書類を荷物袋に納める。

 しかし、勇者の視線は未練がましく、水遊びをする少年たちへと再びさまよう。



「……兵士さん。この川では良く子供たちが川遊びを?」


「ハッ! なにぶんこの周辺は娯楽も少なく! 魚取りが子供たちのもっぱらのレジャーでありますッ!」


「そうですか。おお。素手で魚を捕まえた。じょうずだなあ。占い師ちゃん。オレはあの魚になりたい。腰のビクに入れられて、あの日に焼けた少年の家にお持ち帰りされたい」


『焼いて喰われる未来しかないぞ?』


「いたいけな少年の血肉になる。オレにとって、これ以上ないアガリじゃねぇのか? 占い師ちゃん。俺を魚にする魔法をかけてくれ」


「はいはい♡ 偽魔王倒した帰りにね♡」


「ウェーイ!」


『あの子たちが腹を壊してしまうわ。妄想はいいから早くゆくぞ勇者よ』


「バカ野郎! ちっちゃな全裸の男の子たちが川遊びをしている! 今この時、それ以上に重要な事があるかよッ!!」



 ふらふらと川辺へ歩き出した勇者を見て、関所の兵たちが感嘆の声を上げた。



「おおッ!! 流石は勇者殿!! 魔王討伐の重責を担いつつも、平民たちの安全を優先して下さるとはッ!! 魔王の軍勢に動きが無いために、本官少々油断をしておりましたッ! ご容赦くださいッ!!」


