第09話
「岩崎様にはいつもお世話になっています」
立憲民政党に所属する衆議院議員の市川優は低姿勢になりながら話している。1979年に初当選を果たし、当選回数は8回。環境大臣、内務大臣、厚生大臣、政務調査会会長を務めたベテラン政治家だ。今までは安定していた戦いを見せていたが、去年実施された衆議院議員の総選挙では苦戦。辛くも勝利を果たしたが、相手候補との差は2342票だった。
「いえいえ、市川先生がご尽力をしているおかげですよ」
親父はそう言いながら酒を注いだが、内心ではバカにしているはず。華族と平民は違うっていつも言っているからな。市川優は平民の家。こちとら男爵様の家だぞ。もう少しいい店で食事をしないかって来る前も文句を言っていたし。
「この町の開発は岩崎様の力があってこそです。東口開発。西口にある公会堂建設と公園の整備。岩崎様の力がなければすべて難しい事業だったと心得ております」
「まぁ、父はこの町の発展と成長を願っていますのでね。東口と西口の開発は必要だったと思っています。今後は圏央道の完成も予想される。それに伴う区画整理はスムーズに進めないといけませんな」
次の市長選挙に出馬をする際、親父は圏央道開通を見越した区画整理を公約に掲げるつもりでいる。もっとも、対立候補が現れることはないと思うから当選は火を見るまでもない。
「しかし、その区画整理に抵抗する住民がいまして・・・」
「それは心得ておる。だからこそ、私が来年の市長選挙に出馬をし、陣頭に立って開発を進めなければならないんだ」
岩崎が前線に立てば反対派に無言の圧力をかけることができる。そういうことを言いたいわけだ。
「来年の市長選挙。期待しております」
「任しておいてください」
親父と市川優がそんなやり取りをしながら俺は出された懐石料理を食べる。本題はそろそろかな。
「そうだ。市川先生、訊いてください。和哉に思い人が出来たんです」
「おお!和哉様に思い人ですか。さぞ美しい女性なんでしょうね」
理想と呼ばれる思い人は現れないものかと思っていましたが、意外と近くにはいるものだと最近気が付きました。
「これで岩崎家も安泰ですな」
まだ片思いの状態ですので挙式とかそう言う話にはなりませんよ。
「ですが和哉様に好かれるということはイコール勝ち組ですよ。たいていの女性ならば落ちると思いますが」
いや、その女性に告白をしたら断わられたんですよ。実は。
「なんと!世の中にはおかしな人もいるもんですな」
それでですね。心苦しいとは思うんですが、市川先生にご尽力をしていただきたいかなと思っているんですがよろしいでしょうか?
「えっ・・・?」
なんでっていう顔をしている。そうだよ。その面が見たかったんだよ。
私の思い人は市川先生の長女、舞衣さんなので。
「・・・舞衣?」
ええ、舞衣さんとお付き合いをしたいと思っている次第なんです。ですが、舞衣さんは私のことを何か勘違いなさっているようでして首を縦に振ってはくれないんですよ。
「それは・・・舞衣が決めることだ・・・」
明らかに歯切れが悪くなった。抵抗の意思を示しているな。
お父上がこの場で決めていただければ済む話ですよ。
「舞衣が納得しない状態で話を進めるのはよろしくないものだと思う。昔のお見合いでも、両者の合意があって成立した。もう少し待っては頂けないだろうか?」
待つ?私が思っているのに待つ必要があるのでしょうか?
「それは・・・その・・・」
去年行われた総選挙。我々の支援がなかったら勝てなかった。その意味は分かりますよね。
「はい。存じております」
サルは落ちてもサルだが政治家は落ちたらタダの人。いや、それ以下。舞衣さんを学校に行かせる余裕もなかったはず。次の総選挙、支援を取りやめることも可能なんですよ。
「そ・・・それだけはご勘弁を」
であるならば、話は簡単ですよね・・・。お父様。
しばらく沈黙が流れると、市川優は観念した表情を見せた。
「分かりました。舞衣のことをよろしくお願いします」
賢明な判断です。もちろん、今すぐに挙式ということはしません。中学校を卒業したら入籍を行う予定ですのでよろしくお願いします。
「はい。和哉様にお任せします」
こうも簡単に好きな人が手に入るとは。もっと早くからやればよかった。
「そうと決まればあれだな。一緒に住んでみたほうがいいんじゃないのか」
父上、それもそうですね。
「えっ・・・」
舞衣さんをしばらくうちで預からせていただきたのですが、よろしいでしょうか。お父様。
「今すぐにでしょうか?」
そうですね。結婚することを考えるならば、早くから同居し、お互いのことを理解する必要がありますしね。舞衣さん、私のことをなにか誤解しているようですし。
「分かりました・・・。和哉様と同居することになったら、舞衣もきっと喜ぶかと思います」
あきらかな棒読み。感情が入ってないのが見え見えだ。
「そうと決まれば5月1日より、岩崎家で預からせていただきますのでそのつもりでお願いします」
欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる。たとえ、相手が望んでいなくても、俺が望んでいるんだ。
この俺。岩崎和哉が望んでいるんだ。
本来、平民が男爵の孫と結婚だなんてありえない話だが、俺は寛容だ。
むしろ、ここまで抵抗される方がおかしいと思ったが、それは過去の話。
これで未来の伴侶は決まった。あとは、子孫だけだが、これに関しては慌てることはない。時が来たらやればいい。ただそれだけだ。
第09話 終了




