魔王『うっかり悪役令嬢に転生して破滅の運命に巻き込まれても華麗に回避出来るように、ワガハイに予知能力者みたいな人を紹介してくれぬか?』 勇者「帰れ!」 その③
一人の少女の破滅的な運命は、占い師の活躍により回避された。
魔王の予想していたものとは、大幅に異なる方向性ではあったが。
複雑な面持ちの魔王の元へ、ナイスミドルが歩み寄って来た。
固い握手を交わしつつ、ナイスミドルが微笑む。
「いやぁ。紆余曲折有りましたが、まずはおめでとう御座います。ドルスキ伯爵」
『これはこれは。祝福痛み入りますぞ理事長殿。勇者と占い師ちゃん。こちらは娘の通うこの貴族学校の理事長殿じゃ』
「あら~初めまして~♡ 貴方がこのスダレハゲを毒殺したおじさんね?♡」
「いえいえお嬢さん。生きているからノーカンで……ええ?!」
理事長がとっさに口をふさぐ。
しかし遅かった。魔王の顔がみるみる凶暴な笑みを浮かべる。
『ほほう! ワガハイのこのアヴァターを殺したのは、貴様であったかナイスミドル!』
「アヴァ?! いや、違……! 伯爵の奥様にそそのかされてですな!」
『ワガハイのワイフが?!』
「ええ。さっきまで一戦交えつつ、貴方の次の暗殺プランを……いや、口が勝手に!」
『詳しく聞かせて貰おうか、そうりゃ! フヌゥハハハハハ!!』
魔王が理事長を階下に放り投げ、自らもダンスホールへと飛び降りた。
勇者が呆れたように一階を見下ろし、ため息を一つつく。
「なー占い師ちゃん。これ一階だけじゃなくホール全部にポーション効いてる?」
「みたいね~♡ でも勇者ちゃんは大丈夫よぉ?♡ このポーションは隠してる本音がでちゃうダケ♡ 普段から裏表ない人には無関係だからぁ♡」
「うむ。人間素直が一番だな」
☆
ダンスホールの中央で魔王が叫ぶ。
『フヌハハハ! どこへ逃げおった理事長! この魔王たるワガハイのワイフを寝取るとは、命知らずな奴よ!!』
「なにを言う! 私こそが魔王だ!」
「いいや、俺が魔王だぞ!」
「みんなニセモノよ! アタシが本当の魔王なの!」
『……。何ぞ病気をこじらせた人が沢山おるのう……』
「うるせー! 俺が本当の魔王だって言ってんだろうが!」
ボーイが老婦人を殴り飛ばす。老婦人が椅子で反撃する。
そこかしこで、自称魔王同士が乱闘を始めた。喧嘩好きのフーリガンたちがそれに加わる。乱闘の渦が一気に広がっていく。
紳士淑女の肉弾戦を、暴力的なBGMが盛り上げる。
ホールに鳴り響くのは、今やワルツではなかった。
エレキギターがトライバルなリズムを刻む。
野性的なシャウトが闘争本能を呼び起こす。
指揮棒を振る老指揮者の額から愉悦の汗がほとばしる。
ダンスホールに響くはかの名曲、「レッドツェッペリン」の「移民の歌」であった。
【※各自ご検索の上、ご再生下さい。】
「ドルスキ伯爵が理事長に喧嘩を売ったぞーっ!!」
「ドルスキ?! バラの女王様の実家か! いいぞいいぞー! 打倒理事長派閥!!」
「理事長を守れ! 反対派を吊るせーっ!」
『みんな色々と溜まっておったんじゃのう……』
殴りかかって来る教師を投げ捨てながら、魔王がため息を吐く。
その前では老騎士と用務員がモップを手に決闘を始めていた。
『おーい占い師ちゃん?! 悪役令嬢の破滅の運命は変わったけど、それ以外が滅ッ茶苦茶じゃぞー?! 占い師ちゃんどこじゃあ?! 勇者ー! 占い師ちゃーん!』
