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魔王『うっかり悪役令嬢に転生して破滅の運命に巻き込まれても華麗に回避出来るように、ワガハイに予知能力者みたいな人を紹介してくれぬか?』 勇者「帰れ!」 その②

 夕闇にその輝きを増す魔術帝国帝都、パン・アンジェリウム。


 目抜き通りにあるアルアラト国立演芸場を貸し切り、帝立ブロシウム貴族学校中等部の卒業生たちによる卒業記念舞踏会が開催されていた。


 そのダンスホールの中央。

 咲き誇るバラの如き華やかなるオーラを放つ、一人の少女が居た。


 名をアンネローゼ・フォン・ドルスキ。

 帝国の第十九皇子ナイトナ・フォン・エンペルドットの婚約者にして、財務副大臣補佐官たる伯爵ブライト・フォン・ドルスキの令嬢である。


 第十九皇子ナイトナとアンネローゼ。そして彼女の恋のライバル、新興男爵の令嬢リコリッタ・パンピーナ。

 三人の少年少女は、今夜まさに運命の時を迎えようとしていた。




 そして、そのダンスホールを見下ろす二階観覧席に。

 あまたの保護者に交じって我が子の晴れ舞台を心配げに見つめるスダレハゲの魔王と、同伴者である勇者と占い師の姿があった。



『いきなり長めの固有名詞がいくつも出て来たが大丈夫じゃろか。あとウチのアンネローゼちゃんは大丈夫じゃろか』


「心配なのは判るが錯乱して意味不明な事を口走ってんぞ魔王。しかしすげーなお前んチの長女。十九番目とは言え皇子の許嫁かよ」


『うむ。アンネローゼちゃんの頑張りに我が家の再興がかかっておるのじゃ』


「かかってるも何も破滅すんだろ? 今から」



 一張羅のタキシードに聖剣を差した勇者が、シャンパンをズビズビと飲む。

 その脇を占い師がつんつんと肘でつつく。

 そして声をひそめてささやきつつ、ダンスホール中央を指差した。



(勇者ちゃん、もう始まるわよ♡ ホラホラ♡)


(おお。ボンボン皇子からスタートか)


