魔王『最近川向こうにある山奥の廃城に魔王を名乗るヤカラが現れたので、ワガハイと一緒にその魔王とやらを討伐しに参ろうぞ!』 勇者「帰れ!」
「……アレお前じゃなかったのかよ!!」
『フヌハハハ! ワガハイがあんなマネをするものか!』
「テメーじゃなきゃ誰があんな事するってん――?! 魔王?! どこだ魔王!」
『ここじゃー! フヌハハ! 勇者よ、ワガハイはここじゃー!』
「……。」
『……。』
「…………。ハムスターだあぁーーー!!!」
『フヌハハハ! 良くぞ気付いたな勇者よ!』
「高っか! 声、高っか! すぐ気付かなくってゴメンな! 小っさ! お前、小っさ! ひとくちサイズじゃねえか!!」
『言い回しが怖い! せめて手のひらサイズとか言え! シッポをつまむな! 持ち上げるな!』
「なんて惨めな姿になっちまったんだ魔王! 今助けてやるからな!!」
『うぉっ?! 踏むな! 「助ける」の意味! やめよ! 哀れみでワガハイを殺そうとするな! 殺すにしてもせめて聖剣とか使わぬか! いやだから殺すな! ワガハイはこのアヴァター気に入っておるのじゃ!』
「なんだよ! いつもは戦闘力や経済力の高いアヴァター手に入れて喜んでんのに、そんなちっぽけなハムスターを依り代にして満足するなんて!! そんなの、そんなの、魔王サンらしくねえよ!」
『だから踏むなっ!!』
「じっとしてろよ殺せねえ」
『殺すな! ワガハイはな、小さいと言う事をあなどっておったのだ。フヌハハ! 小さいアヴァターは良いぞー、勇者よ。貴族や皇族の屋敷に忍び込み放題。豪勢な料理もつまみ食い放題。貴族秘蔵のお宝鑑賞にメイドたちの噂話に番犬たちとの鬼ごっこにと、娯楽にも事かかぬ』
「こころざしが低すぎる! せめて宝盗むとか弱み握って貴族脅すとかしろよ! てかマジでもっと魔王らしいことしろよ魔王よぉー! コッチゃ勇者としての責務に飢えてんだよぉー。尖ってた最初の頃のお前はどこに行っちまったんだよぉー。もっと虐殺とかてくれよぉーたのむよぉー」
『だってちょっと目立つ事すると、すぐにおぬしが殺しに来るんじゃもの。そんなもの砂上の楼閣じゃ。賽の河原じゃ』
「魔王のくせに滅びの美学とかねーのかよぉー」
『滅ぼす側の言う台詞では無いわ! じゃあワガハイが悪事を働いても、見逃してくれるのか?』
「やだ」
『澄んだ瞳をしておる……』
「おい、人のティーカップの中に入るんじゃねえよ! 風呂か! もうその紅茶飲めねえじゃねえか!」
『どうせならミルクティーにしてくれ勇者よ』
「溺れるがいい」
『ガボガボガボ……』
☆
「つうか、この間のスダレハゲの依り代。アレどうしたんだよ。上級帝国民だとかつってお気に入りだったじゃねえか。あの理事長とやらにもっかい毒殺されたか?」
『いや。前回占い師ちゃんとおぬしに、ワガハイの娘のアンネローゼちゃんを助けてもらったじゃろ?』
「ああ。あの悪役令嬢ちゃんな。スダレハゲの娘であって、もうお前の娘じゃねえけどな」
『あのダンスパーティでの婚約破棄からの逆転復縁劇のあと、パーティ会場に邪神が現れたのじゃよ』
「邪神? おお。お前が昔倒したっつう、邪神■■=■■■だっけか」
『うむ。あやつ、実は何度倒しても名前を呼ぶと復活するという、厄介なタチの邪神だったのじゃ』
「へーっ。■■=■■■って名前呼ぶと来るのか。犬みてえだな。つか、そんな面白い事有ったんならオレも呼べよ」
『何度も呼んだわい! ワガハイを放ったらかして、とっとと占い師ちゃんと飲みに行きおって。それでじゃ、最初邪神は法務副大臣に取り付いておったのじゃが、その依り代を倒した後に邪神の本体が現れてな』
「ほーっ。■■=■■■の本体がねえ」
『うむ……』
「ふーん。■■=■■■の本体が出たのかぁ」
『……』
「■■=■■■。■■=■■■。■■=■■■」
『……』
「来ねえな」
『……。邪神にも取捨選択の自由はあると思うぞ?』
「チッ。つまんねえ」
『邪神本体の出現でダンスホールは大混乱。虹色に輝く空飛ぶタコのような名状しがたき姿の邪神を見て、発狂する者がわっさわさ出てのう。それらを邪神がねじるねじる喰らう喰らう。自称魔王の皆さんや魔王信奉者、貴族学校の理事長やウチのワイフも喰われてしもうた』
「随分と雑に処理されたな」
『アンネローゼちゃんを守るため、ワガハイは邪神に一騎打ちを挑んだ。そして見事邪神を倒した。じゃが、ワガハイのアヴァターも致命傷を負ってしまってな。力尽きたと言う訳じゃよ……』
