魔王『最近ダンジョン経営するのが流行っておるそうなので、ワガハイにどこかお手頃な地下迷宮物件を紹介してくれぬか?』 勇者「帰れ!」 その②
魔王がカンカンと手を叩く。
勇者と魔王の居る応接室の扉が開き、一体のリッチがおどおどと入って来た。
「……骨が二体に増えた」
《ど、ども、勇者殿。お久しぶりでゴザイマス。ダークネスエルダーリッチでゴザイマス。ホヘヘヘヘ……》
豪奢な魔導師のローブをはおったリッチが、卑屈に笑ってメガネを上げる。
レンズの向こうには、ぽっかりと黒い二つの穴が開いているのみである。
「なあ魔王。色々質問が有るんだが」
『何じゃ』
「まず。メガネ……要る?」
《要ります! 要りますぞ勇者殿! これは小生のアイデンティティでゴザイマすれば!》
メガネを猛烈な勢いでクイクイと上げつつ、リッチが声を荒げる。
「いやまあ、要るんなら良いんだ。要不要の話するんなら、魔王が裸なのに何でお前だけ豪勢なローブ着てんだって話になるしな。んで二つ目。オレ、コイツ殺さなかったっけ?」
『こやつに止めを刺したのは、おぬしの聖剣でなく戦士の方だったからのう』
《ええ! 小生はアンデッドでゴザイマスれば。聖剣以外で殺されても、シバラクすれば復活するのでゴザイマスよ! ホヘヘヘヘ! で、ですから聖剣殿だけはごカンベンしてゴザイマスはい!》
「なるほど。最後になんだけど、コイツ……こんな喋り方だったの?! 魔王四天王として戦った時、メッチャ無口とは思ってたけど!」
《ハイ! 魔王殿からオヌシがしゃべると威厳が消え失せると言われてゴザイマシて。ソモソモ小生は、戦闘だののアラゴトとは無縁の人生を歩んでゴザイマシた、根っからの学問バカでゴザイマシて! 学問に目がナイ! ので! ホヘヘヘヘヘ!》
リッチがメガネを激しく上げるが、勇者は特にそれに触れない。
『人も通わぬ最果てのダンジョンでばったり再会してのう。今回の話は、実はこやつの再就職あっせんも兼ねておるのよ』
《ハイ! 魔王四天王の重責から解放されたは良いモノの、今度は研究費はおろかその日の食事にも事欠くアリサマでゴザイマシて。まあ小生、ご飯食べないんですけどね! ホヘヘヘヘヘ!》
「まあ、ヒヨッコどもに敵意剥き出しにされるよか全然マシか。んじゃ行こか、リっちゃん」
☆
勇者と骨と豪勢な骨が中庭を歩く。
老執事が歩み寄り、豪勢な方の骨に頭を下げた。
「おお、これはこれは魔王様。こちらの方は魔王様の使い魔でございますか?」
『……執事殿。ワガハイが魔王である』
《し、小生の方がむしろどちらかと言えば魔王殿の使い魔でゴザイマシて。ホヘヘヘヘ》
「こちらのプレーンな方の骨が?! そ、それは失礼をば致しました」
「あーそーだ。この領地の不動産の事なんで、執事さんも一緒に来てくんない? もしかしたら儲け話になるかも知れないんだよ」
「ほほう。税収が上がるのは良い事で御座いますな、勇者様」
『うむ。道々説明して進ぜよう、執事殿』
☆
執事が乗馬服に着替え、勇者の愛馬の後ろにまたがる。
メイドたちは顔色一つ変えず、城主たちを見送った。
勇者と執事、骨と骨とがハイランドの草原をゆく。
勇者の愛馬に並走し、骨二人はリッチの召喚した骨の馬を駆る。
通りすがった遊牧民たちが、口を開けて四人を眺めた。
「おーし着いた。あそこだ」
『おお! 中々に良いではないか!』
人里離れた大草原の中央。
草の海の中に、ぽこりと膨らんだ丘が見えてきた。
一行が丘の前で馬を止める。
それは直径数百m、高さは十数mほどの大きな古墳だった。土壁でふさがれた巨石造りの入り口がある。勇者が呪文を唱えると、入り口をふさいでいた土壁が崩れ元の土に還った。
「誰か知らんが昔の偉い人の墓らしい。同じような入り口が古墳の反対側にも有って、中央の玄室で繋がってる。通路は盗掘避けなのかちょっとした迷路になっててな。当然中にはもうモンスターもお宝も残ってねえけど、それでも歩いて反対側に行くには5~6分はかかると思う」
『うむうむ。お手頃サイズではないか。でかしたぞ勇者よ』
《よいですなぁよいですなぁ勇者殿、ホフヘヘヘヘヘ! お邪魔致しますでゴザイマスよ~?》
リッチが手にした杖の先に光を灯し、古墳の中へと入る。
三人が後へと続く。
『モンスターの住んでいた割に、中は意外と綺麗なんじゃのう』
「どなたかは存じませんが、名のあるお方の墳墓の様でしたので。勇者様がここに巣食っていた魔物を退治して下さった後に、わたくしが清掃をさせて頂きました」
《よいダンジョンでゴザイマスなあ。中はひんやり適度に湿度。霊の気配もそこかしこ。何とも過ごし易い優良物件でゴザイマスよコレは! 夢が広がリングでゴザイマスぞ! ホヘヘヘヘ!》
「お前の棲み処をあっせんしに来たわけじゃねーんだぞリッちゃん」
古墳から外へ出て、勇者が伸びをしながらリッチをにらむ。
《し、失礼しましたでゴザイマス、ホヘヘヘ。えぇえぇ勇者殿、コレならばアンデッドを召喚できる条件は十分でゴザイマスですよハイ。低クラスのスケルトンやポルターガイストなどであれば、ほぼノーコストで呼び出す事が出来るかと》
「おお、良いね。ちょっと召喚してみて」
『いやいや勇者よ。どうせならば実地テストと行こうではないか。実際にモンスターを配置してみよう』
「おお! オレやってみたい! あーでもダンジョン攻略もしてみたいなあ」
『ダンジョン制作なんぞ、おぬしに出来るのか? 攻略に挑むのはあくまで冒険初心者。難易度レベルの調整は何より重要じゃぞ?』
「オレだってダンジョン攻略に関しちゃプロだぜ? でもモンスター配置すんのも楽しそうだしなー」
悩む勇者に執事が提案する。
「ならば勇者様、勇者様と魔王様が交互にダンジョンを作られてはいかがでしょう。そしてそれぞれが作ったダンジョンを、相手が攻略するのです」
「執事さんいいねそれ!」
『フヌハハハハハ! ダンジョン制作の本職たるこの魔王にかなうとでも思っておるのか勇者よ! ならばワガハイが先攻じゃ。本物のダンジョンと言うものを見せてやろう! リッちゃん、ついてまいれ! 勇者よ、のぞくでないぞ?』
そう言うと、魔王はリッチを引き連れて再び古墳へと入っていった。