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魔王『このお話にはアンネローゼちゃんとリコリッタちゃんのかなり濃いめなガールズラブ要素が含まれますので、用法用量を守って正しくお使い下され!』 勇者「そうね!」


 読んでなくても大丈夫!

 前回の魔王帰れクロニクル。



 帝国立貴族学校高等部に通う帝国の第十九皇子ナイトナ・フォン・エンペルドット。

 彼には、同じ学校に通う二人の婚約者がいた。


 バラの女王の異名を持つ、名家の令嬢。アンネローゼ・フォン・ドルスキ。

 ヒマワリのように天真爛漫な、新興男爵の長女。リコリッタ・パンピーナ。

 しかしアンネローゼとリコリッタは、互いを慕い合う間柄でもあった。


 高原の国ハイランドへ避暑旅行にやって来た三人。

 慌ただしくも和やかな内に初日の夜は過ぎたが、事件は二日目に起こった。

 アンネローゼがその長く豊かな髪を、リコリッタに内緒で切ってしまったのだ。 

 リコリッタは波立つ心を押し隠し、平静を装おうとするが――。



 三人の波乱の夏が今、幕を開ける!



「んじゃ、勇者様の所に行ってくるね、ローゼ!」


「リコ、お昼までには帰って来られる? リッチ&ブレイブスと言うお店のフルーツスムージーが美味しかったって、エマから教わったの。良かったらお昼にでも」


「う~ん。判んない。勇者様にお昼御呼ばれしてくるかもだし」


「そう……」


「昨日は剣のお稽古つけて貰ったでしょ。今日はそれの続き! 勇者様ったら本人は滅っ茶苦茶な太刀筋なのに、教えるのはとっても上手なの。やっぱり基礎があってこその無茶なのよね〜。あのね、ワタシも筋が良いって褒められちゃった!」



 ハイランドの別荘街。

 三人の宿泊している貸し別荘の玄関先。リコリッタが姿見で服装をチェックしつつ、アンネローゼに話し掛ける。

 リコリッタがくるりと回る。黄色いサマードレスがひらひらとなびく。剣術の稽古に行くとは思えない程、気合の入ったメイクと衣装だ。



「でも、リコ。そんなに毎日お邪魔して、勇者様にご迷惑ではないかしら?」


「平気平気! 勇者様ったら、ワタシの事気に入ってくれてるみたいなの。避暑旅行の後にも、家族連れていつでもお城に遊びに来てくれていいよって言って下さったのよ? そうそう、アンネローゼちゃんも弟さんを連れて一度お城に遊びにいらっしゃい、だって。ジョン君の事も知ってるみたい。優しいよねぇ~、勇者様!」


「そ、そうね……」


「パパからしか聞いてなかったから、最初はもっと偏屈なオジサンなんだって思ってたけどさ。人脈あって、おっきな領地持ちで、古いけど立派なお城もお持ちで、人柄も気さくで。それに、女性にもガっついてなくって紳士的でさ。ちょっと素敵よね~。ローゼに言ったっけ? 勇者様のお城。使用人さんもメイドさんも衛兵さんも、全員女性なの。それも、すっごい美人ぞろい!」


「……そう。凄いのねえ」


「でもまだ、独り身で子供いないって事は、お城に居る美人さんたちは、勇者様のタイプとは方向性が違うって事だよねぇ? みんなこう、格好いい美人さんばっかなのよね。じゃあ今日は、もうちょっとオッチョコチョイ寄りの、守ってあげたい系アピールにしてみよっかな♪ にひひ♪」


「ちょっと待ってリコ! もしかして、その……」


「もっちろん! あと四日もあるんだよ? オトして見せるって! 今までワタシにオトせなかった男の子なんて居ないんだから!」


「でもその、勇者様は……」


「お稚児さん趣味って話? そんなの照れ隠しに決まってるじゃない。きっと勇者様はさ、昔に女の人に裏切られたか何かで、心に傷を負ってらっしゃるのよ〜。だから、女の人と深く関わる事を怖がっていらっしゃるんだわ。ウン。そういう人たちをワタシ、何人も見て来た。ローゼ。そんな殿方の心の傷を癒して差し上げるのが、ワタシの使命だと思うの!」



