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魔王『このお話にはアンネローゼちゃんとリコリッタちゃんのかなり濃いめなガールズラブ要素が含まれますので、用法用量を守って正しくお使い下され!』 勇者「そうね!」 その②



 メガネをかけたダークネスエルダーリッチがアンネローゼの上で笑う。

 ハイランドの土産物屋兼カフェレストラン、リッチ&ブレイブスの看板だ。


 想像したものとはちょっと違った店構えだったが、意を決しアンネローゼが入り口に向かう。

 ドアノブに伸ばしたその手が、横にいた女性と触れた。



「あら。失礼いたしました、わ――」


「ロー……アンネローゼ!」



 アンネローゼの横に居たのは、リコリッタだった。


 ひくりと表情をこわばらせるリコリッタに、アンネローゼが事も無げに話しかける。



「どうなさったの? リコリッタ。勇者様の所へ行ったのではなかったかしら?」


「こんなイライラした顔で勇者様の所へ行っても、勇者様に失礼と思いましたの。アンネローゼ・フォン・ドルスキさん。それで、学友のエマさんからお伺いしたスムージーでも飲んで、気分を落ち着かせようと思いましたの」


「そう。リコリッタさんをイラつかせてしまって、大変に申し訳御座いませんでしたわね」


「?! ええ! とっても! どうして貴女は――! ……そんなに、そんなにワタシの事が嫌いになっちゃった?! ローゼ!!」


「ち、違うでしょう?! わたくしでは無く、リコリッタの方が!」


「待って!」



 突然にリコリッタがアンネローゼを制し、後ろを振り返った。


 街が騒がしい。

 女性の悲鳴。子供の泣き声。そして、馬のいななき――。

 男が大声で叫んだ。



「暴れ馬だあぁあああーーー!! 暴れ馬だぞぉおおーーー!!」



 噴水広場の向こう。

 逃げ惑う人々の中を、コントロールを失った馬が走っていた。

 その背には、一人の少年が振り落とされそうになりつつ、しがみ付いている。



「ローゼ!」


「リコ!」



 アンネローゼが天に両手をかざす。宙に真っ赤な魔法陣が形成された。

 その上にリコリッタが飛び乗る。



「おっけ!!」


「ローゼンイージス!!」



 魔力のバラが乱れ散る。

 反射の力が魔法陣に満ち、リコリッタが砲弾のように打ち出された。


 リコリッタは空中でバランスを取り、暴れ馬の近くの屋根に着地。

 そのまま屋根の上を馬と並走する。


 タイミングを見計らい馬に飛び乗ろうとした、その時。

 馬の前で足をもつれさせた男が眼に入った。



「ああんもう!!」



 馬の前方に着地すると、勢いを殺さず男にタックルをする。

 馬を避け、植え込みに二人して頭から突っ込んだ。



「おっちゃん、大丈夫?!」


「ね、熱烈なアタックだねえ……」


「冗談言えるんなら平気だねっ!」



 そのまま身を起こし、全力で馬へ向かって走り出した。


 土煙を上げ、人間の限界をはるかに超えた速度で、少女が馬を追う。

 その馬の先に。

 よちよちと道路に出てくる、小さな子供の姿が見えた。



「うっそ! まずいまずいますいってば!!」



 その子供の姿は、アンネローゼにも見えた。

 噴水の向こう。一歳をいくらも過ぎぬような、立ち歩きをし出したばかりの女の子。

 馬を見つけ、怯えもせず、笑顔で馬に向かって手を振っていた。

 その子供に馬が全速力で迫っている。


 アンネローゼは噴水からその子へと、水をはね一直線に駆けていた。

 全力で走り、跳ぶ。


 女の子に飛びつき、守るように体を丸めた。

 アンネローゼの体すれすれを、馬のひづめが叩く。



「よーしよしよし! どうどうどうどう! よーしよし。良い子良い子」



 リコリッタの声が、うずくまるアンネローゼの上から聞こえて来た。


 馬がいななき、ひづめを鳴らしてターンする。

 リコリッタは鞍の上に乗っていた。

 その姿を見て、アンネローゼは大きく安堵の息をついた。 


 馬が徐々に落ち着きを取り戻してゆく。

 馬の上では、少年がリコリッタに涙ながらに詫びていた。



「ご、御免なさい! 御免なさい!」


「良いの良いの。君が泣いてると、お馬さんも不安になっちゃうのよ? ホラ、お馬さんをなでてあげて」


「あ、は、ハイ……」


「そうそう。これにめげずにさ、上手に馬に乗れる様にもっともっと練習しな~? 馬に乗れると、女の子にモテるからさぁ♪」


「ほ、本当ですか?」


「モチロン! ウチの弟たちも、みんな馬の練習してるもの♪ 頑張んな、少年!」



 リコリッタが少年の背中を叩く。

 駆け付けて平謝りに謝る馬主に手綱を渡し、リコリッタが馬から降りた。

 そして、アンネローゼが抱いた女の子の顔を覗き込んだ。



「向かってくる馬を怖がらないなんて。この子大物ね」


「お馬さんに触りたかったのねぇ。ホラ」