⦅アンネローゼちゃん! 頑張るんじゃぞ!⦆




 ☆




 シャンパングラスが砕け散る。


 一瞬のざわめきも潮のように引いてゆく。ボーイがトレーにグラスを乗せたまま硬直し、さえずっていた少女たちも口に手を当て息を呑む。

 突如流れた剣呑な雰囲気に、楽隊すらワルツの演奏を止めた。


 耳が痛くなるほどの静寂が、アルアラト国立演芸場のホールを包む。


 生徒も、保護者も、教師たちも。

 その場にいる全ての者の視線が、ステージ中央に立つ一人の少年に吸い寄せられた。

 額に輝く瑠璃色のサークレット。それは皇位継承者の証であった。



「もう限界だ! アンネローゼ! 君との婚約を解消するッ!!」



 物語の開幕を告げるかのように。

 第十九皇子ナイトナが高らかに宣言した。


 向かい合った少女が、不自然なほどに自然な笑みを浮かべた。



「あら。突然何を仰いますの、ナイトナ皇子。そ・れ・と・も。サプライズの余興か何かかしら?」


「違う! 違うとも、アンネローゼ。全ての事はリコリッタに聞いた。彼女を陥れるための、君の非道の数々を!」



 二人の視線が、かたわらに立つ少女に向かう。

 アンネローゼが咲き誇るバラならば、日の光浴びる一輪のリマワリのような少女。


 名をリコリッタ・パンピーナ。

 厳格をもって成すブロシウム貴族学校に、鮮烈な新風を吹き込んだ平民出身の風雲児。そして、第十九皇子ナイトナのひそやかな想い人でもあった。


 子鹿のように愛らしい少女も、この時ばかりはアンネローゼに鋭い視線を向けていた。



「あーらリコリッタ。今夜はプロムよ? ドレスはどうしたのかしら。平民娘はドレスコードもご存知なくって?」



 アンネローゼの指摘の通り。リコリッタはドレスではなく、丈の長いマントでその体を隠していた。

 マントが皇族用である事がアンネローゼを苛立たせはしたが、それでも彼女は満足げに頬肉を上げた。



「何を言うアンネローゼ! 君の雇った下女が、彼女に向かい帽子掛けを倒したのだ!」


「ナイトナ様。帽子掛けをうっかり倒すなどよくある事・故・ですわ」


「違うわ。しらばっくれるのは止めて、アンネローゼ。この子が私に告白したの。病気のお父さんの治療費欲しさに、つい貴女の提案に乗ってしまったって!」



 リコリッタの後ろから現れたのは、舞踏会の給仕役の下女であった。彼女はアンネローゼに睨まれると、床に倒れてよよと泣き崩れた。



「も、申し訳ございませんアンネローゼお嬢様! ですが私、もう耐え切れません!」


「さいわいリコリッタに怪我はなかったが、ドレスはズタズタになってしまった! こんな非道を行うなんて、僕はもう君に愛想が尽きた!」



 その様子を二階観覧席から見ていた魔王が、隣の占い師に必死に頭を下げる。




⦅ギブ! 占い師ちゃんもうギブ! ウチのアンネローゼちゃんを助けてあげて!!⦆


(あ~らぁ♡ まだダメよぉ魔王ちゃん♡ 『運命は繊細なる絹糸に似たり』。乱暴に手を出せば、かえってこんがらがっちゃうわぁ♡ こういうのはタイミングが重要なの♡ ホラ、アナタの娘を信じてあげて♡)




「怪我がなくって残念……いえ、幸運でしたわね、リコリッタ。でも、下女の事情を良くご存知です事。平民同士気が合うのかしら? そ・れ・と・も。自作自演の為に、貴女が彼女を雇ったのではなくって?」


「な?! 何を言うのアンネローゼ! 私が彼女を雇っただなんて!」


「皇子、これ以上は証明のしようの無い、水・掛・け・論。ですが、大貴族の令嬢たるわたくしの言葉と、平民の娘の言葉。みなはどちらを信じましょうか?」


「くっ!」


「さ、それより。替えのドレスも持って来ていない貧乏平民は、この舞踏会には相応しくありませんわ、リコリッタ。替えのドレスが無いのなら、マントを皇子に返して早くこの場を去りなさい!」




(おおー! お前んチの長女すげえな! 巻き返したぞ!)


⦅さすがじゃアンネローゼちゃん!⦆




「替えのドレスが無いですって? だから何?!」


「フン。破れたドレスを披露して、恥でもかくおつもり?」


「ドレスは破れちゃったわ。でも、だからこそよ! これが、私ならではのドレス!!」



 リコリッタがマントを脱ぎ捨てた。

 その下から現れたのは、破れたすそを捨て丈を切り詰めた、太腿もあらわなミニのタイトドレスだった。

 破れた背中をシルバーのチェーンでつなぎ、さらりとロックなスパイスを加味。


 快活な彼女に似合う健康的な色気をまとったアレンジに、周囲の生徒たちから感嘆の声が上がる。

 平民出身ゆえの裁縫スキルと卓越した美的感覚を持つリコリッタならではの、起死回生の一手であった。




(わお! カジュアルかつフォーマル♡ でもドレスコードは外さない。まさにクラシックパンクなアレンジね♡!)