叫ぶ魔王に向かい、巨大な火球が飛んで来た。
魔王がそれを片手ではね飛ばす。
床に当たった火球が、火柱を立ててシャンデリアを焦がす。
黒煙の向こうで笑うのは、カイゼルひげを生やしたハゲであった。
カイゼルハゲが人ならざる声で魔王に語りかける。
《クカカカカ! うかつニモ我が名を呼んだな? ワイバーン。いや……魔王ヨ! 名は力。名は命。幾たび死すトモ、我が名を呼ぶ者の前に我は現れるノダ! クカカカ!》
カイゼルハゲの輪郭がいびつに歪む。スーツの袖から触手があふれ出す。カイゼルヒゲがうねうねとうねる。
ハゲ頭のその姿が、名状しがたきおぞましい姿に変貌を遂げてゆく。
『……貴様。もしや、邪神■■=■■■か?』
《そうだトモ! クカカカ! マサカ、あのワイバーンの中身が魔王だったと》
『五重化・ライトニングボルト』
《ワギャーーーーッッ?!!》
スダレハゲから放たれた5発の雷撃が収束し、カイゼルハゲを一瞬にして焼き尽くした。
ぶすぶすと煙を上げる塊に背を向けて、魔王が再び占い師を探す。
『ええい忙しいのに面倒くさい! しかもワガハイとキャラがカブっておるではないか! 占い師ちゃーん! どこー?!』
「きゃああーー! 法務副大臣が丸焦げに!」
「ごっ! ご乱心! 財務副大臣補佐官殿ご乱心!!」
「パパ?! なんて事を!」
『?! アンネローゼちゃん違うんじゃ! これには深い訳が!』
咲き誇るバラのような少女が、頬をバラ色に紅潮させて目を輝かせた。
「法務副大臣を一発で消し炭にしちゃうなんて! 今日のパパってば凄くワイルドで、何だかステキ!!」
『そ、そうかい? フゥゥヌハハハハハハ!!』
☆
「やー。あんなハッピーエンドが隠されていたとは。いいもん見たわー」
「皇子様ったら両手に花よね~♡ 手には取れないけど♡」
勇者と占い師が連れ立ってホールの外へ出る。
入れ替わりに、騒ぎを聞きつけた警備兵たちがホールの中へと入っていく。
しかし、アルアラト国立演芸場の正面大扉をくぐった瞬間。
警備兵たちは内部に充満したガスを吸い込んだ。そのとたん、先頭の兵士が剣を掲げて雄叫びを上げた。
「魔王様バンザーーイ!! ヒャッハーー! 何か知らんがチャンスだぜェー! 貴族のガキどもを生贄に捧げて、今夜こそ魔王様を召喚しろぉォォーー!!」
「そうだーッ! 打倒帝国ゥーッ! 殺せ殺せェーーッ!!」
「YEEEAAAAAAAAAAAA!!!」
勇者が聖剣を鞘に納める。
魔王信奉者たちの鎧も武器も、全て五分刻みの鉄片となり地面にばら撒かれた。
同時に放たれていた占い師のスリープクラウドにより、魔王信奉者は一斉に昏睡。意識を無くした十数人の全裸の男が鼻ちょうちんを膨らませ、そろって顔面から地面に激突した。
完全に沈黙し月にケツをさらした男たちを尻目に、勇者と占い師が階段を降りる。
向かう先は通りの向こう、歓楽街であった。
「久々に帝都に来たから、今夜は高いお酒頼んじゃおっかな〜?」
「やったあ♡ 勇者ちゃん大好き♡」
「んじゃお酒おごる代わりにオレの事も占ってよ〜」
「オケ~♡ おねーさん何でも相談に乗っちゃうゾ〜♡」
「オレのお嫁さん候補の事なんだけどさぁ」
「あ゛〜、うん、そか〜……」
勇者と占い師が腕を組み、目抜き通りを歩いていく。
帝都の宵闇を照らす魔力灯は二人の道標のように、何処までも続いていた。
[終わり]