魔王『最近ハズレチートを上手く活用して農村でスローライフするのが流行っておるらしいので、ワガハイにチートをくれる妖精さんとかを紹介してくれぬか?』 勇者「帰れ!」 その②
勇者とワイバーンが古城の中庭をのしのし歩く。
衛兵たちはかかとを合わせ敬礼し、メイドは静かに会釈する。
背筋の伸びた老執事が、勇者と魔王に穏やかにほほ笑んだ。
「おお、勇者様と魔王様。本日はどちらへ?」
「ちょっと裏の家庭菜園に行ってくるよ」
「左様で御座いますか。お気をつけて」
「はいよ」
『……。今さらじゃが、誰一人ワガハイの姿に驚かぬな』
「敵意の無いトンチキな格好した奴が俺に会いに来たら、そいつは魔王だから相手せずに通せって言ってあるからな」
勇者の居城にある裏庭。そこには広々とした農地が広がっていた。
作物は高地でも育つジャガイモ、トウモロコシ、トマト、コショウ。それに紅茶用の茶畑。
背の高い木はない。雲たなびく高原の緑の上を、冷涼な風が吹き渡る。
この地を出てはいけないという縛りさえなければ、勇者の領地であるこのハイランドは快適な避暑地であった。
『おお! 今までは興味も無いから気付かなんだが、ここは畑であったか!』
「近くの集落の人らから色々教えて貰ってな。ホレ」
勇者がワイバーンに農具のクワを差し出す。
ワイバーンが翼の中ほどにある鉤爪でクワを受け取る。
「そのクワを使って、ここの土を耕してみろ」
『ぬ。こ、こうか? いや、両手で持てん』
鉤爪に握ったクワをぶんぶんと振り回す。
「首が長すぎんだよ。頭の下なら両手が届くだろ」
『ぬう。クワは両手で握れたが下が見えん!』
「というか隣のトマトに翼がバサバサ当たってんじゃねえか」
『ぬ、ぬう!』
「判ったか? これが今のお前の耕作能力だ。ゼロどころかむしろマイナスだ。ワイバーンが農村でスローライフなんぞ無理だ」
『は、畑を耕すだけなら鉤爪でもいいじゃろ! それにホレ、耕すとかでなく種まきとかなら、片手でも出来るじゃろ!』
勇者が無言でトウモロコシの種の入った麻袋を差し出す。
ワイバーンが鉤爪を麻袋の中に突っ込み、握り、引き上げる。
鉤爪の中の種が、一粒残らずざらざらと流れ落ちた。
「……」
『……』
「スローライフすんなとは言わねえ。むしろやれ。平和に暮らしたいなら大歓迎だ。だがワイバーンの体じゃ無理だろ。諦めろ魔王。安心しろ、俺が殺してやるから真人間に生まれ変われ」
『い、嫌じゃ! せっかく引き当てたレアアヴァターなんじゃ! そうじゃ! だからこそのチートなんじゃよ勇者よ! ワガハイの胸辺りから人間の腕でもにょっきり生えるチートがあれば器用さの問題も解決する!』
「人間がそんなチート貰っても単なる腕四本のミュータントになるだけじゃねえか! ねえよそんなチート!」
『何かを捨てて得られたものに価値なんぞないんじゃ! ワガハイは何一つ捨てずに全てを背負って生きていくんじゃ!』
「何ちょっと格好良い事ふうに言ってやがる! あーもう柵が壊れるから尻尾振るな!」
その時。畑の横に並べてあった素焼きの水がめに、魔王の尻尾が当たり砕けた。
水びたしの破片の中に、きらりと光る何かがあった。
勇者が拾い上げる。それは小さなメダルであった。
「ん? これは……」
『何じゃそれ?』
「奇跡のメダルだ。幸運が結晶化したモノなんだそうな。こんな感じで色んな所に勝手に湧くんだよ。おお、そうだ! ちょっと待ってろ魔王」
☆
しばしの後、勇者が革袋を下げて戻って来た。
ジャラジャラと鳴る革袋の中には、ぎっしりとメダルが詰まっている。
勇者は枝切れで地面に五芒星を描き、その中央にメダルを投げ入れた。
波紋を立ててメダルが地面に吸いこまれ、光と共にドールハウスが現れる。
中から出てきたのは、羽の生えた手のひらサイズの妖精であった。
〖あらぁ~♪ お久しぶりですわぁ勇者さん♪ あらやだ、お隣は魔王ではなくて?〗