⦅敵をほめてどうするんじゃ占い師ちゃん!⦆




「く?! 平民娘のクセに!」


「これで私をプロムから追い出す事は出来ないわ、アンネローゼ。そして、次はまた私のターン! さあ、みんな!」



 リコリッタの合図とともに、三人の女性が突き出された。床に倒れたままの下女の横に、さらに三人が倒れ込む。



「も、申し訳ありませんアンネローゼ様!」


「っ?! エマ! ケイト! アリスメラランティアッシュ?!」




(……一人だけやたら名前長いな)


(下女ちゃん起き上がるタイミング無くしてるよね~♡)


⦅ヤバい流れ?! コレヤバい流れじゃないの?!⦆




「……アンネローゼ。君の取り巻き三人組が白状したぞ。リコリッタのお父上がこの会場に来られなくなった原因を!」


「な、何をおっしゃいますの?!」


「アンネローゼ。私は今夜、君との婚約を破棄して、リコリッタへ結婚を申し込むつもりでいた。それを彼女のお父上にお許し頂くつもりでいた」


「ええ? ナ、ナイトナ様ったら……♡!」



 リコリッタがオーバーアクションで頬を赤らめる。



「だが、リコリッタのお父上は急用で来られなくなった。彼女のお父上は前線司令官。アンネローゼ、君が地方軍閥の長をその身体を使ってろう絡し、クーデターを起こさせ、リコリッタのお父上に鎮圧させるよう仕向けたのだ!! 万が一にもリコリッタのお父上が亡くなれば、彼女は貴族ではなくなる。そうすれば、私と結婚する事すら出来なくなる! そんな事はさせない! クーデターは十三番目の兄上の軍が既に鎮圧した!」


「わ、わたくしはそのような事は!」



 アンネローゼの弁明を、彼女の三人の取り巻きがさえぎった。



「申し訳ありませんアンネローゼ様! ですが、もう私たち、黙って見ている事が出来ません!」


「リコリッタに嫌がらせする為だけに、アンネローゼ様があんなジジイにお美しい身体を許すなんて!」


「というかアンネローゼ様はリコリッタを――」


「お黙りなさいっ!!」




(クーデターて。お前んチの娘ムチャクチャするなあ)


(勇者ちゃん好みの娘じゃない? 暴走する青春よねぇ♡)


⦅そんな、アンネローゼちゃん! ワ、ワガハイに言ってくれればいくらでもクーデタってあげるのに!⦆




 アンネローゼが感情を露わにし、リコリッタを激しく睨んだ。



「リコリッタ! わたくし、知っているのよ! 貴女だって、他の男と寝ているくせに! 貴女なんて、皇子には相応しくないわ!」


「過去に恋人がいた事は知っている。それでも僕は……リコリッタを愛している」


「っ! 皇子様……そこまで……この娘の事を……」


「……さあ。全ての罪を償う時よ、アンネローゼ」


「リコリッタ……!!」



 アンネローゼとリコリッタ。ぶつかる視線が火花を散らす。

 宿命の二人に今、運命の時が訪れた。



「……一つ聞かせて、アンネローゼ。ナイトナ様との事だけじゃ無い。皇子と出会う前から、貴女は私を目の敵にしてきた。……どうして? どうしてそんなに私を憎むの?」


「それは……。それは……!」




⦅もう無理じゃろ占い師ちゃん!! もう限界! 助けて! 何とかして!!⦆


(しょうがにゃいにゃぁ~♡ 勇者ちゃんがこの後お酒奢ってくれるんなら、助けてあげよっかな~?♡)


(え~? 占い師ちゃん普通にブランデー樽をカラにするからな~)


⦅そのくらい奢ってやれ!! 何のために付いてきたんじゃ勇者!!⦆


(しゃーねえなあ。奢ろう占い師ちゃん)


(ウェ~イ♡!)


