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魔王『転生したら邪神になってしまったんじゃが、せっかくだからこの邪神ボディを何かに有効活用できんじゃろうか?』 勇者「帰れ!」 その④


 晴天の霹靂。

 晴れ渡る空に、突如として雷鳴がとどろいた。

 黒い雲が一気に空を覆ってゆく。


 驚きつつもバーベキューの串肉をかじろうとした中年貴族が、その肉を投げ捨てた。

 肉は、おぞましくうごめく虹色の粘液にまみれていた。


 あちこちに、ぼたぼたと、虹色の粘液が水たまりを作ってゆく。 

 それがふるふると震えている。



「おいおい魔王。サプライズは夕食後だぞ?」


『知るか! ワガハイに成り代わり、アンネローゼちゃんのパパとなろうとするあのチャラ男の化けの皮! 公衆の面前ではいでくれるわ!!』



 黒雲の中から、虹色に輝く気球が舞い降りた。


 否。それは気球などでは有り得なかった。それは宇宙的な虹色の光沢を持ち、本体下部から生えた無数の触手を冒涜的にうごめかせた、名状しがたきおぞましい姿をした、宙に浮いた巨大なタコであった。


 その醜悪で異次元的な光景に、ある者は気を失い、ある者は瞳孔を見開き座り込み、ある者は泣き叫んで走り出す。



「あら大変♡ 邪神リアリティショックねえ。勇者ちゃん♡ やっぱりこのサプライズイベント、刺激が強すぎるわぁ♡」


「もーちょっとまろやかな演出にするつもりだったのに、まったく。占い師ちゃんは皆の治療お願いね」


「はいは~い♡」



 占い師が懐からポーションを取り出しつつ、錯乱した皆の元へ駆け寄る。

 勇者はきょろきょろと空飛ぶ目玉を探す。



「おい早く戻せ魔王! おい、どこ行く魔王!」


『フヌハハハ! 来たか、我がボディ! それ、パイルダー・オン!!』



 空飛ぶ目玉が、上空に浮かぶ虹色巨大タコの眼窩に収まった。

 触手に囲まれた牙だらけの口腔が、空に響き渡る咆哮を上げた。



『アンネローーゼちゃーーん!! ワガハイじゃああーー! お前のパパじゃよアンネローーゼちゃああーーん!!』


「パパの、声っ?!」



 空を仰いでいたアンネローゼが、そのおぞましい声にびくりと体をすくませた。

 そして、殺意のこもった目で邪神を睨み付けた。



「わたくしのパパを殺し、あまつさえ、パパの声を真似るなんて!! 許さない……絶対に、許さなくってよ、邪神っ!!」


『そ、そんなああーー?!』


「まーそーなるわな」



 呆れかえる勇者の横で、虹色の水たまりがふるふるとせり上がった。

 粘液が飴細工のように、練られ立ち上がってゆく。形成された二本の足が、よたよたと水たまりから離れ歩を進める。

 それは、硬質なガラスで作られたかのような、鳥と人とタコの合いの子とでも言うべき名状しがたきおぞましい姿をしていた。


 キリキリと精神を逆なでするようなきしみを上げて、虹色の怪物たちがそこかしこで立ち上がる。



「オイコラ魔王! 眷属召喚できるなんて聞いてねーぞ?!」


『ワガハイも今初めて知ったわ! フヌハハハハハ!』


「笑ってんじゃねえ! こいつら止めろ!」


『うむ! 操り方がビタイチ判らぬ! というかこの子ら、なんぞ探しとる!』



 数十体の虹色の怪物たちが、一斉に何かを見つけた。

 ガラスを引っ掻くような歓喜の叫びを、口々に上げる。

 そして、虹色の怪物たちがよたよたと一点を目指して走り出した。


 第十九皇子ナイトナ・フォン・エンペルドットを目指して。



「ええ? ボ、ボクぅ?!」


「あー。額のサークレットかー」



 遠くで見ていた勇者が、怪物たちの探し物に気付いた。

 手近な怪物の頭をもぎりつつ、ナイトナ皇子に呼びかける。



「皇位継承者の証の瑠璃石を狙ってやがるんだ。皇子ー! それ捨てちゃってー!」


「皇位継承の証を?! いえ、しかし……!」


「その石って結構なパワーあるんすよー! この虹色アメ細工人間、多分その石を狙ってんだわー!」


「で、ですが……ヒィっ?!!」



 虹色の怪物が走り寄り、皇子へと手を伸ばした。

 その身体が、甲高い音を立てて砕け散る。


 粉々になった破片の前に仁王立ちした、その姿。

 それは、日の光浴びる一輪のヒマワリのような少女であった。


 サマードレスが揺れる。

 拳を構え、リコリッタが叫んだ。