『おお! 初めましてじゃのう可愛いらしいおチビちゃん。その通り、ワガハイは魔王であるぞ? フヌハハハハハ!』
「お久しぶり、メダルの妖精ちゃん。魔王はまあ気にすんな。魔王、この妖精ちゃんは奇跡のメダルを色んなアイテムと交換してくれる子でな。一通り貰ったから忘れてたけど。妖精ちゃん、確か商品の中には『チートが身に付く卵』もあったはずだろ?」
〖ええ、有るわよぉ♪ でもメダル百枚もする高級品よぉ?〗
「大丈夫大丈夫。今二万枚くらいあるから。冒険のついでにあちこちでな」
〖まぁ♪ いっぱい貯めて来たのねぇ♡〗
「使わないけど、見るとつい集めちゃうんだよなあ。大臣クラスになると、どいつもタンスの奥とかに百枚単位で隠し持ってやがってなあ」
『……。おぬしがこの城に押し込められたの、絶対にワガハイのせいだけじゃないじゃろ』
勇者がメダル百枚を妖精に手渡し、手のひらサイズのカラフルな卵を受け取る。
それを魔王に手渡す。
「よし魔王。使ってみろ」
『おお! 済まぬのう勇者よ! そいっ!』
魔王が鉤爪で卵を握り、地面に投げつける。
もうもうと煙が上がり、どこからかドラムロールが聞こえて来た。
「はははは! 引っ掛かったな魔王! それはムカつくほどの外れチートしか出ない糞アイテム! 貴様もあの時のオレと同じガッカリ感を味わうがいい!!」
ファンファーレと共に、謎のアナウンスが流れた。
【ダララララララララーー、ターーン!!】
【〈両手で触れたもの全てに不可避の死をもたらす即死チート〉を手に入れました!】
「えええええ?! めっちゃ凄い! ウソでしょ?! 俺の時は〈暗闇でわずかにうっすら光る〉とか〈夢の内容を三日間克明に覚えておける〉とか〈足の指毛が濃くなる〉クソみたいなチートしか当たらなかったのに!」
〖それは勇者さんの運がクソだったからですわぁ♪ このチートの卵の中には世界に存在する三百万以上のチート全てが、完全ランダムで封入されておりますのよン♪〗
「マジかよ! じゃあオレもまたやる! 妖精ちゃん、オレにも卵一個くれ!」
〖構いませんけどぉ、卵から貰えるチートは一個だけ。前のは消えちゃいますわよぉ?〗
「いらねーよ〈足の指毛が濃くなるチート〉なんて! 何のメリットも無かったよ! ムレるし! むしろ上書きしてぇよ!」
〖ではメダル百枚ですわねぇ♪ ハイどうぞ勇者さん♡〗
「よしゃ!」
勇者が振りかぶってカラフルな卵を地面に投げ付けた。
もうもうと煙が上がり、どこからかドラムロールが聞こえて来た。
【ダララララララララーー、ターーン!!】
【〈ひよこのオスメスを鑑定するチート〉を手に入れました!】
「ふざけんな!!」
『いいやちょっと待て勇者よ! それ農村スローライフで養鶏場とか作る時に役立ちそうじゃない? 当たりチートではないか』
「イヤミかこの野郎! 自分は物凄い当たりチート引いたくせしやがって」
『こんなチート農村スローライフに何の役にも立たんじゃろ! そもそも両手で握ると何でも死ぬのでは、両手で荷物も持てんではないか!』
「ま、まあそれもそうか」
『ちゅう訳でチェンジ! もう一回じゃ!』
「……もったいねえな。おい! 俺に両手で触ろうとすんな!」
勇者が妖精から卵を貰い、魔王に手渡す。
魔王が卵を地面に投げつけた。ドラムロールが鳴り響く。
【ダララララララララーー、ターーン!!】
【〈あらゆる攻撃を跳ね返す盾を三分間召喚するチート〉を手に入れました!】
「うおおおお!」
『チェンジ!』
「うええええ?!」
勇者が妖精から卵を貰う。
勇者が卵を地面に投げつけた。ドラムロールが鳴り響く。
【ダララララララララーー、ターーン!!】
【〈爪の間に汚れが貯まらないチート〉を手に入れました!】
「なんでだよ! チェンジ!」
勇者が妖精から卵を貰い、魔王に手渡す。
魔王が卵を地面に投げつけた。ドラムロールが鳴り響く。
【ダララララララララーー、ターーン!!】
【〈あらゆる植物を自由に生やせるチート〉を手に入れました!】
「うおおおお!」