「ええ? う、うん、そうね! だからあの子たちを安全な場所に誘導を」


「ハッ!! 勇者殿!! 子供たちの避難は我々にお任せください!!」


「オ、オレも一緒に……」


「いえ! この様な雑務で、勇者殿の手をわずらわせる訳には参りません! 勇者殿は魔王討伐にご専念を! 避難誘導は我々にお任せくださいッ!!」


「そ、そっすね! ……うぐッ! お願いしあ゛すッ!!」


「ハッ!!」


『……血涙を流す程か、勇者よ』




 紆余曲折ありつつも、勇者一行は廃城に到着した。




 ☆




『うーむ。やはり魔の者を殺すのは心が痛むのう。安らかに眠れ、ホブゴブちゃんよ』



 ハムスターが勇者の頭の上で、倒れたホブゴブリンに向かい十字を切る。


 廃城二階。最初は威勢の良かった廃城の魔物たちも、勇者をみるなり散りぢりに逃げて行った。残ったのは多少腕に覚えのあるゆえに無謀な、半端な強さの魔物だけだった。



『ぐぬぬ。それもこれも全て、ワガハイの偽物のせいじゃ! それ、上へ急ぐのじゃ勇者よ!』


「るせー。頭の上で騒ぐな」


「慌てなくっても大丈夫よ~魔王ちゃん♡ ニセモノさんは最上階で待ってるみたい♡ あ、勇者ちゃん足元♡」



 勇者の足元で、感圧板がかちりと音を立てた。



「おっとトラップか。振り子罠とか原始的なシロモン仕掛けやがって」



 通路の横から丸太の振り子が襲ってきた。それを勇者がしゃがんで避ける。

 勇者の頭上をかすめ、丸太が反対の壁に激突した。


 丸太と壁の間で、何かが潰れた音がした。



「……魔王ーーーーーッ?!!」


「魔王ちゃ~~~~ん?!!」



 叫ぶ二人の横で、ホブゴブリンの死体がむくりと起き上がった。



『落ちてしまったではないか! こりゃ勇者よ、ズボラせずちゃんと罠をよけぬか!』


「あ……」


『え……?』



 ホブゴブリンが壁の赤いシミを見た。



『ハムスタぁーーーーっ!!』  


「いや! お前が乗ってるの忘れてて! 悪気はなかったんだ魔王!」


『ぬぐうううう! ……まあ良し。次からは気を付けよ勇者よ』


「……切り替え早いな」


『フヌハハハハハ! 伊達に死に慣れてはおらぬわ。よいしょ』


「ホブゴブリンの依り代でオレの頭に乗っかろうとするな!」




 ☆




「あとはもうこの上だけかー」


『おお! この扉の向こうじゃ! ゆくぞ勇者よ!』



 ホブゴブリンが戦斧を担いで階段をかけ上がり、正面にある扉を開けた。

 勇者たち三人を出迎えたのは、野性的な笑い声だった。



《ブヒヒヒヒ! 良くぞ来たな勇者よ! ワガハイが魔王オークキングだブヒ!》


「……。ブタかぁー。」


「ブタだわねぇ〜……。」



 最上階の玉座に座るのは、巨大なオークだった。

 勇者と占い師がしんなりと肩を落とす。

 勇者の手にした聖剣も、若干しおれて見えた。



「ま、まあまあ♡ 勇者ちゃん、聖剣ちゃん♡ こういう日もあるわよぉ♡」


「でもこう、もうちょっとこう、盛り上がりをさ、まあ偽物なんだけどさぁ……」


《何がニセモノだブヒ! 先代魔王の持っていた魔剣を、魔王城跡地でやっと見つけたんだブヒ! だからワガハイが新たなる魔王なんだブヒ! 勇者よ、この魔剣で先代魔王のカタキを取る時が来たんだブヒヒイ!!》


『おお! おぬしは魔王四天王配下の魔王十傑衆オークキングではないか! 生きておったか! よくぞ魔剣を持ち帰ってくれた! さあ、魔剣をわが手に!』


《なんだブヒ?! 新参のホブゴブリン風情がワガハイを呼び捨てにするとは! ワガハイは魔王オークキングだブヒよ?! 頭が高いブヒ!》


「ブヒブヒうるせぇ……」


「ええ、ちょっとねぇ……」



 めっきりやる気を失った勇者と占い師が、静かにため息を吐く。

 ホブゴブリンだけがオークキングに怒鳴り返す。



『魔王はワガハイじゃ! 四天王にもなれぬ下っ端風情が! 魔剣をワガハイに寄越すのじゃオークキングよ!』


《魔王はワシだブヒ! 生意気なホブゴブリンだブヒ! 勇者に付くとは、この裏切り者がブヒ!!》


「語尾、不自然じゃね?」


「キャラ付け頑張ってるんでしょうけど、ねぇ……」


『ええい、おぬしらもいつまでしょぼくれとるんじゃ! ラスボス戦じゃぞ!』


「ええ〜? コレが〜?」


《バトル中に何をよそ見してるブヒ!!》


『うおっ?!』



 オークキングが魔剣を振るう。刃からどす黒い魔力がほとばしる。

 ホブゴブリンの首が、一撃のもとに跳ね飛ばされた。 



「魔王ーーーーーーッ?!!」


「魔王ちゃ~~~~ん?!!」


《ブヒヒヒ! ワシに逆らう者はブヒッッ?!!》



 勇者がブタの頭をカチ割りつつ、ホブゴブリンへと駆け寄った。

 ホブゴブリンの死体を見下ろす二人の横で、オークキングがむくりと起きた。



「あ」


『ぬううオークキングめ、優しくしておれば付け上がりおって! 勇者よ! ワガハイはもう手加減せんぞ! あのニセモノ魔王めが!!』


「お……おう」


『ぬ?! あのニセモノ魔王め、どこへ逃げおった?! 勇者よ、ニセモノはどこじゃ!』


「いや、ええと、お前がその、ニセモノでだな」


『おぬしまで何を言う! ワガハイこそが本物の魔王じゃ! ニセモノはあっちじゃ! ニセ魔王め! 隠れておらんで出てこい!』


「だからお前が魔王で、ニセモノがお前の体でだな!」


『何を言う勇者よ! ワガハイが魔王なのは当たり前じゃろうが! ワガハイが探しておるのはあのニセモノの――』


「面倒くせえなもーーーっ!!」



 勇者がオークキングの首を跳ね飛ばした。

 同時に、窓辺に吊るしてあったウサギがぱちりと目を覚ました。



『お? おお、なんじゃ勇者よ! おぬしがオークキングを倒してしまっておったのか! ワガハイが倒そうと思っておったのに。まったく!』


「……ああ、うん、まあね。ごめんなー魔王」


『しょうがないヤツじゃのう。まあ殺してしまったものは仕方ない。フヌハハハハハ! どれ、魔剣を……む? なんか魔剣がでっかいのう』


「うん。お前ウサギだもん」


『な、なんじゃと? 本当じゃ!』


「まあ、ニセモノ倒したし、帰るか」



 頭にウザギを乗せた勇者が階段へ向かおうとしたその時。

 名状しがたきおぞましい気配が背後からあふれ出した。



《クカカカカカカカ!! うかつニモ、我が名を呼んだな。矮小ナル人類ヨ! 名は力。名は命。我が名を呼ぶ者の前に、我は現れるノダ! 哀れナル人類ヨ、我が姿ニ、絶望するがヨイ! クカカカ! クカカカカカカ!!》