 馬へと手を伸ばす女の子を、馬の顔へと近づける。

 子供の手が馬の顔に触れる。馬は大人しく触られるがままにしていた。



「有難う御座いました! おお! ハンナ! 有難う御座いました!!」



 人だかりをかき分けて、赤ちゃんを抱えた婦人が二人に駆け寄った。

 別荘地の貴族ではない。ここで働くハイランドの領民のようだった。



「この子を探していたら、ハンナとはぐれてしまって! ああ、御免なさいねハンナ!」


「今は平気なようですが、どこかを痛めているかも知れません。お医者様にお見せになったほうが宜しいかと存じますわ」


「有難うございます、有難うございます! あなたたちは娘の命の恩人です! 後ほど、お礼は必ず!!」


「当然の事をしたまでですわ。さ。早くハンナちゃんをお医者様に」



 礼を繰り返しつつ、母親が子供二人を連れて病院へと向かう。


 抱きかかえられた母親の背中越しに、女の子が手を振る。二人で手を振り返す。

 そして、リコリッタがアンネローゼの格好を見て笑った。



「ローゼったら、泥だらけ。ふふ」


「そう言うリコだって」



 そうしてまた、二人でくすくすと笑う。



「ローゼ、格好良かった。馬の前に飛び込んで、子供を守るなんて」


「リコが馬を止めてくれるって判ってから。それに……」



 照れ臭そうに、自分の短くなったうなじに触れた。



「リコと同じ髪型にしたから。リコならどうするんだろうって思ったら、考えるより先に体が動いてたの。なんだか走っている時、リコと同じになれた気がしちゃった」


「私と同じ……髪型?」


「え、ええ。その、ここへ来た初日に、身を挺して邪神と戦ってくれたリコの姿が、とっても格好良くって。それで、わたくしも、リコみたいになりたいと思って……」


「はは、あはは……」


「わ、笑わないでよ。似合っていないのは自分でも判っているんだから」



 アンネローゼが照れて頬を赤らめる。

 その顔を見て、リコリッタの肩の力が抜けてゆく。



「笑うわよそりゃ。だってさ、伸ばした髪を切るのって、普通は失恋した時でしょう?」


「ええ?! 髪を切るって、そんな意味があったの?!」


「ちっちゃな子供だって知ってるわよ! 伸ばした長い髪を切るなんてのは、失恋しちゃった気分を切り替えるためにやるもんなの! んもう!」


「そ、そうだったの……」



 アンネローゼが驚く。

 その様子に、二人を物陰から見ていた三人娘がうんうんと頷く。



「アンネローゼ様ってば小さな頃から許嫁がいらしたせいで、そもそも色恋沙汰に疎いのよね」


「だから、時たまこういう恋愛関係の常識がすっぽ抜けてるところが、お有りなのよね」


「というかお二人の誤解が解けてよかったわぁ〜」


「うんうん。本当だねぇ」


「お、皇子っ?!」



 見守り隊の三人娘が驚きの声を上げる。物陰からヒョコリと出した頭の中に、いつの間にかナイトナ皇子が混じっていた。


 その四人の視線の先では、リコリッタが安心しつつも呆れていた。



「だからてっきり、ローゼが私に内緒で髪を切っちゃったのは……ローゼが、その、私に飽きちゃったのかと、思っちゃって、あはは……」


「ご、御免なさいリコ! そんな勘違いをさせてしまっていたなんて! わたくし、そういう事に今ひとつ詳しく無くって」


「あはは。いいよ、もう。勘違いだったんなら。ワタシ、すっごい悩んじゃったんだからね! ワタシがさつだし、不器用だから。自分でも気が付かない間に、ローゼを怒らせちゃってたんじゃないかって、あははー。あー良かったぁ」



 笑うリコリッタの頬を、しずくが伝う。

 リコリッタは、自分でも気づかぬうちに、ボロボロと涙を流していた。



「はれ? へ? や! 待っ!」


「あ、はわわ! リコ?!」



 涙を流した当人も、アンネローゼも。突然の涙にわたわたとうろたえる。

 助けを求めるように宙をさ迷うアンネローゼの視線が、ナイトナ皇子とぶつかった。


 ナイトナが必死に両手を広げ、抱きかかえるジェスチャーを送る。

 アンネローゼがコクコクと頷く。

 そして、アンネローゼがリコリッタを優しく抱きしめた。



 見守っていたギャラリーから、歓声が沸き起こる。

 その声に、当のリコリッタはわたわたと慌てていた。



「ご、ごめんローゼ! これ無し! 泣いてるの無し! ワタシ、こんな事で泣いちゃうなんて、その、えっと……」


「良いのよ、リコ」



 アンネローゼが優しく笑う。

 リコリッタがゴシゴシと自分の目をぬぐう。しかし、涙はとめどなくあふれてくる。



「さっきは酷い事言っちゃって、御免なさい」


「わたくしも。相談なしに髪を切っちゃって御免ね、リコ」


「日焼け止めの事も、ご免ね。ローゼと夜に肌を重ねるたびに、ローゼの真っ白で綺麗な肌と自分の肌を見比べちゃって、なんだかどんどん自分の肌に自信がなくなっちゃって。それならいっそ、日に焼いちゃおうって」