「ワタシのダーリンに、何するの!!」



 放たれた矢の様に、少女が怪物の群れ目掛け突進した。

 裸拳で、サンダル履きの足で、怪物たちを砕き割る。



「ぅおおおりゃああー!!」



 叫び、芝生に有った大理石の円卓を土台ごと引っこ抜く。

 それを振り回し、怪物たちをなぎ倒す。


 加勢に近寄った勇者が、驚いて少女に声をかける。



「おお! ヒマワリちゃん、滅茶苦茶強いな!」


「はい、勇者様! 無双王の娘ですからっ!!」



 虹色の怪物たちが、一斉に片手を掲げた。

 その手に粘液が集まり、鋭い槍を形成していく。



「おっと、やべえ!」



 勇者が皇子の方を向く。

 しかし。投射された虹色の投げ槍は、全て真紅の魔法障壁に遮られていた。


 その魔法障壁の中央。ナイトナ皇子を守るように立つ、その姿。

 それは、咲き誇るバラの如き華やかなるオーラを放つ少女であった。


 アンネローゼが不敵にほほ笑む。



「わたくし、残酷ですわよ?」



 魔法障壁に突き刺さった虹色の槍に、バラの模様の波紋が浮かぶ。



「ローゼンイージス!」



 全ての槍が、勢いをつけ射出された。

 狙い過たず槍を放った怪物の元へと撃ち返され、怪物たちが次々に砕け散る。



「ローゼ、ナイスっ!」


「リコ、今よ! 邪神本体を!」


「おっけ!!」



 アイコンタクトを交わし、リコリッタが邪神に挑みかかる。


 そして、勇者の足元では。

 爽やかなイケメンが勇者の足にすがり付き、ふるふると震えていた。



「……お前なあ。ちっとは自分の娘たちを見習えよ」


「無理無理無理! 無理だってあんな触手まみれなモンスター! そもそも全然コントロールされてないじゃないか!」


「まあちょっと手違いでなあ。でもお前が邪神倒さねえと、サプライズイベントが終わらねーだろ?」


「無理だよ! ボクが触手系モンスター超絶苦手なの、知っててやっただろ!」


「そーだっけ?」


「そうだよ! 魔王四天王のバラのツタ使うホモ野郎に酷い目にあわされてから、触手トラウマになったの知ってるだろ!」


「タコのアシとバラのツタじゃ全然違うだろ」


「ウネウネうごめいてる時点で同じだよ! 触手系は全部キミに任せてただろ! 絶対ワザとだ! そうだとも、キミはいつだってそういう奴だった! いつだって度が過ぎて笑えないんだよキミのドッキリは! 魔王討伐の旅の途中で、何度キミのイタズラに殺意を抱いた事か!!」


「さっきと言ってる事が正反対じゃねえかこの野郎」


「占い師ちゃんの前でキミに恥をかかせる訳無いだろ?! 無理無理! ボク無理! キミが邪神を倒してくれ!」


「オレ信仰上の理由で空飛ぶタコは殺せねえんだよ」


「どんな邪教を信仰してんの?! キミ帝国国教会の勇者だろ!!」



 無双王が必死に勇者の足にすがり付くその後ろ。

 ダンスホールの屋根の上では、リコリッタが大理石の円卓を振り回して邪神と格闘していた。


 宙に身を躍らせた少女が、勢いをつけ円卓で邪神を殴りつける。

 大理石のテーブルが砕け散り、虹色の血が宙に舞う。


 邪神が名状しがたきおぞましい声で弱音を吐いた。



『助けて勇者! この娘めちゃんこつおい!! ワガハイ死んじゃう!!』


「勇者様に命乞いするな! このタコチュー!!」


『みぎゃーーーーッ!!』



 リコリッタが屋根から引き抜いた避雷針で邪神をひっぱたく。

 邪神が名状しがたきおぞましい声で泣き叫んだ。



「ほれみろ無双王。早くしないとヒマワリちゃんがイベント終わらせちゃうぞ?」


「いい! それでいい! リコに任せる!! 頑張れリコ!!」


「おめーなー……」



 その時。上空から少女の悲鳴が聞こえた。



「きゃあああっ?! このタコ! どこ触ってんのよ!!」



 リコリッタが邪神の触手に絡め取られていた。

 触手の粘液で手にした避雷針が滑り落ちる。



「この! 離せっ! ワタシはそういう趣味は無いのっ!」


『暴れないで! 本当に変な所触っちゃう! フヌハハハハハ! 無双王よ! この娘を離してほしくば、全裸に銀トレイ一丁の姿になって、股間を隠したままインザネイビーを一曲歌いきるのじゃ!! 勿論振り付けも完璧にじゃぞ?! 途中で銀トレイを落としても失格、最初っからやり直しじゃあ!! さもなくばこの娘を――っ?!』