「おおおおお!」


「まあ♡!」



 いびつに輝く時空の歪みから瘴気とともに現れたのは、ぬらぬらとした根源的嫌悪感を呼び覚ます無数の触手を廃城の最上階いっぱいに踊らせた、浮遊する極彩色にきらめく巨大なタコとでも呼ぶべき、名状しがたきおぞましい宇宙的存在であった。


 その邪悪なる超次元的神格を見て、勇者と占い師の瞳が俄然キラキラと輝き出す。



「そうそう! こーいうのだよこーいうの!」


「良かったわね〜勇者ちゃん♡!」


「ハイッ! 邪神邪神! お前呼んだのオレ! オレだよオレ! おーそうか! 神様ぶった切るのは初めてか聖剣ちゃん! ヨーシヨシヨシ♪」


「良かったわね〜聖剣ちゃん♡♪」



 自らの姿を見てはしゃぐ勇者と占い師を前に、邪神の巨大な風船のような体表に並ぶ、おぞましい色彩をした無数の眼球が、あからさまな困惑の表情を見せた。


 その超越的なる探知能力を秘めた邪神の眼球は、眼前に並んだ二体の人類に、名状しがたきおぞましい気配を感じ取っていた。

 二人の放つ根源的嫌悪感を呼び起こす宇宙的恐怖に、邪神の体表に並んだせん毛が逆立った。


 邪神の無数の目玉が、勇者の頭の上に乗った一羽のウサギにフォーカスした。


 風船のような体の下部に配置された、おぞましいほどに鋭い牙の並んだ邪悪なる口腔が、すがるような声を出して魔王に問うた。



《ま……。魔王ヨ……》


『どうした? 邪神よ』


《我が目の前の、コレとコレは……、本当に、人類ナノか……?》


『うむ。この二人はな。この世界で最も凶悪なる正義の使徒と、この世界で最も長命なる18歳だ』


《……ソウか。邪魔したナ……》


「抵抗無効化・次元貫通化・シャッタードゲート♡!」



 邪神が帰ろうと異次元ゲートに手をかけたその瞬間、ゲートが飴細工のように砕け散った。



《帰り道がッ?!!》


「占い師ちゃんナイス!」


「ウェ〜イ♡!」



 勇者と占い師がハイタッチを決める。



「そーか嬉しいか聖剣ちゃん! お前さんは今日からただの聖剣じゃないぞ〜? 『神殺しの聖剣』だ! そーかそーか! 久々の実績解除か! よかったな〜聖剣ちゃん!」


《ジ、邪神タル我が命を、単なる実績の一つにカウントするナ!》



 名状しがたきおぞましいポーズで、邪神が廃城の小窓から必死に逃げようとする。

 怯える名状しがたきおぞましい巨大タコを、白く輝く鎖が縛り付けた。



「恒久化・巨大化・ホーリーチェイン♡♪」


「占い師ちゃんナイスっ!」


「ウェ〜イッ♡♪」


《イっ! 嫌ダ! 世界を救う大義モ無く! 邪神タル我が、タダ娯楽の為ダケに、鴨や鹿のヨウに狩られるナド! せ、セメテ敵意や信念を持って殺セ!!》


『邪神よ……すぐに慣れるさ……』


「ひゃほ〜〜い!!!」


《た! 助けテえェーーっ!!》




 名状しがたきおぞましい命乞いが、山奥の廃城に響き渡った。




[終わり]



 ・

 ・

 ・

 

 という訳で新エピソードでございました!

 なろうの流行り物だけでは早々にネタ切れしそうなので、新たなアプローチで。


 連載版だから長編をやるというわけでなく、今まで通りの短編です。

 今後もどこから読んでも大丈夫! な、一話読み切りの短編を投下してまいります。


 ただし、毎日更新と言うわけにもゆかぬ遅筆ぶり。

 『書き上がった日が更新日』の精神で不定期更新してまいります。


 皆様からのご意見ご感想ご評価、大変大変励みになっております!

 今後とも皆様からのご意見ご感想ご評価、お待ちしております!


 そして宜しければ今後とも、勇者と魔王のバカ話を暇つぶしのお供にして頂ければ幸いです。

 ではまた、次のお話で。



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