「何だよいつもいつも。オレ以外の奴に殺されてんじゃねえよ」
『何そのツンデレライバルみたいな台詞』
「うーん、今殺したい」
『いまわの際に、娘のアンネローゼちゃんと婚約者の皇子とその恋人が、三人でワガハイを看取ってくれてな。皇子などは「後の事は心配しないで下さい、お義父さん」とまで言ってくれたのじゃ。中々に、悪くない人生であったぞ、勇者よ……』
「もう娘でも娘の婚約者でもねえけどな、お前ハムスターだし」
『それでじゃ。そのパーティ会場には、かなりの自称魔王さんたちが潜んでおってのう。気になってハムスターのアヴァターであちこち見回ってみたんじゃが、どうも隠れ魔王が増えておる様なのじゃよ。ワガハイに憧れられるのは正直嬉しいが、信者になるのでは無く魔王を名乗るとは。全く不敬なやつらよ。困ったもんじゃ』
「増えてる様だって、お前。なに他人事みたいに言ってやがんだ」
『……む?』
「……」
『……? むむ……』
「……」
『もしや……ワガハイのせい……なのか?』
「そーだよ! 毎回やってんなこのくだり! お前があちこちで死体に乗り移っちゃあ『魔王じゃ〜魔王じゃ〜』言いまくってるから、世の皆様がたは魔王ってのはすっ転んで頭打った拍子に取り付く程度のもんだと思ってんだよ」
『そ、そうじゃったのか』
「こないだなんて異端審問庁の知り合いが遊びに来て『や〜先月は五人も自称魔王捕まえちゃいましたよ〜。拷問し過ぎで右肩上がらなくなっちゃって〜』とか自慢してやがったんだぞ?!」
『わざわざ自慢しに来る方も、それを自慢だと理解できる方も、同好の士に恵まれて何よりじゃのう』
「るせー。羨ましくなくても自慢されりゃうっとおしいんだよ」
『しかし、教会が偽魔王狩りに動いておるのならば、なおの事じゃ。敵の手をわずらわすなど魔王の名折れ。自分の不始末は自分で尻を拭わねばならぬ。なので、川向こうの廃城に陣取った偽魔王討伐に力を貸すのじゃ勇者よ!』
「……お前オレがどこの所属か判ってる?」
『む? 嫌なのか?』
「やりますとも! せっかくこの領地からお出かけできるチャンスだしな!」
☆
「つうか、そもそもお前から言われなくったって、法王庁から魔王討伐の出撃要請は来てんだよ。お前が廃城をねぐらにして手下を集めてたんで、もうちょっと勢力拡大してからまとめて叩き潰そうと様子を見てたんだけどよ」
『だからあれはワガハイでは無いと言うておろうに。あやつはニセモノじゃ』
「そりゃ頭のイカれた自称魔王は増えてるけどよー。本物の魔物を集めて手下として従えるってのは、そこいらの自称魔王には出来ないだろうからなあ。てっきりお前かと」
『ワガハイがあんな山奥の廃城で魔王を名乗るようなマネをするか。ワガハイがやるんなら、もっと都会の方でスタイリッシュなチームを結成するわ。山奥でお山の大将気取りなんぞ、山賊でもあるまいに。ワガハイは都会っ子なんじゃ。何もない山奥なんぞ嫌じゃ』
「……なんか言葉にイチイチ悪意があるな」
『悪意とは心の鏡に映る影。おぬしのやましい心が、ワガハイの言葉の中に有りもせぬ悪意を見せておるのじゃ。そんなだから、こんな山奥の古城なんぞに押し込められておるのじゃぞ勇者よ』
「やっぱり悪意じゃねえかこの野郎」
『良いではないか。山奥のお山の大将同士、早く殺し合うが良いぞ。フヌハハハ!』
「うぜえ。だがまあ急がなきゃならんのは確かだ。法王庁に廃城の魔王がニセモノだってバレたら、出撃要請も取り消されちゃうからな。そんなモッタイナイ事はさせねえ。法王庁に偽魔王だとバレる前に、オレが討伐するんだぜ。善は急げだ」
『それ、善なのかのう。……勇者よ、水槽に手を突っ込んで何をしておる』
「いやホレ、このアクアリウムの中にな、よいしょ。有った有った。聖剣ちゃん、お魚さんたちとお友達になれたか〜? そーかそーか。さ、楽しい楽しい魔王退治だぞ〜? そうだな〜。久しぶりだな〜。違う違う。コレじゃない。こんなちんまいヤツじゃない。もっと喰いでのあるヤツ斬らせてやるからな〜♪」
『……いつみてもちょっと怖いのう』
「ふふふ、そう聖剣を怖がるな、魔王。今回は殺さないでおいてやる」
『そう言う意味の「怖い」ではなくてだな……。まあよい! さあ、魔王討伐にゆくぞ勇者よ!』
「オレの頭に乗っかるな!」
『フヌハハハ!』
「……お前、マスコットの位置でも狙ってんじゃねえだろうな?」