「まあ。そうだったの?」


「ワタシ、最近なんだかおかしいの。今だって、嬉しいのに泣いちゃったり。さっきだって、不安だったのに辛く当たっちゃったり。笑ったり泣いたり怒ったりが、自分でうまく出来ないの……」


「リコ……」


「今までだったら、男の子の気を引くために、好きな時に笑ったり泣いたり怒ったり、どんな演技でも出来てた。でも、ローゼの前だと上手く行かないの」


「……」


「今までだったら、男の子の気持ちなんて手に取るように判ってた。気のない素振りを見せたって、どうせワタシが好きなはずだって自信があった。でも、ローゼの事になると、全然自信が持てないの! ローゼはワタシに惚れてるハズだって言い聞かせても、どんどん不安になっちゃって!」



 言いつつ、リコリッタがぼろぼろと涙を流す。

 雨の中の子犬のように不安げに、すがるような目でアンネローゼを見つめる。



「こんなの、こんなの今まで一度もなかった。こんなの初めてで、ワタシ、どうしたら良いか……」


「わたくしは嬉しいわよ? リコのこんな顔を見るのは初めてですもの。リコの怒った顔も、困った顔も、泣いてる顔も大好きよ。全部全部好き。リコの初めてを、もっともっと欲しいの。リコの初めてを、もっともっとわたくしに頂戴?」


「本当? ワタシを好き? だってローゼ、ワタシが勇者様に浮気しても、全然引き止めてくれないし……」


「それは付き合い始めた時に、浮気は許すって約束だったから……」


「もうずっと浮気なんてしてなかったでしょう?! ローゼはワタシが浮気して、嫌じゃないの?!」


「嫌に、嫌だったに決まってるじゃない! でもそれを言うと、リコに嫌われそうだったから!」


「ローゼ……」


「本当は、浮気なんてして欲しくない。わたくしだけを見ていて欲しいに決まってる!」


「……!」


「リコ、お願い。もう浮気なんて、しないで」


「うん! しない! もう勇者様のところにも行かない! 話が通じてんのか通じてないのか判んない、人の心が有るのか無いのか判んないサイコ野郎だったし!」


「リコ!!」


「ローゼ!!」



 そう言ってリコリッタがアンネローゼを抱き寄せ、キスをした。

 観衆から喝采が沸き起こった。


 唇を離し、リコリッタが微笑む。



「こんなに大勢の人の前でキスしたの、初めて♡」


「わたくしもよ、リコ♡」


「ローゼ、これからワタシと、い~っぱいハジメテ、しよ♡?」


「リコ♡!」



 アンネローゼとリコリッタが、再び口づけを交わす。

 その二人の姿に、見守り隊の三人娘が声を揃えて絶叫した。



「「「 キマシタワーー!! 」」」



 その横で、ナイトナ皇子がしみじみとうなづいた。



「うんうん。やっと二人共、自分の気持ちに気づいたようだねえ」


「ええ? 皇子はお二人の気持ちにお気づきだったので?」


「勿論だとも。二人とも見栄っ張りだから、お互いに自分の良い面だけしか相手に見せたがらなかったからねえ。間に入って本音や愚痴や相談を聞くのは、全部僕の役目なんだ。だからローゼとリコの事は、二人以上に何でも知っているんだ」


「な、何て羨ましいお立場」


「というかリコリッタ。アレは流石にやり過ぎなんじゃ――」


「へ? あわわわ!!」



 ナイトナが二人に駆け寄る。

 リコリッタのアンネローゼへの愛情は、ダムが決壊したようにとめどなくあふれ出し、朝っぱらから公衆の面前にお出しできるレベルをはるかに超えていた。



「ダ、ダメよリコ♡! そこは本当に♡! んぅっ♡?!」


「へっへっへ♡ よいではないか♡よいではないか♡」


「ちょちょちょ!! ホントに駄目だろリコリッタ! ストップ! ストップー!!」



 絡み合う二人に皇子がマントをかぶせる。 

 ギャラリーからは一斉にブーイングが上がる。


 それを気にする事も無く、二人は互いの愛を確かめ合っていた。




 そして、ギャラリーたちのさらに後ろ。

 リッチ&ブレイブスの入り口で。


 テイクアウトのスムージーから口を離した勇者が、揚げ芋を咥えた空飛ぶ目玉に向かって、真顔で訊ねた。



「……魔王よ。オレは一体、何を見せられているんだ……?」


『……皆目判らぬ……』




[終わり]





 ………………ふぅ。


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