⦅良かった! は、早うしてくれ占い師ちゃん!!⦆


(でもこっからどうすんの? 完全に詰みだと思うけど)


(カンタンよぉ♡ 自分の心に素直になって貰うダケ♡)




 占い師が階下のダンスホールにポーションを投げ込む。

 小瓶が割れて中の液体が蒸発し、またたく間にホール内に拡散した。



「どうしてワタシを憎むの、アンネローゼ!」


「そんなの言える訳ないじゃないリコリッタ! 貴女に一目ぼれしちゃったなんて!!」


「は? うん。…………なに?」


「その子リスのような笑顔! 近すぎる距離感! 貴族令嬢には居ない、ほがらかなしゃべり方! そして無防備な色気! 入学式の時に貴女を一目見た時から、雷に打たれた思いだったわ! でも、もうその時にはナイトナが居たし、何より自分が女性を愛してしまったなんて事、受け入れる事が出来なかったの!! だから! 貴女を視界から遠ざけようと、貴女をこの学校から追い出そうとしたの! 女である事を自覚したくってナイトナとエッチもしたけど、こいつドへたくそだし!!」


「ええ~? ボク、そんなに? ええ~?」


「そうねえ。同学年男子コンプリートしたけど、ナイトナは下から数えた方が早いわねえ。ちっちゃいし早いし」


「ええ~?! リコリッタ、男子コンプって! ええ~?!」




(ライバルのお嬢ちゃん、とんだおサセだな)


(身体の相性って大事よねぇ~♡)


⦅大丈夫?! ねえコレ大丈夫な流れ?!⦆




「でももう、抑える事が出来ないの! この気持ちを隠す事なんて出来ないの! 貴女に嫌われても良い! リコリッタ! 大好きなの! 貴女を愛してる!!」


「う~ん。正直気持ち悪いかな。ワタシ、女の人とスる趣味無いし」


「! そう、よね……」


「でも、どうせ女の子の恋人を作るなら、最初はアナタが良いかな。アンネローゼ」


「っ?!」


「ワタシ、すっごい浮気性だよ? それでも良いの?」


「……うん。知ってる」


「それに欲張り。アナタに浮気なんて絶っ対に許さない。それでも良いの?」


「うん。知ってる! 貴女の事なら、わたくし何だって知ってるわ! それでも良い! 貴女にとって、最初の女の子の恋人にして! リコリッタ!!」




「……ローゼ♪」


「リコッ!!」



 リコリッタが手を広げる。その胸にアンネローゼが飛び込んだ。

 ナイトナが呆然と座り込み、二人を見上げる。

 その肩がふるふると震えていた。その顔が赤く染まっていた。



「そんな、ボクを無視して二人でなんて……! こんな屈辱、味わったことがない……! それにこの胸を焦がす感情も! 何だこれ? こんなの、こんなの初めてだ!!」 



 ナイトナだけに、トランペットの音が聞こえていた。

 彼の心に、新たなる夜明けを祝福する天使のファンファーレが鳴り響いていた。


 新たなる性癖の水門が轟音を立て開き、性の濁流が彼の理性とプライドを押し流した。

 神に祈るように。ナイトナがひざまずいたまま、二人に両手を掲げた。



「改めて申し込みたい! ボクと! このボクと結婚してくれ!」


「アラ、ご免あそばせ皇子様。わたくしは長年の想い人と結ばれたばかりですの」


「ワタシもヘタな人はちょっとなぁ~」


「それで良いんだ! 二人ともボクの妻になってくれ!! 二人の尊い愛の営みを、間近で見続けていたいんだ! 二人の愛の観客席で良い、ボクを特等席に座らせてくれ!!」


「あら。どーする? ローゼ」


「こんなド変態が皇子様なんて。この国の未来が心配になってしまいますわねえ、リコ」


「んじゃ、二人で教育しなくっちゃね、ローゼ♪」


「教育ではなくってよ、リコ。こういう時は、調・教と、申しますのよ♪」


「調教?! お、お願いします!!」



 アンネローゼとリコリッタが、ナイトナの差し出した手を取る。

 割れんばかりの祝福の拍手が、三人を包み込んだ。

 床に倒れたままの四人の少女たちも、上体をひねり惜しみない拍手を送った。




(こじらせたなー、ボンボン皇子)


(まあまあ♡ これも一つの愛の形よ♡)


⦅ホントにコレで良いの?! ホントにこんなのがハッピーエンド?!⦆



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