 リコリッタが目を閉じて、乙女チックに両手を顔の前で組む。

 それでもなお意味ありげな視線を向けるアンネローゼへ、リコリッタが詰め寄った。



「なに? なんか文句でもあるワケ?」


「文句なんて、その、無いわ。リコはそういう性格だし。でも……」


「ローゼ、知ってるよね? ワタシ、そういうはっきりしないの嫌いなの。言いたい事があるんなら、言えば?」


「言いたい事は、ない、けど……」


「ふぅ~っ。」



 聞こえよがしに大きなため息をつき、アンネローゼを睨む。

 その視線に怯えるように、アンネローゼが身をすくめる。


 普段の由緒正しき貴族令嬢然としたアンネローゼを知る物からすれば、まるで別人のように映るだろう。

 そんな彼女へ、リコリッタが一言一言、確かめるように言った。



「ワタシは有るわよ? ローゼに言いたい事。ワタシ、あまり回りくどい言い回しがニガテだから、ストレートに聞くね?」


「え、ええ」


「ローゼ。なんで、髪を切っちゃったの?」


「これ、は、その……」



 リコリッタの言葉通り。長かったアンネローゼの髪は、うなじが見えるほどに短く切られていた。

 アンネローゼが前髪をねじり、頬を染める。


 リコリッタも同じようなショートヘアだ。令嬢らしからぬ快活さと活発さのリコリッタには、ショートヘアがよく似合う。

 しかしアンネローゼのショートヘアには、どうにも座りの悪いアンバランスさがあった。当人もそれを意識しているのか、昨日からずっと髪を触っている。



「御免なさいね、リコ。貴女がせっかくわたくしに櫛をプレゼントしてくれたのに。でも、わたくしも、この髪型は気に入って――」


「でも、って何?! ワタシに何の相談も無く、髪を切るなんて! もしかして、ワタシのあげた櫛。気に入らなかった?」


「ち、違うわよ?! リコ、櫛を貰ったのは、昨日髪を切った後でしょう?」


「ワタシがお土産屋で櫛を買うの、見てたんじゃないの?」


「そんな事する訳無いじゃないっ!!」



 アンネローゼが思わず声を荒げた。

 リコリッタの顔が、びくりとこわばる。



「なんで……なんでリコは、そう言う事を言うの?」


「な、なんでって――、そう思ったからだけど?!」



 めったに言い返す事のないアンネローゼが、自分に反論した事への驚きと。

 それに怯んでしまった事への、気恥ずかしさと。


 主導権を奪い返すために、リコリッタが意識的に声のボリュームを上げる。



「こないだ海へ行った時に、日焼け止めクリームをくれたからさ。お返ししなきゃって、櫛を買ってあげたのに!」


「そうだったの? そんなに気を使ってくれなくっても良いのに。それに、リコ、結局肌を焼いちゃったし」



 確かにリコリッタの肌は、小麦色に焼けていた。先ほどまではアンネローゼも、その健康的な肌を好ましいと思っていた筈だった。それなのに。


 リコリッタの原因不明なかんしゃくに、アンネローゼの物言いも徐々に棘を帯びてくる。惚れた弱みでリコリッタには強く出れなかったが、アンネローゼとて学校ではバラの女王と呼ばれる御令嬢だ。

 しかしそのアンネローゼの態度が、リコリッタの苛立ちをさらに加速させた。



「そうね。誰かさんみたいに、私の肌は真っ白じゃないもの! 日焼け止めクリームなんか塗ったって塗らなくったって、同じでしょう? ちょっと肌がキレイだからって、自分はお上品な化粧品使ってますぅ~、とか。そういう上から目線の押し付け、やめてくんない?!」


「そんな言い方って! わたくしは、ただ、お母様がいつも買って下さった日焼け止めだから、リコにも使って欲しくって」


「お義母様、の……」



 アンネローゼは一昨年に両親を亡くしていた。リコリッタもそれを気遣い、アンネローゼの事を励まして来た。だからこそ、自分の失敗がどれほどのものかを痛感した。


 地雷を踏んでしまった。

 常に周囲に気を遣う普段のリコリッタであれば、有り得ないミスだった。だが、それでもリコリッタはアンネローゼに謝る事をしなかった。

 