『うおおおお!』
「出た、当たりだ! これだろ! どんだけ運が良いんだよ魔王! 早速使ってみろ!」
『う、うむ。こうかの?! か、カボチャよ生えろっ!』
魔王が地面に手をかざし、叫ぶ。それに合わせて農地から緑が芽生き、たちまち大きく熟したカボチャとなった。
『おおおおお!』
「おおおおお! 他には?! 他には?!」
『うむ! ニンジンよ生えろ! キャベツ! ピーマン! ラフレシア! アルラウネ! パイナップル! ニラ! ローズエント! ヒマワリ! サトウキビ!』
魔王が植物名を叫ぶたびに、その植物がにょきにょきと生い茂る。
勇者の家庭菜園は瞬く間にエキゾチックな植物園と化した。
「うおお! すげえな! よし、俺ももう一回! 今度こそ当たりチート引くぜ!」
〖御免なさぁい勇者さん♪ チートの卵はもう品切れですわン♪〗
「嘘?!」
〖また仕入れておきますわぁ♪ んじゃ、チャオ♡〗
そう言うと、妖精はドールハウスと共に消えた。
「たっ、頼むよメダルの妖精ちゃん! きちんと仕入れといてよ?! あー消えちゃった。……ん? どうした魔王」
『……勇者よ。このチート、便利すぎてつまらない……』
「ブルジョアかテメー! そのチートがありゃワイバーンの体関係なく農村スローライフできんだろうが! というかお前の居る場所が農村になるレベルだわ!」
『こんなのスローライフでも何でもないんじゃ! 一人農業工場ではないか! 農村暮らしの詫びさびもなくて、スローどころかファストライフじゃ! オートメーションの悲哀じゃ! モダン・タイムスじゃ!』
《そうだそうだ!》
「どんだけ贅沢言ってんだこの野郎! じゃあ適当に手ぇ抜きゃ良いだけだろうが!」
『それは違うぞ! そんなヤレヤレ系スローライフなんぞ反感を買うだけじゃ!』
《そうだゾ勇者よ!》
「誰から反感を買うんだよ! ――誰ださっきから?!」
勇者と魔王が振り返る。
そこには真っ赤な薔薇を全身にまとった、巨大なエントがそびえ立っていた。
いや。エントは一般的に歩く大樹の姿をしたモンスターであったが、それは筋骨隆々とした男性の巨大な木工彫刻とでも言うべきモンスターであった。
悩ましげなポーズを決める薔薇をまとった木製巨人が、魔王と勇者を睨み付けた。
『おお! おぬしは魔王四天王のローズエント!』
「……そういやさっき生やしてたな」
《魔王様! 隣に居るのは勇者ではないデスか! 魔王様ともあろうお方が、何を馴れ馴れしくしておられるのデスか?! ワタクシ哀しゅう御座いマッスルぞ!》
『うむ。ローズエントよ。おぬしら魔王四天王が滅びてから色々とあってなぁ』
《い、色々と?!! それは勇者と魔王様との互いのイロとイロとを、夜な夜なぶつけ合いハッスルしたというイミで御座いマッスル?!》
「違う!」
《勇者と色仲になったというイミで御座いマッスル?!》
『違う!』
《魔王様! ワタクシという男がありながら! 勇者と色遊びトハ!!》
「……え? 魔王、お前コイツとそういう仲だったの……?」
『誤解じゃ勇者よ! この変態ストーカー野郎の妄想じゃ!』
《五回と言わず何回デモ! ワタクシこそが魔王様のベストバディだと、その身体にさぶっと思い出させてあげマッスル! ワタクシに共生するこの華麗なる薔薇のつるで!!》
ローズエントから伸びた薔薇のつるが、触手の様にワイバーンの体に絡みつく。
ワイバーンがわたわたと足掻くが、翼も尻尾も薔薇の中に絡め捕られてゆく。
『ゆ、勇者よ助けてくれ! アッーーー!!』
「こんな所で盛ってんじゃねえ! 帰ってヨソでやれヨソで!」
『いや本当に誤解なんじゃ!』
《五回と言わず何回デモ!》
『一回だって嫌じゃ! ソコ駄目?! マジで! マジ助けてくれ勇者よ!!』
「……。オレの家庭菜園にこんな卑猥なオブジェ飾っとく訳にもいかねえしな。しゃあねえな。おーい執事さん! 聖剣持ってきてーー!!」
『聖剣とか今良いじゃろ! 魔法でサクっと殺せるじゃろ!!』