 邪神の触手が千切れ飛ぶ。

 無双王が宙を舞う。両手でリコリッタを抱きかかえて。



「パパ?!」


「リコ!!」



 そのままアンネローゼたちの元に着地すると、皆を庇うように前に進み出た。

 後ろを振り返り、イケメンが爽やかにほほ笑む。

 三人の眼に、ピンクのハートマークが灯った。


 そして高らかに右手を掲げると、天に向かい叫んだ。



「来い!! 聖鎚・スターストライカー!!!」



 雲を割り、衝撃波を放ち、無双王の手に3mを超える両手戦鎚が飛来した。

 受け止めた衝撃で足が地に沈み、土柱が立ち上がる。



「うちの娘たちに手出しはさせん!! 行くぞ、邪神ッッ!!!」



 無双王が跳んだ。

 振りかぶった聖鎚を、雷が叩く。

 紫電をまとった聖鎚を振り下ろし、咆哮した。



「絶招!! ホーリー・スマイトオォォオッッ!!!」



 青白い衝撃波が天をおおった。

 邪神が地面に激突し、盛大に血しぶきを上げる。


 着地した無双王の元へ、リコリッタとアンネローゼ、ナイトナ皇子が駆け寄った。

 無双王が三人を抱きしめた。その顔に陽光が刺す。


 空が見る間に晴れてゆく。



『ま……まだじゃ……! わだワガハイは……!』


「空気読んで死んどけって」


『はうっ! ……。』



 触手を伸ばして起き上がろうとした邪神を、勇者が聖剣でぶすりと刺した。

 触手がパタリと倒れ、邪神の体がチリに帰ってゆく。



「おーおーやるじゃねーの。美味しい所持ってかれちゃったなー」


「はい勇者様! なんたってパパは、無双王ですから!!」



 歩み寄った勇者に、リコリッタが自慢げに胸を張る。

 無双王が前に出て、勇者に手を伸ばした。

 勇者がその手を握り返す。



「実の所ボクは、キミへのコンプレックスに悩んでいた時期もあった」


「へえ。今は?」


「今は違う。キミに勝っている所を、一つだけ見つけたからさ。それは、リコとローゼのパパだって所さ。はは、もちろんナイトナも。さ、おいで」



 そう言って、無双王が三人の肩を抱く。



「ボクはこの子たちの為なら、何にだってなれる。何だって出来る。トラウマを克服したりもね。三人の前なら、ボクは無敵のヒーローさ」


「おいおい、それじゃあ勝ってる所が三つじゃねえか」


「ああ。そうだな。家にはもう六人居るけどね。はっはっは」


「はは。……お前を見てると、子供を持つのも悪くないと思えるよ、無双王。オレもそろそろ子を持つかな」


「ああ、そうしろ。いいぞ、子供は。……念の為に言っておくが、子供は成人女性との間に作るんだぞ? 一桁の男の子は妊娠しないからな?」


「フッ。やってみなきゃあ、判らんさ!」


「……」


「……」




 ☆




『まあ人的被害が無くって良かったのう。フヌハハハハハ!』


「おめーが言うかよ」


「魔王ちゃん、その目玉だけは残ってたのねえ♡」


『うむ。分離したからか、これだけは別カウントのようでのう』



 勇者の居城への帰路。

 勇者と占い師を乗せた馬の横を、空飛ぶ目玉が並走する。


 城へと近づいたその時、勇者は異変に気付いた。

 城の裏手にある家庭菜園に、メイドや騎士団の人だかりが出来ていた。


 馬を止めた勇者に、執事と騎士団長が駆け寄った。



「申し訳御座いません勇者様。勇者様の留守中に、家庭菜園が荒らされまして」


「ゴメンねえ勇者ちゃん。アタシが駆け付けた時には、虹色のアメ細工みたいなオバケどもが暴れ回っててさぁ。アタシがブチのめしたんだけど、勇者ちゃんの畑が……」



 騎士団長が申し訳なさそうに後ろを振り返る。 


 虹色の破片が積まれ燃やされているその横。勇者の家庭菜園は、見るも無残に荒らされていた。



「いや。団長のオバちゃんも、執事さんも悪くねえ。悪いのは……魔王!! テメーだらあああ!!」



 勇者が叫ぶ。

 しかし空飛ぶ目玉は何処にもいなかった。



「ドコ行きゃあがった魔王!!」


「勇者様、あちらで透明化されております!」


「そこかああ! クルアァァ!!」


『ひいいい!』



 かすった聖剣に触手を数本引き千切られ、空飛ぶ目玉が姿を現す。



「ハハハハハ! よし殺す! 十回殺す!!」


『不可抗力じゃ! 虹色のネトネトから眷属が湧くなんぞ、ワガハイ知らんかったのじゃ! ワガハイのせいではない! 邪神のせいじゃ!!』


「おーそーだな魔王オメーの言う事にも一理ある! だからお前を殺すのは九回にして邪神は百回殺す!!」


『計算がおかしい!! ヒィィィィィ!!!』



 邪神を追って地平線の彼方へ消えていく勇者を見つめ、占い師が困ったように笑った。



「もう♡ ホントに仲が良いんだから♡」


「全くで御座いますな」




[終わり]



一話がメッチャ長くなってしまいました。

第三話の悪役令嬢回に登場した、バラちゃんとヒマワリちゃん再登場の巻です!

まだ読まれてない方は読んで頂ければ、より判かりみが深くなるかも。


今後もふとした拍子に時に再登場するかもしれません。


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