「ゴメン……そういう重いの、貰っても、嬉しくないから……」


「そう……。押し付けてしまって御免なさいね。リコリッタ……」


「――っ?!」



 恐らく、アンネローゼは気付いていない。それは判っていた。

 それが尚更、リコリッタのプライドを傷つけた。



「じゃあ、勇者様の所に行ってくるわ、『アンネローゼ』!!」


「?! どうぞご自由に、『リコリッタ』!」



 返事もせず、リコリッタが駆けてゆく。


 アンネローゼもやっと気付いた。自分の過ちに。

 愛称を使わず、昔のように他人行儀に、『リコリッタ』と呼んでしまった事に。

 ため息をつき、落ち込む。しかし、素直に謝る気にはなれなかった。


 誉めて貰いたかったのに。似合うね可愛いねと頭を撫でられたかったのに。

 だからこそ、リコリッタと同じ髪型にしたのに。

 だのに、なぜあそこまでリコリッタが不機嫌になったのか。

 アンネローゼには、リコリッタの気持ちが欠片も理解できなかった。


 ナイトナ皇子に愚痴りたかった。思う存分に当たり散らして、うさを晴らしたかった。

 しかし皇子も、この別荘地にいる他の貴族の所へと昨日から出かけていた。

 一人でいては気が滅入る。エマの教えてくれたお店に、スムージーでも飲みに行こう。アンネローゼはそう思い立った。


 つば広の帽子を手に外へ出て、遠くを歩くリコリッタを目で追う。

 その後ろ姿にしばらく目を奪われてから、頭を振って別の方向へと歩き出した。



 そして。その二人の様子を物陰から見つめる、三人の少女の姿があった。

 エマ・シャルル。ケイト・ラケル。そして、アリスメラランティアッシュ・ランス。

 『バラの女王親衛隊』改め『アンネローゼ様とリコリッタ見守り隊』の三人である。



「どどど、どうしましょう?! お二人がケンカだなんて!」


「こんな時にあのノホホン皇子はドコでナニをしていらっしゃるのかしら?!」


「というかリコリッタのお父上の無双王様にご相談を――」


「それだわそれよアリスメラランティアッシュ! 行きますわよ!」



 エマとケイトがいそいそと走り出す。アリスメラランティアッシュがその後を追う。

 少女はその足をふと止めた。


 中央広場の噴水。泉の真ん中に据えられた、幸運の女神。

 微笑む女神の足元には、願掛けのコインが何十枚と沈んでいた。

 少女が足を止め、懐を探り、コインを取り出した。



「アンネローゼ様とリコリッタが、どうか仲直りできますように!」



 目を固く閉じ、握ったコインに祈りを込める。



「アリスメラランティアッシュ! 急いでいらして!」


「はぁ~い! い、今参りますわ~!」



 慌てた少女が泉に向かってコインを放って、そのまま仲間の元へと駆けていった。

 だが、そのコインは泉の中には落ちなかった。


 女神の台座でコインが跳ねた。

 泉のふちをコロコロと転がると、コインはその下で寝ていた犬の鼻に落ちた。



「ヒャンッ?!」



 驚いた犬が悲鳴を上げて走り出す。

 走る犬が朝帰りで千鳥足の酔っ払いとぶつかった。



「ぅおっとお?!」



 よろけた酔っ払いが、手に握っていたワインボトルを地面に落とした。

 ボトルが緩やかな坂道をコロコロと転がりだした。

 別荘街の入口。転がって来たボトルを踏みつけた荷物運びが、盛大に荷物をひっくり返した。



「わわわわわっ?!」

 


 その荷物の一つが、朝っぱらからバーベキューをしていた男たちを直撃した。



「な、何だぁ?!」



 倒れそうになった男が足を振り上げ、バーベキューコンロを蹴っ飛ばした。

 焼けた肉や野菜と一緒に、赤くおこった練炭が転がった。



「アラアラ大丈夫?!」



 荷物運びを助けようと駆け寄った女性が、コンロから転がった練炭に気付かずに蹴り飛ばした。

 大きく跳ねた練炭はそのままコロコロと転がり、牧場近くに詰まれた干し草の中に入った。


 山からの風が、わら束に吹き込んだ。


 干し草が一気に火の手を上げた。

 馬屋が慌てて水を汲みに走り、驚いた馬たちは牧場の中を駆けまわった。

 そして、その中の一頭が。



「たっ?! 助けてぇえ!!」



 乗馬練習中だった少年を乗せたまま、制止を振り切り助走をつけて。

 大きく跳躍し、馬柵を飛び越え、人混みの中へと向かって走り出した。




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