「うるせー最近魔物を斬って無いからスネてんだよウチの聖剣。こないだの魔竜だって斬りそこねたし」
「お呼びで御座いますか勇者様。さ。聖剣で御座います」
「サンキュ」
勇者が執事から聖剣を受け取ろうとした、その時。
執事がうっかりと聖剣の柄に手を触れた。
「あ。」
眼鏡の奥の執事の眼が、金色の光を放つ。
オールバックのシルバーヘアが、オーラをまとって天を衝く。
燕尾服を押し上げんばかりに、全身の筋肉が隆々と盛り上がる。
「フハハハハハ!! 勇者ヨ! 我ハ、我ニ相応シキ依リ代ヲ手ニ入レタゾ! 我ハモウ貴様ノ手ハ借リヌ! コレデ我ハ、自由ダ!!!」
『っ?! 執事さんから何か出た?!』
「あーあ。」
《この神気!! 何者デスか? ワタクシと魔王様の蜜月を邪魔するとあらバ、挽肉にしてあげマッスル!!》
ローズエントが巨大な拳を執事へと振り下ろす。
しかし。その拳が執事に届く前に、一瞬にしてその腕は微塵に斬り刻まれていた。
《腕が?!》
「フハハハ! 神ノ代理執行者タル我ニ拳ヲ振ルウカ! ナラバマズハ、貴様カラ断罪シテヤロウ!」
見えざる神速の一撃。
ローズエントは股座から頭頂部まで、その巨体を真っ二つにされていた。
《アッーーーーー!!!》
「フハハ! マズハ一人!! ヒレ伏セ人類! 我コソハ神ノ意思! 我コソハ断罪ノ化身!! コレヨリ先ハ善悪正邪ノ区別ナク、全テノ命ヲ神ノ元ヘト送リ届ケテクレヨウゾ!! サア始メヨウカ、最期ノ審判ヲ!!! 人類ヨ、犯シタ罪ヲ悔イ、震エルガ良いぞー? ……はて。勇者様、わたくしは何を?」
「駄目だよ〜執事さん、聖剣の柄握っちゃあ。コイツスキあらば人の人格乗っ取って黙示録始めようとしちゃうんだから。ヨーシヨシ。ドウドウ」
「これはこれは失礼致しました。お手数をお掛け致しました勇者様」
勇者が執事から奪い返した聖剣を再び鞘に納める。
執事は手慣れた様子で乱れた髪を整える。
魔王がローズエントの破片を押しのけ、のそのそと起き上がる。
『……勇者よ、助けてくれて有難う。あと、滅茶苦茶に物騒なアイテムなのに、管理がちょっとぞんざい過ぎない?』
「いーんだよ。ツンデレっての? コイツはオレにかまって欲しいだけなんだから」
『……かまって欲しくて人類滅ぼそうとしたぞ今。まあよい。勇者よ、ワガハイは気付いた。チートで楽をする事の危険さに。手間をかけ段階を踏んで確実に物事を積み重ねる事の大事さに』
「うむ。そうか。気付いて良かったな」
『ワガハイも勇者にならい、チートなしでのスローライフをやってみる事にしよう。なに、この体でも出来る事が無いか、一歩一歩確かめてゆくさ。それが、スローライフというものなんじゃろう?』
「……まあ、多分な。良く知らんが」
『ではのう! さらばじゃ勇者よ! また会おう!』
「いやもう来るな! どっかの農村で幸せに暮らせ!」
『フヌハハハハハ! さらばじゃ!』
そう言うと魔王は去って行った。
駆け足で。
「……。アイツ飛べねえのか? もしかして」
「ええ。ここにおいでになる時も徒歩で御座いました」
「……。お。お。羽ばたいてる。ちょっと浮いた」
「ちょっと浮きましたな」
「足早いな。ダチョウみたいだな」
「ですなあ」
「……。とりあえず荒れた家庭菜園片付けるか」
「わたくしもお手伝いいたしましょう、勇者様」
執事がエプロンを取り出し、燕尾服の上から着る。
そうして勇者の隣にしゃがみ込む。
「あーもう。アルラウネも生やしやがって。犬の尻尾の耳栓要るな。つうか植物系モンスターを無限に増産できるのか今の魔王。まあいいや。執事さん、このチートで生やしたカボチャ、食えると思う?」
「お昼用に、お煮付けにでもしてみましょう」
「雑草も生えてるなあ。……あ! 執事さん執事さん! ホラ、土いじりしても爪が汚れない! 割と良いなこの〈爪の間に汚れが貯まらないチート〉」
「おお。当たりチートで御座いましたなあ、勇者様」
[終わり]